副将軍
私たちは、私の住処である神の領域に戻ってきました。
「よしよし、どっちに転んでもいい感じになるし、気楽だな」
継名はすっかり何もかも解決した気でいます。
「私は、人生かかっているのですが」
「お前な。世界をよくしたいと思うのなら、最初から自分の人生ぐらいかけておけよ。負けてもたいしたことはないようにしてやっただろ。魔王と茶ぐらい飲んでやれ」
人間が負けたら、滅ぼされる代わりに、私が魔王とデートする……。
回数が決められていないのが気になりますが、交換条件としては確かに破格です。
「わかりましたよ。でも、やっぱり人間が負けるのは嫌なんです」
「わかっている。俺もやるからには魔王に負けるつもりもない。とりあえず、魔王は戦えないようだし、主戦力である四天王はボロボロ回復するまで時間がかかるだろう。他の戦力はぱっと見、魔族も人間もそう変わらん」
「そうなんですか。いまのところ人間側ボロ負けしてますよ」
勇者二人が何とかしてくれているおかげでなんとかもっている……そんな状況です。
「それは、魔王というカリスマのおかげだろう。本来、人間側で魔王のポジションであるお前が、」
永遠と小言が続きそうだったので、私は手を振って継名の言葉を遮りました。
「もうわかりました。私がダメダメなのがいけないんですね」
「前と違って、自覚がでてきただけいいだろう。底にいることがわかっているのなら、あとは上がるだけだ」
「頑張ります……」
継名は前と違って、ポンコツやらなんやらは私に言わなくなりました。
それでも、私の評価はあまり変わっていない気がします。
「今後はちゃんと味方してやるから安心しろ。仮に太田が死んでも、お前を殺したりしない。俺だって、全能神ではないんだ。不慮の事故まで面倒見きれない」
継名が味方ということは、大船に乗った気持ちでいていいのでしょうか。
いい船かも知れませんが自ら嵐に突っ込んでいきそうで不安です。
一緒にいるだけで、殺されるかもしれないとビクビクしなくてよくなったのは、ありがたいのですが。
「あとはそうだな。その最高神とかに目的とかいろいろ問い合わせできないのか」
「会ったことあまりなくて、今の状態では会いたくないというか」
私がモジモジしていると、継名はため息をつきます。
「視察とかにも来ないのか?」
「今まで来たことありません」
千年も来なかったのですから、今後も来ない気がします。
「本当にお前そっくりだな。お前の上司って感じだ」
「どこがですか?」
「指示だけしといて、あとほったらかしなところとか」
「そう……ですね」
否定できません。なんというか心当たりが多すぎます。
「まあ、いい。今ある情報だけで推察するなら兵隊がほしいんだろう」
「兵隊ですか?」
「お前のいう悪魔がどんな奴かわからないが、まだ戦争してるか、また戦争起きそうなんじゃないか? 戦争ということは、強さも神同等と思われるので、あんまり弱いと役に立たないから、勇者鍛えて兵士にしてるんだろ」
「確かにそうかもそれません」
確かにそれだと、話としては、分かりやすいです。
「実際のところは、聞いてみないとなんともわからないが、後回しだな。今は目を離すと、人間は魔族にあっさり負けるだろうからな」
まずは目の前のことから片づけないといけません。
私は、継名の指示で創生魔法を使い、大きなテーブルと地図を出現させました。
継名は、千里眼を駆使しながら世界地図に情勢を書き込んでいきます。
可視化できると、わかりやすくなりました。
東側が人間領で、西側が魔族領です。
勇者二人は中央部で戦っています。
勇者がいるところは、魔族もあまり攻めたくはないのでしょう。
進行が遅いです。
北部も中立であるエルフがいたりと、政治的に面倒なので魔族もあまり攻めてきていませんが、南部はどんどん侵略されています。
「とりあえず、戦況が一番よくない南部からどうにかするか」
継名は、ここに連れていけと言わんばかりに、地図をたたくのでした。
◇◇◇
私と継名は戦況が悪そうな町の酒場で情報収集もかねて飲んでいました。
話を聞くに、巨大なドラゴンを連れた魔族軍がこちらに向かっているとのことでした。
翼はなく、移動速度はそれほど速くないためゆっくり来ているとのことですが、いくつもの町が蹂躙されているとのこと。
止めることができないと、このあたり一体が魔族に占領されてしまいます。
そうなると王都は、魔族軍に挟みうちにされるてしまいます。
「猶予は1ヶ月ってところか」
「そうですね」
ドラゴンはたった一匹。
だけど高レベルの存在が1人いるだけで、戦況は大きく変わります。
ステータスをみるとレベルは300。
熟練の兵士でも200いくことはないためまず勝てません。
ドラゴンと戦わなくてはいけないということは、普通の兵士にとって死を意味するに他ありません。
昼間だというのに、酒場は荒れに荒れていました。
見ると女性もちらほら見ます。
通常兵士は男性が多いです。
今までであれば女の兵士など本当にまれにしかみませんでした。
だけど、魔力量は女性の方が平均も多いので、魔法使いとして戦場に駆り出されることはそれなりに多いです。
魔族の敗北は、人間の滅亡を意味する為、女性であっても戦えそうであれば徴兵されるところまで人間は追い詰められています。
「絶望的ですね……」
「そうでもない。竜も手の打ちようがないほどでもなさそうだ。空飛べるわけでもないから、人間100人ぐらいで特攻すれば勝てる」
「特攻って」
「命懸けって意味だ」
「私も意味はわかりますよ」
「あの竜は、火を吐くから、むしろ突っ込んだ方がましだな。突っ込んでも踏まれて死ぬがそれでもダメージが与えられる。少しずつでも与えれば、生き物なんだから、そのうち死ぬだろう」
「王様にそう指示するように伝えますか?」
「やれといわれて出来るわけではないからこういう状況なんだろうな。そうなると全滅するだけだが」
「じゃあどうするんでしょうか」
「やってみせるしかないだろう」
「やってみせるって、ルールで私たちが自分の力で戦うのはダメなんですよね」
「そうだな」
そういうと、継名はお酒をのみます。
大丈夫なんでしょうか。
本当は頑張らないといけないのは継名ではなく私なのですが、案なんて思いつきません。
以前よりは自分で何とかしなければという思いはあるものの、思いに能力がついてきません。
私はなにかいい案はないかと、ちびちびお酒を飲みながら人々を観察します。
奥の席には、食べ物を食べながら、ボードの上のコマを動かし、必死に考えている男と、腹が出た大柄な男がいました。
かなり二人とも身なりがいいので、貴族の出だと思われます。
大柄な男は小柄な女の子にお酒を注がせています。
女の子の腰につけた、ワンドは立派なもので魔法使いでしょう。
女の子は酌をするために、こんなところにいるのではないと思います。
不憫でなりません。
ずっと女の子を見ていると大柄の男と目が合ってしまいました。男は立ち上がり近づいてきます。
「おいおいここは、兵士の優先酒場だとお前さんらは理解してるのか。こっちのねぇちゃんはえらく美人だな。酌するって言うなら許してやるが?」
ぶしつけな視線を体中に浴びて、私は全身鳥肌がたちました。
継名は継名で相手を品定めをするような視線で大柄な男を眺めています。
「お前は、兵士の中で偉いのか?」
「副将軍だ」
継名は返事にうなずきます。
「決めた、お前にしよう」
「はあ? なにを決めたって」
訳が分からないといった顔をしています。
「イミューはそこの小娘にするといい」
継名は私がさっきまで見ていた女の子を指差します。
「え? どういう意味ですか?」
私も訳が分かりません。
継名は、突然人差し指を副将軍のでこに当てるとつぶやきました。
「憑依」
突然、継名の体がアストラル体に変わると副将軍の体に吸い込まれていきました。
男は、手を握ったり開いたりして見せます。
「よし。うまくいったみたいだな」
なんというか口調が継名に似ています。
偉そうに、腕を組むのは、継名そのものです。
「継名なにしたんですか?」
「お化け技ってやつだ。魂魄体は、ようは幽霊なんだから、とりついて操るぐらい簡単だろう。イミューも、はやくやれ」
継名は私をせかします。
「やり方わからないんですけど」
「手伝ってやる」
そういうと私の首根っこ掴み、女の子に向かって投げつけます。
「あたたた」
味方だと言っていたのに、乱暴なのは相変わらずです。
私は頭を押さえます。
なんだか背が縮んだような。
手を見るとものすごく小さくなっています。
顔をさわると鼻の高さなども全然違います。
胸のふくらみもほんのりしかありません。
ガラスに映った姿を見ると、私はさっきまで副将軍に酌をしていた女の子になっていました。
「どうなってるんですか」
まるで魔法と違うので解除の方法もわかりません。
貴族風の金髪の男が慌ててこっちにやってきました。
「ここにいた者たちはどこに行ったのだ?」
「幻覚でもみたんじゃないのか」
継名と私が食べていた食事が残っているので、言い訳としては酷いものです。
「ああ、そうかもしれない」
ですが、男は納得したようでした。
目が若干虚ろになっています。
きっと継名がなにかしたのでしょう。
「行くぞ、小娘」
「あ、はい」
私は、条件反射で返事をすると店を出て行く継名についていきます。
「やっぱりさっきの男が指揮官ですよね。取り憑けるんならあっちがよかったんじゃないですか?」
「あの男は優秀だよ。立てている作戦もよさげだった」
「だったらなぜ?」
「作戦が優秀でも兵が言うこと聞かないんじゃいみないだろう」
「それはそうですか。いい案あるんですか」
「こいつでドラゴンに一撃をいれる」
継名は自分自身を指さします。
「どうやってですか」
「気合いだ」
シンプルすぎます。
私でも作戦が理解できることが、逆に心配になってきます。
「取り憑いといて、特攻するんですか?」
人間にやさしい継名らしくありません。
「特攻しなくてもどうせ死ぬ」
「それはそうなんですけど」
「どうせ死ぬなら、死ぬ気で頑張って派手に散った方がこいつのためだろう」
「そうなんでしょうか」
「まずは武器だな」
腰につけた剣を引き抜いてみせます。
「なんでこいつはこの体でこんな細身の剣をつけているんだ」
剣には紋様が刻まれています。
上等の魔法剣のようです。
「家宝かなにかでしょうか」
「プライドなんかで敵が倒せるか」
継名は武器屋に入ると迷いなく売り、一番無骨なバトルアックスを購入しました。
「いいんでしょうか」
「いいも悪いもあるか。あんなんで戦えるか」
「継名も自分の刀売られたら、怒るでしょう」
「こいつと違って何百年も実践で使ってる刀だぞ。ろくに使ってもいないお飾りの剣と一緒にするな。それに売ったところで、勝手に戻ってくる」
そういう運命の刀なのでしょうか。
言ってる意味がよくわかりません。
「さあ、鍛えるぞ」
継名は、というか副将軍は近くの山に入っていくと、斧として正しい使い方である、木の伐採を始めました。
そんなに大きな木ではありませんでしたが、一本倒すのに一時間以上かかります。
「体が重すぎる。まずはこの無駄にでた腹を引っ込めるところからか」
ふーと一息ついて水を飲みながら聞いてきます。
「その小娘は、どんな魔法がつかえるんだ?」
「えーと、土属性の魔法がつかえるようです。石を敵に向かって飛ばす魔法が得意のようです」
飛ばせる石は小石程度の大きさまで。
それでも、脳天に当たれば一撃で敵を葬ることができるので、それなりに優秀です。
「よし、なら作戦は簡単だ。その小娘の魔法でドラゴンの上空に岩ごと俺を飛ばして、俺がドラゴンの頭をかち割る」
どれだけ人間大砲好きなんですか。
今度飛んで行くのは、継名の方ですが。
「この子、小石ぐらいしか飛ばせませんよ」
「石も岩も似たようなもんだろ。1ヶ月あるんだからどうにかしろ。俺もこいつをドラゴンの頭叩き割れるぐらいにどうにかするから」
「どんなレベル上げする気ですか」
副将軍のステータスを確認するとレベル150一般人よりは高いですが、ただそれだけです。
「レベル上げってなんだよ」
継名は訝しげです。
「モンスターを倒したりとか」
「中に入ってるのは、俺だぞ。今までどれだけ戦ってきたと思ってるんだ。今更、実戦経験なんていらねぇよ。ただひたすらパワーをつける。筋トレだ」
「筋トレ……あのー私も筋トレするんでしょうか」
「何言ってるんだ。お前は魔法使いなんだから、ひたすら魔法使え」
「はい……」
そんなんで強くなれるのでしょうか。
何も倒さなければ、経験値は得られません。
レベルが上がらなければ、強くはなれません。
私は不安でいっぱいでした。
◇◇◇
私も魔力が尽きるまで、魔法を打ち続けました。
人間なのですぐ、魔力が空になり、気持ちが悪いです。
びくともしない岩の上に座って休んでいると、継名がにらみつけてきます。
「なに休んでいるんだ」
「もう魔力ゼロなんですよ」
「ゼロならマイナス突破してでも絞り出すんだよ」
「そんなむちゃくちゃです」
「やれなきゃ、どうせ死ぬだけだ」
もう刀を突きつけたりはしませんが、言葉の刃は今まで通りの鋭さです。
「わかったから、やります。やればいいんですよね」
私は魔法のワンドをつかむ力をより一層いれました。
「ぐぐぐぐぐ」
無いものをだそうとするものだから、吐き気と目眩で魂が割れそうになります。
口からはよだれが勝手に垂れて、目は白目をむきそうです。体中の穴から脂汗がでてきます。
ステータス画面を見ると、魔力の値がヒビがはいったような表示になりました。
「もう限界……」
「限界なんて勘違いだ。そいつはもっとやれる」
継名は厳しく冷たい瞳で見つめてきます。
初めて出会ったときと同じ、刃が喉元に突きつけられているように錯覚しました。
今回頑張って、壊れるのは、私じゃなくてこの子の魂。
魔族にも手加減していた継名が女の子を見殺しにするとは思えません。
き、きっと本当にやれる子なんだよね。
私は覚悟を決めて、さらに力を絞りました。
突然、大地から魔力が流れ込んできました。
「え、何!?」
重力から解放されたかのような浮遊感。
自分の中を大地の魔力が循環するように巡ります。
「よしよし、やっぱりそいつ龍脈と相性がいいな」
「龍脈?」
相変わらずステータスの魔力ゲージはゼロのまま。なのに、今まで以上に魔力で体がみなぎっています。
スキルステータスには、
『天啓・大地の恩恵』
が出現していました。
「大地を巡る気、お前たちが魔法に使うエネルギー、魔力はなにも大気中を漂っているのが全てではない。大地にも巡っている。その娘は土属性だから、魔力が尽きたあとも魔力を放出しようとしたことで、大地から吸引できるようになったんだろう」
「魔力ゲージはゼロなのに」
体は確かに魔力を感じているものの、ステータス表示の魔力はゼロのままです。
「どうも空気中の魔力とは質が違うようだな。お前はステータスとやらに惑わされすぎなんだよ」
「そんなこと言われても、見えてしまうのだから仕方ないじゃないですか」
「数値かされた情報を参考にして利用するのは悪いことではない。でもそれがすべてだと思わないことだ」
「魔法も一種類しか使えないのに」
「一種類使えれば、上出来だ。俺だって一種類しか使えない」
確かに継名は魔法らしい魔法は風操作しか使えません。
それでも、威力は町一つ容易く吹き飛ばす程です。
副将軍も、ステータスを確認すると肉体強化しか使えないようです。
「長所を伸ばせお前は田舎娘で一番才能がある奴だった。胸をはれ、自信を持て、お前はできる奴だ」
それは、副将軍がこの子に言っているのでしょうか。
継名が私に言っているのでしょうか。
「できるかできないかはどうでもいい。俺はドラゴンより強い。俺は最強だ。そう信じてひたすら準備するただそれだけだ」
そういうと、副将軍に取り憑いた継名は木に向かって斧を振るいます。
◇◇◇
山の中には、大きな川と滝がありました。
「よし、ここも修業にはもってこいだな」
随分深い川のようです。
木を一本切り倒すたび、副将軍は滝つぼに向かって飛び込みます。
何度も何度も同じことを繰り返します。
百回振るわなければ倒せなかった木が、99回になり、90回になり80回になりと数をこなせばこなすほど減っていきます。
滝つぼの飛び込みも、初めのうちは盛大に水しぶきを上げていたのに水しぶきがしなくなり、1回転しながら飛び込めるようになり、それが2回転になりと少しずつ回る回数が増えていきます。
敵は何も倒していないので、レベルは150のままです。
その姿を見ながら、私もひたすら、魔法で石を飛ばします。
魔力が欠乏しても、まだ魔法を使いたいと願う心が、大地から魔力を吸い上げます。
ほんの1ずつですが、魔力の上限が上がっていきます。
努力がほんの少しだけ形になります。
無駄だとか、負けるかもなんて思わなくなり、ひたすら修業に打ち込むようになりました。
自分が女神だということも忘れて。
◇◇◇
ついに決戦の日がやってきました。
戦場へと向かう行列は、葬式と見まごうほど痛々しさに満ちています。
酒場であった金髪の男もため息をついています。
「ついに来てしまったか」
作戦を考えていた男はやはり将軍だったようです。
どこかの貴族の三男。
武勲を上げられなければ、死んでもいいと言わんばかりに家を出されたようでした。
周りの兵士もむりやり徴兵されたものばかり、隊列もろくに組めていません。
それどころか、
「おい見ろよ。お飾りの副将軍だ」
「図体ばっかりでかいだけだ」
「いつも俺たちばかりにたたかわせやがって」
「どうせ俺たちがドラゴンにやられたら、あいつも死ぬ」
誰が言ったかまでは、判断つきませんが、所々からそんなひそひそ話が聞こえてきます。
「注意しないのか」
将軍が聞いてきます。
「そんなことより、今は敵のことを考えねば」
低い声で副将軍がいいます。
「そ、それは、そうだな」
今まで副将軍と違うのでしょう。
将軍は動揺しています。
「作戦なんだが……お、おい、どこに行くんだ」
副将軍は、ずんずん進んでいきます。
「ドラゴンさえ倒せば、どうにかなるんだろ」
「ああ、だがそれがどうにもならないんだ」
「頭を使うのは俺にはむかん。ドラゴンは任せろ。あとは任せたぞ」
「なにをする気だ?」
副将軍はもう将軍を見向きもしません。
「おい、いくぞ」
呼びかけられたのが私だと気づき慌てて返事をします。
「あ、はい!」
副将軍を見ますが、完全に同化してしまったのかと思うほど、継名の存在を感じられません。
「道を開けろ!」
威圧的に大声をあげます。
ぐんぐんと兵士たちの間を割って進んでいきます。
私もそれに続きます。
「私にできるでしょうか」
気弱な自分が顔を出します。
私が言っているようで、この子が言っているようでもありました。
「お前は、出来る奴だ。あれだけ的が出かければ、外しはしない。一緒に修行したのだ。自分を信じろ」
信頼を感じます。
命を預けるぞという強い意志を感じます。
継名は副将軍の体をひと月必死で鍛えました。
出ていた腹は引っ込み、腕や足は元の倍ほど太くなり、大きく見えていたバトルアックスが小さく見えるほどです。
ですが、それでも視認できたドラゴンは大きく私たちはものすごくちっぽけでした。
大きく山のようなドラゴンの前で人間は矮小です。
それでも、継名は、副将軍は目を爛々と輝かせて笑っていました。
限界までバトルアックスを握りしめた手から血で滲みます。
魔法に変換することのない魔力が全身をめぐっています。
副将軍は大きな岩を見つけると、上に立ちます。
岩を思いっきり踏み込み、足を岩にめり込ませた。
「さあ、やれ!」
副将軍の掛け声で、私は後先考えず全力で魔法を放ちました。
「岩石大砲!」
爆発するような衝撃とともに空高く巨大な岩が撃ち放たれます。
ドラゴンは突然飛んできた岩を見上げました。
ドラゴンの真上に来たとき、副将軍は大きくジャンプし、斧を振るい体を回転させます。
グルングルンと信じられない勢いで巨体が回ります。
遠心力と重力の巨大なエネルギーを取り込み、ドラゴンに落ちていく。
流星大車輪衝撃斬!
大地が激震する。
ドラゴンの頭部など一瞬で粉砕されており、大地すら地割れをおこしました。
敵の大軍が迫る中、副将軍は笑っていました。
「なんとしてでも助けなきゃ」
私の中の誰かがしゃべりました。
魔力は少しも残っていません。
むりやり大地から先ほどと同等の魔力を高速で吸い上げようとするせいで、
魂にひびが入っていきます。
たとえ寿命が縮んでも、今やらなきゃ後悔する。
思いが限界を超えて、魔法になります。
「岩石吸引!」
私は魔物の大群が押し寄せる直前に、副将軍の足元にある岩を引き寄せました。
兵士たちの前に落ちた岩から副将軍がたちあがり、声を張り上げました。
「勇者なぞいなくても、ドラゴンなどおそれるに足らず、ここに集った兵士は精鋭ばかり、我々はここに死にに来たのではない、魔族を討ち滅ぼしにきたのだ」
副将軍は片刃の折れたバトルアックスを大きく頭上に掲げ、さらに声を張り上げました。
「人間の力見せつけてくれようぞ」
うおぉぉぉぉおおお、と
あちこちから歓声があがりました。
ゾンビより死んだ目をしていた兵士たちにみるみる活力がみなぎっていきます。
「副将軍が後ろに控えていたのは、俺たちが倒せない敵が来たときの為に温存していてくれたんだな」
「ああ、そうに違いない」
「魔族に一泡吹かせてやる」
「俺達には最強の副将軍がついている!」
あちこちで声が聞こえてきます。
それはひそひそ話ではありません。
戦が始まる前とはまるっきり逆の副将軍を讃えるものばかりです。
兵士たちは、副将軍に続けと言わんばかりに、魔族に突撃していきました。
副将軍をよく見ると足はガクガク震えています。
全身の骨は、骨折だらけで立っているだけでも、激痛が走っているはずです。
将軍がかけより、副将軍の体を支えます。
「よくやってくれた。ドラゴンさえ倒せれば、戦力は五分。あとは任せてくれ」
将軍が言うように、戦況は五分五分。
ドラゴンを倒してようやく互角。
だけど、互角ということは、兵士の志気の高さが戦の勝敗を分ける。
魔族はドラゴンという絶対的な心の支えをなくし、こちらには、そのドラゴンを打ち倒せる人物がいる。
その人物が満身創痍であることが相手にわからなければ、脅威となる。
「頭を使うのは、ワシにはむかん、あとは頼んだ。共に魔族に立ち向かおうぞ」
「ああ!」
将軍は副将軍といれかわり、指揮をとるため先陣へと向かいます。
副将軍はようやくどっしりと、戦略スペースの椅子に座りました。
きっと今までの戦いでも座っていたのでしょう
今まで通り、普通に座っているだけです。
だけど、もう誰もお飾りなどとは心のなかでも思っていません。
機敏に動き、心のそこから敬礼をし走り回っています。
ふと横を見ると、継名が泰然と立っていました。
「あれ!? 継名、いつのまに、そこにいたんですか」
「ドラゴンを倒してから、すぐ憑依は解いた」
「え、じゃあ」
「それ以降の言葉は俺じゃない。あいつ自身の言葉だ。思いも力も持っていながら伴っていなかったのは度胸と努力だけだった。多分もう大丈夫だろう」
継名はどことなく嬉しそうに、まるで子供の成長を見守る親のように副将軍を見つめていました。
「さあ、そろそろ次の場所に行くか」
継名は私の魂を魔法使いの少女から引き抜きました。
私が抜けるとすぐさま少女は副将軍の元へ駆け寄っていき、ガハハと豪快に笑う副将軍のとなりで、あどけない年相応の笑みを見せています。
「がんばってね」
私は聞こえないことをわかっていながら、小さく声を少女にかけました。
戦いはまだ終わっていない。
でも、きっと大丈夫。
雲の隙間から零れる光の筋を眺めながら、私は神の領域へと戻る魔法陣を描き始めました。