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神の欲望

 私は神です。

 人々に慕われるのは大好きです。

 信仰は私の力ですからね。

 だけど、食べたり、寝たり、ましてや恋したりしたことありません。

 たまには勇者を召喚したりしたりしていましたが、

 あの空間に一人でずっとずっと過ごしていました。

 寂しさとか、孤独とか、まるで感じたことはありませんでした。


 目の前の異界の神は、そんな気持ちを理解できないといい世界は作れないといいます。


 自分の心に湧き上がってこないものを、どうやって想像すればいいんでしょうか。


 わからないことばっかりです。


◇ ◇ ◇


 継名は人間みたいに宿屋に入り、ジョッキを掲げて、おいしそうにつまみを食べています。

 それに何の意味があるのでしょうか。

 さっぱりわかりません。

 わかりませんが……。

 あんまりおいしそうに食べるものだから、私は知らないうちに物欲しそうな顔をしていたのでしょうか。


「食べてみるか?」

 継名が聞いてきます。


「じゃあ、一応」


 継名が追加注文してくれました。 

 脂がのったお肉が目の前に運ばれてきました。

 私は見よう見まねで、ナイフで切り分けると、口に運びます。


「……おいしい」


 素直な感想が口からこぼれました。

 始めた食べたはずなのに、おいしく感じます。

 じゅわじゅわじゅわとお口の中に広がる肉汁がとってもジューシーです。


「うん? おいしいのか。じゃあお前、元人間かもな」


「えっ。私は生まれた時から神ですよ」


「そんなわけないだろう。生まれた時から神なら、味覚なんていらないから」


「どうしてですか?」


「生きていくのに必要ないから」


 言われてみれば、そうです。

 変ですね。

 私は別に食べなくても生きていけます。

 おいしいは体が欲したものを満たした喜びでしょう。

 なぜ私はそう感じるのでしょうか。

 ということは、継名も元は人間ということでしょうか。

 私以上に人間離れしてますのに。

 私は黄色のとろりとしたスープを口に運びます。


「おいしい」


 今度は、体の芯からおいしさが広がっています。

 すごく幸せな気持ちになってきました。


「本当にうまいんだな。早く食べてみればよかっただろうに」


「だって、私が食べ物をおいしいと感じるなんて知りませんでした」


「お前本当に何も知らないな。自分のことすら」


 呆れたように継名はいいました。


「そんなこと言われましても」


「とにかく、きっと大切なことだから、覚えておけ。お前は元人間だよ」


 なんでしょうか。

 ちょっとだけ話し方が優しくなった。

 そんな気がしました。


 私はお酒というやつも飲んでみることにしました。

 舌に触れた時は、びっくりしましたが、飲んでるうちにいい気分になってきました。


「なんだかホワホワします」


 このお酒というやつは最高です。

 なんだか頭の中がとろけていきます。


「弱いな。酒も初めてだろ。酒はやめておいた方がいいんじゃないか?」


 きっとこんなにおいしいから、継名は一人じめするきなのですね。

 なんと意地悪な。


「だいじょうふです」


「なにも大丈夫じゃねぇな」


「継名とおなじりょふしかのんでません」


 なんでしょう。

 なんだかうまくしゃべれなくなってきました。


「俺は飲み慣れてるから」


 そういう継名は二人に分身して、お酒を飲んでいます。

 ズルいです。

 またそんなよくわからないスキルを使うなんて。 

 二人の継名は同じタイミングでジョッキを空にすると


「俺はちょっと夜風に当たってくるから、あんまり飲むんじゃねえぞ」


 そういうとどこかに行ってしまいました。

 独り占めする、じゃま者はいなくなりました。

 これで私は食べ放題の飲み放題です。

 頼み方は、継名みたいに手を上げて、店員を呼んで、食べたいものを指させばいいのでしょう。

 お金は継名が置いていった残りがいっぱいありますし、最終手段として、金塊を作り出せます。 

 こんなに食べ物がおいしかったと知っていたら、毎日食べましたのに。

 隣の席に座っている人間が食べている料理もおいしそうですね。

 あっちのお酒はどんな味がするのでしょうか。

 見ただけでは、味を想像できません。

 全部食べたくなってきました。

 今まで食べてこなかったことがもったいない。

 千年分……千年分、取り戻さなくては。

 ビフテキ、フォンデュ、スープ、お酒、お酒、お酒……

 ぐるぐるぐるぐる

 世界が回り続けますが、私は口に食べ物を入れ続けます。

 おいしいおいしいおいしい………。 


◇ ◇ ◇


「あっはっはっは」


 私は、笑い声で目を覚ましました。

 いつの間にか、私は眠っていたようです。

 睡眠なんて必要ないはずなのに、今日は本当にどうなっているのでしょうか。


「はっはっは」


 継名が、私を指さして笑います。

 なにがそんなにおかしいのでしょうか。


「質量保存の法則って知ってるか? お前どれだけ食べれば、そうなるんだ」


 そうとは? 

 なんのことでしょう。


「ほらこっちにきてみろ、鏡があるから」


 継名にたたされると私はヨタヨタ歩きます。

 なんだか体がとても重いです。

 お酒の所為でしょうか。

 私は鏡の前に立ちました。

 私がさっきまで食べていたボンレスハムのような姿の人物が映っていました。

 変ですね。

 鏡というのは自分の姿を映す物ではありませんでしたか?

 髪の色はブロンドで瞳の色は碧眼。

 そこだけは自分とそっくりです。

 私が右手をあげると、鏡の中の人物も右手を上げます。

 お腹を触ると信じられないくらい柔らかい感触があり、鏡の中の人物のお腹も波打ちます。

 下をむくと普段は自分の胸で見えないはずのお腹が見えます。

 ……。

 も、も、も、もしかして、鏡に映っているのは、私なのではないでしょうか。

 慌てて、継名に確認します。 


「今の私はどう見えますか」


「太いな」


「太い……」


「重そうだな」


「重い……」


「あと丸いな」


「丸い……」


 いつものように、ポンコツやらアホみたいに悪口であるブスとか醜いとか言ってくれた方がまだましでした。

 太くて、重くて、丸い。

 それはただの事実です。

 今まで継名には散々悪口言われて来ました。

 ただそれは私の自業自得という自覚もありました。

 ただそれでも耐えられたのは、容姿には、絶対の自信があったからです。

 今の私から容姿もなくなったら、どうやって尊厳を保てばいいのでしょうか。


「ど、どうしたら痩せることができますか」


 私は目の前の男に、藁でもつかむ思いですがりつきます。


「それはもちろん、走り回ってカロリー消費すればいいだろう」


「走り回る?」


 つまりそれは、この醜態をみなに見せて回らなければいけないのでしょうか。

 耐えられません。

 私は自分の美貌が大好きでした。

 目の前の男、天満継名以外の召喚した男達から注がれる熱い視線が注がれるたびに、自分の承認欲求が満たされていました。

 こうなってしまったら、もう誰からも愛されることはないでしょう。

 私の目から涙が流れます。 


「死にたい」


 私はつぶやきました。


「はっ?」


 出会ってから初めて、継名の顔に動揺が走りました。


「死にたいです」


「いや、ちょっとまて」


 私の体はアストラル体、普通そう簡単に死ぬことはありません。

 ですが、今は違います。

 簡単に死ぬ方法があります。


「殺してください」


 私は涙を流し懇願しました。


 『神殺し』そのスキルがあれば、私の存在を抹消できます。


「何言ってんだ」


「だから、殺してください。継名なら簡単に殺せますよね。えっぐ。えっぐ」


 私は子供みたいに泣きじゃくりました。


「だーも、悪かったよ。笑ったりして、そこまで思い詰めることはないだろう」


「だって、だって」


「ほら、太ってるのだって、見方によっては美しいだろ」


「継名は本心から言っていますか?」


「い、いや……」

 継名は目を逸らします。


「やっぱりそうじゃないですか。普通の人間ならそれでいいかも知れませんけど、私は美貌の女神なんですよ。今の姿で、そう名乗ったら笑われるばっかりじゃないですか」


 バチが当たったのです。

 バチを当てた神も私自身なのですが。


「簡単に元に戻る方法教えてやるから」


「ど、どうすればいいんでしょうか」


 希望がまだあるというのでしょうか。

 私は涙を拭きました。


「まず魂魄体に戻ってみろ」


 魂魄体とは、アストラル体のことですよね。


「こうですか」


 私はアストラル体に戻りました。

 鏡に写らなくなりました。

 ですが、私の容姿は何一つ変わりません。


「そしたら、元の自分の体系を想像しながら、溢れ出た部分を体の中心に押し込め」


 私は言われた通りに、アストラル体のからだを真ん中に向かって押し込みます。

 確かに実体と違って、引っ込みますがすぐにぼよよんと元に戻ります。


「……手伝ってやるから、体さわるぞ」


 継名が後ろから腰に手を回しました。

 あっ。男の人にそんなところ触れられたの初めて……。

 そんなことを考えたのは一瞬でした。

 万力のような恐ろしい力で締め上げられます。


「ぎぃやああああああ、いたい、いたいいたい」


「ちょっと耐えろ」


 つま先から、空気が締め上げるように私の全身を締め上げます。

 アストラル体なのであるわけないのに、骨が軋むようです。

 私の中で大量に変換された魔力が暴発しそうになりますが、継名がそれすらも押さえ込んできます。

 型抜きのなかに無理やり押し込められている気分です。

 

「よし実体に戻せ」


 継名の声で、無理やり実態に戻します。

 アストラル体とちがって、元に戻るというようなこともありません。

 鏡を見るとお尻と胸だけ大きく柔らかそうな元の体を取り戻せていました。


「はぁはぁはぁ、うっぷ」


 ただ喜ぶ余裕はありません。

 本来、脂肪だったものが全部形のないエネルギーという形で私の中に全部あります。

 つまり、魔力です。

 こんなに魔力を体の中に溜め込んだことはありません。

 上限をはるかに突破しています。

 いまなら世界をもう一つ増やせそうです。


「魔法使っていいですか」


 涙目で継名にききました。


「ダメに決まってるだろ。今使ったら暴発するぞ」


 答えは非情なものでした。

 食べた物が全部口から出てきそうで、なにも出てこなくて気持ちが悪すぎます。

 私は、なんとかもう一度鏡を見ました。


 元の美しい姿の自分がいました。


「うろ覚えだが、そんなもんだったろ」


 胸が前より大きい気がします。

 魅力が上がった気がするので、いいことにします。


「あとは自分で微調整しろ。慣れればできるはずだ」


 継名はぶっきらぼうにいいます。


「ありがとうございます」


 どうにかお礼を言うことができました。

 継名の顔が少しだけ、ほころびます。


「お前もっと自分の体大事にしろよ」


「それを継名が言うんですね」


 普段は首をハネるとかなんとかよく言っているのに。


「死にたいやつに脅しにならないだろ」


 確かにそれはそうです。

 そうなのですが、

 継名本人もしまったみたいな顔をしているところを見ると、素の言葉だったのでしょう。

 わたしももうわかっています。

 この町の人々に接する継名は、傍若無人さなど全くなく優しさそのもの。

 たぶん私が継名の世界から人間を無理やり連れてこなかったなら、私にももっと優しく接してくれたのではないでしょうか。

 私は少しだけ寂しさが理解できた気がしました。



 

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