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前世の記憶

 少しずつ記憶が鮮明になっていきます。

 私が作った世界の魔王とちがい、私が住んでいたの世界の魔王は邪悪そのもの。

 悪意を好きなだけ撒き散らして生きていました。

 生きるために人を殺すのではなく、

 殺すために人を襲っていたのです。

 倒さないなら結局、この世界に平和は訪れなかった。

 私たちは袋小路に追い込まれていたのです。

 

 豚や牛がいつか食べらることを知らずに、草を食むように。

 私たちは、魔物たちを狩り続けて、レベルを上げていました。

 その経験値を神にささげるためだとも知らずに。


◇◇◇


 改めて思い出した、魔王との戦いは無様そのものでした。

 継名なら刀一振りで倒せるでしょう。

 その程度の魔王です。

 ただそれ以上に私たちは弱かった。


 魔王は愚鈍で、体ばかり大きく、大きな触手を振り回していました。

 

 レベルとかは関係なく

 ただ、私たちはその圧倒的な質量を受け止めるだけの膂力がなかった。

 ただそれだけなのです。


 巨大な敵を倒す正攻法は今は知っています。

 継名が副将軍でドラゴンを倒したときのように、一撃必殺をひたすら磨くよりほかないのです。


 戦士と魔法使いはあっさり叩き潰されてしまいました。

 磨いてきた技も魔法も関係なしに。

 

 二人が集めてきた経験値が、魔王に吸収されていきます。

 神にとっては、私たちが勝とうと、魔王が勝とうと同じことです。

 経験値が一つに固まればいいだけなのですから。 




 私はあとでどうとでもなると、魔王は無視していました。

 勇者は、必死で、鞭のように繰り出される触手を回避していました。

 当たるのも時間の問題です。

 勇者が意を決して剣を魔王に投げつけました。

 勇者の死に物狂いで投げた剣が、魔王の大きな口の中の奥の奥まで飛んでいき、たまたま急所にうまく突き刺さったのでした。


 多分、運がよかったのでしょう。

 それともわるかったのか。


 魔王の大きな巨体が倒れていきます。


「やったぞ」 


「やりました」


 喜んだのは一瞬です。

 仲間が死んでしまった悲しみの方が大きくて、私と勇者はうつむいていました。

 どれほどそうしていたでしょう。


「姫……帰りましょうか」


「……はい」


 勇者がそう切り出した時、魔王が完全に息を引き取りました。 


 魔王の所持していた経験値が勇者に移ったとき、ついに勇者はレベル1000に、つまり神レベル1に到達しました。


「な、なんだ」


 勇者に組み込まれていた呪いが発動します。

 私が創生した世界の魔王が受けていたものと同種のものです。

 それで召喚されたのは悪魔ではなく、最高神様でした。


 勇者に魔王を倒してほしいと頼んだ張本人です。

 勇者と私は、希望を見出していました。


「神よ。魔王を打ち倒し、世界を平和にしました。どうか仲間を助けてください」


 人智を越えた存在である神ならば、助けてくれるかもしれないと一縷の望みで神を見つめていた。

 神が告げたのは私たちが望んだものとはまるで反対のものでした。


「なぜワシがそんなことをしなければならないのか」


 私と勇者は、絶望した顔で神を見つめていました。

 今なら、分かります。

 私が勇者を召喚してお願いしていたのとはわけが違います。

 明らかに魔王より最高神様は強い。

 最高神様が魔王を倒すことなど造作もないことです。

 私達のためにいろんなことをしてくれる神ならば、継名のように下界におりて人々のために走り回ってくれるはずだということを。


「だがレベルをあげて、魔王を倒したことは誉めてやろう」


 神は、ゆっくりと勇者に近づき、そして、

 おもむろに拳で勇者の胸を貫いた。


 胸を貫かれた勇者は、

「な、なぜ」

 とだけつぶやくと息絶えました。


 悲しみの中にそれ以上の悲しみが訪れることなど想像もしていなかった前世の私。

 勇者の死んだと言う事実に理解が追いついたとき、ようやく勇者に駆け寄りました。


「い、いやー勇者死なないで」


 前世の私は、動かなくなった勇者に無駄だとわかっていながら、ヒールをかけ続けていました。


「もうこの世界も用なしだが、お前はそれなりに育っているな。まだワシが食べるほどではないが、うまく改造すれば、創世魔法を使えそうだ。手伝わせるにはちょうどいい」


 悲しみが大きすぎて、神に恐怖するまで心が働いていませんでした。

 神が私の頭に手を伸ばし……。


 そこで世界は暗転しました。


「うっく、うっく」


 何も見えない空間に私のすすり泣く声だけが、響きます。


「なるぼどな。そうやって無理やり転生させられたのか」


 確かに私は、魔王を倒したいと願っていました。

 その願いが叶ったら、魂を奪われるなど、

 まさに悪魔の所業です。

 悪魔……闇属性の神たちが、私たちのことを光の悪魔と呼ぶのは当然のことのように思えました。

 継名が呟きます。


「勇者が魔王を倒す物語だなんて、ひねりのないありふれたシナリオだな。さぞ世界も創りやすいのだろう」


「ありふれたなんて言わないでください。私は、その物語の登場人物なんですから」


「結末まで、ありふれていればよかったのにな」


「確かにそうですね」


 勇者は魔王を倒し、王国のお姫様と結婚し、末永く幸せにくらしましたとさ……なんて夢のまた夢。

 私の前世の世界で、穏やかな死を迎えられた生物がどれだけいたのでしょうか。


「確かに悪魔が俺のことを天然物といった意味がよくわかるな。これは完全に勇者の養殖だ」


「どうして私は忘れていたんでしょう……」


「仕方ないさ。あのお姫様は前世ってだけで、別の存在なんだから。それに俺に服従魔法を上書きされて、最高神の魔法が解けた状態で、死の精神汚染を受けて、たまたま魂に刻まれていた一番ひどい死が前世の記憶だったってだけだろうよ」


 継名が言った言葉によくわからないものがありました。


「服従魔法の上書き?」


「服従魔法が呪い返しされるまえから、お前に同じような術式がかかっていた形跡がのこっていたから、もともと服従魔法がかかっていたんだろう」


 最高神様は、私に改造を施したと言っていました。

 服従魔法のことだと言われれば、納得できます。


「そんな継名と会うまで、バットステータスどこにもなかったのに」


「俺はお前のいうステータスそのものは見えないが、多分、ステータスに出ていなかったんだろうなとは思っていたぞ」


「どういうことですか?」


「全部のステータスがきちんと表示されているとは、限らないだろ。それはわかるだろう?」


「それは、そうです。継名の能力は半分も表示されていません」


 妖気、神気、憑依術、第六感……。ステータスが表現しきれない能力がたくさんあります。


「俺が、他の世界の住人なのもあるが、他にもステータスに表示させない手段なんて、たくさんあるだろう。例えば強力なスキルで、弱いスキルを覆い隠したりな」


 確かに、継名の[絶対切斬]が現れた瞬間[次元切斬]のスキルはみえなくなりました。

 あらゆるものを斬る能力に、次元を斬る能力が含まれてしまったのでしょう。


「お前の能力の中で、服従魔法、あれだけがどう考えても異質だ」


「無属性の魔法ですから使えてもおかしくないでしょう」


「そうだったとしても、お前のその性格で自分から服従魔法を覚えたいと思わないだろう」


「今はそうですけど、昔の私はどうかしていました」


「どうかしていた。そうだな。どうかさせられていたのだろうな。前世のお前と今のお前は性格は瓜二つ。魂が同じなら、そんなに簡単に性格を変われるものでもないさ」


「それって……」


「つまり、お前に服従魔法がかかっていたんだろう。服従魔法は、潜在能力を引き出す副次効果付き、お前が服従魔法が使えること自体が、お前に服従魔法がかかっていた証拠だよ」


「でも、私はそんな魔法がかかっている自覚は……」


「まあ、なかっただろうな。俺の憑依術と一緒で、深層意識に働きかけるからな」


 継名の憑依術は、抜けた後は本人の自意識として認識されます。

 操られていたことなど忘れて。

 潜在能力を引き出す副次効果があるのも同じです。

 同系統の術の使い手の継名がいうのです。

 多分まちがいないでしょう。


「服従魔法の扱いもわかっていたんですよね」


「まあな。ただはじめからじゃないぞ。憑依を繰り返し、他の連中の思考を読み取りながら魔法を解析していた。途中で解いてやってもよかったんだが、最高神とやらに、またかけられるのも厄介なので保留した」


「こんな力なんて……」


「どんな力も使い方次第だな。力を与えられるのは、悪いことではない。実際俺の神としての力も貰い物だ」


「そうなんですか!?」


「そうだ。俺の神格は、妖怪と神の平和の象徴だからな」


「平和の象徴?」


「そうだ。俺の神格は神が妖怪との戦いの停戦を記念してくれたものなんだからな」


「じゃあ、やっぱり継名は妖怪の方のトップなんですか?」


「そんなわけないだろう。俺はぬらりひょんのじいさんに行ってこいって言われただけで」


「えっ?」


「ただの使い走りだよ。言わせんな」


「あんなになんでも切れるのに?」


「イミューおまえ、妖怪なめてるだろう。俺が剣聖だといったじいさんがいただろう。覚えているか?」


「もちろんです」


「ぬらりひょんは、あのじいさんが妖気を得て、認識できなくなったような妖怪だ。どこにいるかわからないやつをどうやって切れっていうんだよ」


「ああ、だから第六感とか使えるんですね」


「多少、位置がわかるようになったところで、剣術も超一流なんだけどな」


「そんな……」


 継名が誰かに負けるなんて考えられません。


「まあ、やられたのは、俺が妖怪になりたてだったころの話だ。今は魂魄化もできる。第六感も使える。さらに魔法も使える。今度こそ負けん。まあ、敵じゃないから戦うこともないんだが」


「継名の世界はどうなっているのですか」


「俺だって昔はよわかったし、お前より、500歳は年上なんだ。それなりに強くて当たり前だろ。それでも今でもおれより強いやつはまあまあいる」


 継名は友達の自慢をするように、自分より強い妖怪たちのことを楽しそうに話します。


「だって悪魔戦は」


「勝てただろ」


「そうですけど」


「勝ち目があったから戦った。それだけだ。勝ち目が本当にゼロだったら俺だって逃げ出すぞ」


「諦めるなって」


「俺の諦めるなは、勝ち目を追えって意味だ。勝てないと思えても、勝つ手段を考えろってそういうことだ。無謀に突っ込めって意味じゃない」


 いつだって継名はみんなにそう教えてきました。私にだって、無理をさせたことはありません。


「で、どうするんだ。どうやって最高神に勝つ? 多分相当強いぞ」


「どうしたら、いいんでしょうか」


 逃げるや、放置も選択肢の一つなのでしょう。

 継名にお願いしたら、倒す方法を一緒に考えてくれると思います。

 ただ……


「復讐は何もうみだしませんし」


「破壊の限りをつくしていけよ」


「生み出さないのがいいことみたいな言い方ですよ……」


 前も同じようなことを言っていた気がします。


「違うのか?」


「そんなあらためて聞かれるとよくわかりません」


 悲しみの連鎖を断ち切るのは武力行使も致し方ないのでしょうか。


「俺に創世の能力はないからな。産みの苦しみはよくわからん。気にくわない現実はいつだって、ぶっ壊して切り開いて突き進んできた」


「継名は、まあ……そうですよね」


「他のやり方なんてよくわからん。他にやり方があるのなら、お前が俺に教えてくれ」


 私が継名に教える?

 継名が答えを持ち合わせていないのなら、私が自分で考えるしかありません。

 私は最高神様を思い浮かべます。

 これだけのことをされたというのに、憎しみや怒りは今は感じない。

 悲しさだけが濾過できず、心に沈んでいる。

 もう1000年以上も前の話なのです。

 薄情に思われるかもしれないが過去はすぎた話で構いません。

 だけど、未来は……。

 未来は許容出来ない。

 前世のような世界を自分で生み出したくはない。

 私がつくる世界は、私が尊いと感じるもので溢れさせたい。


「まずは最高神のところに行かないと、私の意志を伝えに」


 そこがスタート地点な気がします。


「きっと殺されるぞ」


 分かっていますが、そんなストレートに現実を突きつけないでほしいです。


「ついてきてくれますよね?」


「当たり前だろ。約束してたしな。それに俺は最初から、そいつが気にくわないんだ」


「可能性は低いですけど、もし分かってもらえたら、戦わなくて大丈夫ですからね」


「お前がそれでいいのなら、構わないがな」


 継名は少し不服そうでしたが頷いてくれました。


「さあ、そろそろ帰るぞ」


 継名が手を差し出してきます。


「帰り道わからないだろ? ほら」


 差し出した手を私は幼子になったような若干気恥ずかしさを感じながら、握りました。

 よく考えると継名の手を握ったのは、初めてかもしれません。

 私はゆっくり歩いてくれる継名に遅れないように歩きます。


 理不尽に蹂躙された私の前世の世界の冥福を祈りながら、

 私は自分の精神世界をあとにしました。

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