黒騎士2
私はずっと待っていました。
明日を変える風を。
多分それは……。
勇者も、戦士も、魔法使いも倒され……
いえ、たいした怪我はしていません。
綺麗に防具があるところに攻撃されて、吹き飛ばされています。
手加減されています。
むしろ殺すより難しいはずです。
「こいつらを、回復させて出直してこい」
多分すぐ回復できる態度の再起不能。
「どうして、こんなことを」
「魔王を倒されるわけにはいかないと言っただろう」
「そうではなくて」
私は、そこを気にしているわけではないのです。
「どうして私たちを倒さないのですか」
「お前たちを倒して、何の得がある。俺は魔王が倒されなければ、それでいい。お前らは、俺が倒せるようになるまで、好きなだけレベルでもあげてくればいい」
私には、わかります。
いくらレベルを上げても、目の前の騎士が倒せないくらい。
強さの次元が違います。
強さをステータスではなく、肌で感じることができるようになりました。
撤退すべき、それはわかります。
でもなぜか前に進まなければいけない気がするのです。
「こんな敵はいなかったのに」
私は自分の言葉に違和感を覚えました。
いつだって、どんなところだって、未知の敵との遭遇は当たり前だったのに、どうしていなかったなんて言ってしまったのでしょう。
こんなところで立ち止まったりしていないのに。
「通してください。私達は、その扉を通り魔王を倒し、そして……」
そして、そして……。
突然、私の目から涙が零れました。
「思い出したのか」
どうして私はこんな大切なことを忘れていたのでしょう。
私の体から私がすり抜けていく。
勇者達も今の戦いを忘れたように、扉をあけ、魔王の部屋へと入っていきます。
「まって、いかないで!」
私は叫びます。
そんな制止がきかないことくらい自分が一番知っています。
私は二つのことを同時に思い出しました。
今、忘れていたこと。
今まで、忘れていたことです。
鎧の騎士は兜をはずすとそこには見慣れた顔がありました。
「継名」
「バレないと思ったんだがな」
「バレバレですよ」
継名のいつもの戦い方でした。
「どれだけ私が近くでみていたと思うんですか」
「お前は、記憶失っていたからな。顔さえ見れれなければ、いけると思ったんだが」
継名は関節部分が砕けてしまっている鎧を脱ぎ捨てます。
鎧なんて、継名の動きについてこれるわけありません。
「継名、ここはどこですか?」
「お前の精神世界だよ」
「私は死んだのでは?」
私は悪魔の死の攻撃を受けました。
「ちゃんと直撃はしないようにしてやっただろう」
そういえば、悪魔が攻撃する直前に、私の前に継名が立ってくれた気がします。
「随分お前は力を使い切っていたからな、全部は防ぎきれなかったが、ちゃんと生きてるよ。お前の本体はいつのもお前の住処に寝かしてる」
「継名はどうやってここに」
私の精神世界だとして、継名はどうしてここにいるのでしょうか。
「憑依術に決まってるだろう」
「そんな使い方があるんですね」
相手の精神に入り込む術です。
こんな使い方があっても不思議ではありません。
「あっちの世界は大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないぞ。悪魔と戦ったところは、死の地帯になったからな。人間と魔族は完全に分断してしまった。まあ、そっちの方がいいかもしれないけどな。俺じゃどうにもできないぞ。お前が創生魔法でどうにかしろよ」
「はい。わかってますよ」
「それにお前が俺に丸投げするから」
「そんな言い方」
「とりあえず、魔王になんかいい感じにしとけって俺も丸投げしといたから」
もう。
風はあんなに繊細に操れるのに。
本当に大味で雑なんですから。
魔王に借りなんて作らないでくださいよ。
でも……
きっと世界のことよりも、私を心配してみにきてくれたんでしょう。
行方不明になった人間一人を異世界まで探しに行くような人です。
意外に心配性ですからね。
それで私が現実のことを忘れて、のんきに勇者と旅しているのを見て……。
「継名、ごめんなさい。私が思い出さないように頑張ってくれたんですよね」
悲しい結末だけを忘れたままでいられるように。
ずっと楽しい旅だけできるように。
ゴールを先延ばしさせてくれたのでしょう。
「ゆっくり夢に浸っていて良かったんたんぞ」
「そんなわけにはいきませんよね。ちゃんとひっぱたいて起こしてくださいよ」
「あんまり気持ちよさそうに寝てるもんだからな。一生寝かしとこうと思ってな」
「なんですか。その逆眠り姫」
普通、王子や勇者なら、必死に寝ている姫を起こすものでしょう。
でも、継名は、王子でも勇者でもありませんね。
私が百年寝過ごしても、普通に起きたら、いつもの顔で、おはようと言ってくれるのでしょう。
そんな気がします。
「魔王を倒す道のりは、けっして楽ではないだろうが、お前がそれを幸せと呼ぶのなら夢が現実になるまで見続けでも罰は当たらないだろ。俺たちが神なのだから」
「なんで継名はそんな甘やかしなんですか」
罰を与えるべき神がそんなんじゃだめでしょうに。
「別に甘やかしてないぞ。悪魔に勝てたのはお前のおかげだからな」
ほとんど戦ってくれたのは、継名なのはわかっています。
それでも、わたしが少しでも役に立ったと継名が思ってくれているのなら、ちょっとうれしいです。
「ちょっとしたご褒美と思ったが、結局、焼け石に水だったな。さあ、帰るぞ」
「いえ。私は最後まで見ていきます。まだ記憶がおぼろげなので。継名、付き合ってくださいませんか」
「いいが、見なくてもだいたいわかる。きっとろくな結末ではないぞ。それでも見るのか」
「はい」
私は静かに返事をしました。
つらい記憶だって、私の一部なのです。
思い出せるのなら思い出しておきたいと思いました。
私はずっとずっと、風を待っていました。
それは継名でなくて、本当は、無意識に……。
失った大切な私の勇者の面影を追いかけていたのです。




