夢
「姫、姫、イミュー姫」
誰かが私を呼ぶ声がします。
私は、頭を振って目を覚まします。
私は、姫などではなくて、偉い……
「起きましたか? 姫」
目の前には、私の運命の人がいました。
同じ未来を目指して共に歩む人
いつも優しくて、私を一番大事にしてくれる。
私の勇者。
どこかの誰かとは大違い。
「どこかの誰かって、誰のことでしょう?」
いったい私は、勇者を誰と比較したのでしょうか?
その誰かというのは、いつもいつも私をポンコツ呼ばわりしていた気がします。
悪口ばっかり言われていたのに、あまり不快感はありません。
顔や容姿やらは何一つ思い出せません。
曖昧でまるで夢のようで。
「きっと夢を見ていたのでしょう」
そうに違いありません。
「決戦前にそんなにぐっすり眠れるなんて姫はさすがですね」
「ふふふ、勇者のおかげですよ」
昨日は夜遅くまで、勇者と話しました。
いろんなことを、今までのことを、これからのことをたくさん不安が溶けて消えるまで。
なぜなら今日は、ついに魔王との決戦なのですから。
魔物達は知性もなく、本能のままに、人を襲います。
すべて滅ぼすのが私達の使命。
その魔物達を無限に生み出しているのは、魔王です。
まずはその親玉である魔王を倒さなくてはいけません。
魔王は愛を語ったり求婚してきたりしません。
当たり前です。
……いったい私はなにを考えているのでしょうか。
「おーい」
私と勇者を呼ぶ声が聞こえます。
戦士と魔法使いがやってきました。
戦士は、剣術が得意。
魔法使いは、強力な魔法を操ります。
勇者は、戦いでだけでなく、戦術の知識も豊富です。
それぞれの特技を合わせれば、どんな相手も敵ではありません。
なぜか一人で全部こなせてしまえそうな人物がいた気がしたのなぜでしょうか。
そんな化け物みたいな人はいません。
「化け物? あれ?」
「どうしましたか姫?」
「いえ、化け物の他の呼び方ってありませんでしたか」
「魔物ですよ」
「ああ、そうですよね……?」
なんだかもっと別の呼び方もあった気がしたのですが、ようか……なんでしたか?
多分、気のせいでしょう。
「さあ、これで四人そろいましたね」
ずっと四人で旅してきました。
そのはずです。
「僕たちは歴代のパーティーのなかで、最強だ」
勇者はそう言い切りました。
このためにずっとずーとレベルをあげてきたのですから。
勇者はもうすぐ1000に届きそうですし、ヒーラーである私も800代になっています。
まあ、レベルなんて所詮目安程度にしかなりませんが、気休め程度には……。
あれ?
そんなわけありません。
レベルこそが強さの絶対の指針であったはずです。
だからこそ、レベル900に到達している魔王を倒すため、勇者はレベルをあげたのです。
勇者が負けるはずありません。
「どうしましたか?」
今になって、ひたすら弱い魔物を倒し続けたことが、強くなることにつながると信じられなくなったのは、なぜなのでしょうか。
「私も強くなったのでしょうか?」
「姫もスライムいっぱい、棒で倒しましたからね」
たしかに棒でスライムたちを頑張りました。
腰をかがめて、変な姿勢で棒を振るって、
そんなことで型など身に付きませんのに、
ヒーラーの私がどうしてそんなことに時間を費やしたのでしょうか。
魔法使いなら魔法を練習しろと叱られそうです。
……。
私は姫だから、私を叱る人などいませんのに。
「姫、準備はいいですか?」
準備?
もちろん魔王を倒しに行くのですから、準備は大切です。
勇者に言われて、私は、持ち物を確認してみます。
あれ?
私の吹き矢としびれ薬はどこにいったのでしょうか。
戦闘能力が低い私でも、戦えるようにと用意してくれた大切なものなのに。
今からでも準備しないと。
「なにか足りませんか?」
勇者に聞かれて我に帰ります。
吹き矢としびれ薬なんて、もらったことも、準備したこともなかったはずです。
でも、なぜか準備したりません。
「罠とか……」
私の武器の準備だけでは足りません。
できればたくさん人を先導して、罠でも大量に仕掛けるべきではないないでしょうか。
私たちも、いっぱい仕掛けて……。
勇者にも罠の作り方を教えて……。
罠なんて勇者に作らせるべきでは……ないはずです。
「いえなんでもありません。大丈夫です」
私は勇者に頷きます。
余計なことなど考えている場合ではありません。
今日は魔王城にいくのですから。
城?
魔王の住処は城ではなかったはずです。
魔王は魔物たちの王なのですから、
城など人が住むような場所にいるわけありません。
「魔王に挑むのは、私たちの旅の集大成ですからね」
「そうですね。レベル1でいきなり魔王のところに行こうとする者などいませんから」
「一人ぐらいなら、そんなとんでもない人もいるかもしれませんよ」
「ははは、まさか。姫は冗談がお上手で」
もちろん冗談……ですよ?
そのつもりで言ったはずです。
なんだか今日の私はどうかしています。
私はイミュー、創生の……。
いえ、王国のイミュー姫です。
勇者と共に魔王を倒す者です。
話し合いなどをしにいくわけではないのです。
八百長なんてもってのほかです。
私は首を振りました。
夢のことなどさっぱり忘れましょう。
「勇者行きましょう。決戦の地へ」
私たち勇者パーティーは魔王の巣窟へと向かいました。




