談合
私たちは久しぶりに神の間に戻ってきました。
「よしよし、太田のやつもなかなか頑張ってるじゃないか」
千里眼で確認すると、四天王の紅一点ネメイアが北部を攻めていたようですが、落とし穴にはじまり、ありとあらゆる落下物、鉄砲水、剣山、爆発物などなど、地獄かと思うほどの、恐ろしい量のトラップの前に、撤退を余儀なくされていました。
村人にレベルは100を超えるような人間は誰一人いません。
戦闘力ではなくて、集団の力でしょう。
ステータスばかり気にしていては、きっと手に入れられなかった力です。
太田勇者もクライシアも大きなけがもしていないようです。
私はホッと胸をなでおろします。
「南部は何も心配いらないな」
将軍の剣技はさらに磨きがかかっています。
あと数年もすれば、おじいさんの全盛期に追いつけるかもしれません。
副将軍も戦線復帰していました。
常に前線に出ているわけではありませんが、時たま大きな力を振るい、士気を上げています。
私が憑依していた魔法使いの女の子も、以前より魔力があがっており、立派に戦力となっていました。
「問題は中央部だが」
どちらも軍の規模が大きく、こちらで勝てば、あちらでは負けてと激戦状態です。
つまりは、互角といえます。
「あとはなるようになるか」
継名は観戦モードで気楽に見ています。
私はもどかしい気持ちでいっぱいになります。
「いいんでしょうか。私たちはこんなところで見ているだけで」
「やれるだけのことは、やった。直接は俺たちは戦えないんだ。これ以上やりようはない」
「なんだかだましているようで……」
「だましているわけではないさ。前も言ったが、最初の状態であれば、人間はボロ負けだった。種族間に圧倒的に差があれば、対等な関係はありえない。よくて人間は魔族の奴隷になっていただろう。ここまで持ってこれたんだ。この状態で魔族に停戦を申し込めば、人間も魔族も納得するだろう。お前もそう思うだろう?」
継名は私ではない次元の裂けめからやってきた来訪者に尋ねます。
魔王です。
ここは私の居住場所なのですが、勝手に魔王を連れて来ないでほしいのです。
「さすがとしか言いようがない」
魔王は歯がゆそうです。
「こちらは手を抜いているわけではない。まさかあの状態から、ここまで持ってこられるとは思わなんだ」
感心しているものの、悔しそうです。
「勇者のパーティーが壊滅させられたのは、俺も焦ったぞ」
汐見勇者の戦いは完全に継名が出し抜かれた形でした。
「だが、その憑依術というやつは卑怯ではないか?」
魔王が異議を申し立てます。
「俺自身の力で倒したわけではあるまい。能力は開放させるための術だ。そういう術は使うと最初にそういったはずだが?」
「それはそうなのだが……」
その気持ちはよく分かります。
魔法しか知らないものにとって完全に想定外の能力です。
継名の憑依術は中に入り込み、意識ごと乗っ取り潜在能力を引き出します。
術を解いたあとは本人の経験として記憶に刻み込まれるため、劇的に心身ともに強化されます。
さらに憑依しているこちらも人間の記憶を見ることができるので、経験を積むことができるというおまけつきです。
継名はエルフに入り込んだ経験から風魔法を習得しています。
継名は自分の『力』で魔王軍を『攻撃』しないと約束しました。
確かに継名の憑依術で攻撃しているわけではありません。
私も回復術で人々を治したりしていますが、攻撃しているわけではないのです。
若干、詭弁な気がしていいのかなとは思っていました。
ルールも継名の匙加減次第ではあります。
ですが、憑依術は一人にしか憑り付けないなど、制限も多い術です。
そんな制約の術だけを使って、ぼろ負けしそうだったのに、ここまで持ち直したのは、継名の手腕のおかげでしょう。
いまでは、南部の魔族を押し返し、北部の奇襲を防ぎ、中央部は互角の戦いを繰り広げています。
「さあ、イミューしっかり応援するんだな。負けたら魔王とデートだぞ」
「わかっています」
それに覚悟もしています。
勇者も人間達も命をかけて戦っているのです。
負けたとして、平和の為にこの身一つですむのであれば捧げる所存です。
もちろんできればデートは避けたいのですが……。
千里眼を駆使して戦況を見守っていると、
ついに彩水勇者と四天王二人が激突しました。
出会いがしらに四天王が雷の魔法を放ちます。
彩水勇者が、剣を振るうと雷が剣に吸い込まれます。
魔法を使った四天王はまるで雷が切れたように見えるでしょう。
「なんなのだ。あの武器は」
魔王が驚愕しています。
「俺が知り合いに打たせておいた剣だ。対雷特化の魔剣だ」
継名は自慢げです。
「といっても、雷を引き寄せる効果しかない。あの魔族が使う魔法にしか効果はないだろう。あの魔族名はなんだ?」
「レイクだ」
「レイクがどれほど、純粋な戦闘力があるか見ものだな」
レイクは槍を取りますが、普段が圧倒的な魔法が使えるためか、練度が低い気がします。
もちろんほんの少しではありますが。
「もう一人の巨漢はなんというのだ」
「ゲイザーだ」
継名の質問に魔王が答えます。
ゲイザーは継名との戦いから学んだのか、無策で突っ込んだりはしなくなっていました。
それが勇者には有利に働いているようです。
勇者は、ところどころに土壁を発生させて、両方同時に相手をすることを避けながら攻撃しています。
勇者は素直に継名の戦術を実行しているようです。
言葉は横暴ですが、強さには貪欲です。
継名の教えをかみしめるように、体になじませていっています。
速く動けるわけではありませんが初めはあぶなかっしかったのに、少しずつスピードにカウンターが合わせられるようになっていきます。
土属性の魔法は、敵を攻撃するためではなく、進路を妨害するためだけに使用しています。
単純な魔法のみを使用することで、剣技と魔法の両立ができています。
四天王二人は、回り込み挟み込むように動いていますが、勇者は後ろに目がついているかのような立ち回りができるようになってきました。
「そうだ。それでいい」
継名が頷きます。
私にもわかります。
勇者は完全に第六感をわが物にしています。
戦いが進めば進むほど、地形が変容していきます。
迷路のような地形で、自身は相手の居場所がわかるということです。
有利にきまっています。
戦闘が長引くのを嫌って、ゲイザーが後ろから突っ込みますが、
勇者は振り向きざまに切りつけました。
致命傷ではありませんが、それなりにダメージが入っています。
レベル差はそのまま、勇者の強さが四天王に追いついていっています。
勇者の顔は狂気に満ちていて、楽しくてたまらないといった感じです。
高笑いが聞こえてくるようです。
「もう我の負けでよい。これ以上四天王を失うわけにはいかない」
魔王が降伏しました。
よっぽど大事な部下たちなのでしょう。
勝利よりも、部下の命をとる。
素敵な上司です。
私は少しだけ感心しました。
「それじゃあ」
私は手を合わせます。
「俺たちの勝ちだな」
継名は勝利を宣言します。
いつもの団扇を取り出して、扇ぎながら喜びます。
本来の使い方しているの初めて見る気がします。
魔王は私の方を見て落胆しています。
「まあ、デートの仲介に俺は入ってやらん。あとは自分で頑張るんだな」
「なんで、そんな余地を残すんでしょうか」
ああ、もう。
継名は魔王にも甘いです。
気に入った人間と同じような目で見ています。
こうなったら、私自身で言葉にするしかないでしょう。
「魔王、もう諦めてください。私は誰かを好きになったりしませんし」
「イミューこそ、そんなにきめつけるものじゃない」
なぜか。継名が口をはさみます。
「大体、神は恋しないと言ったのは、継名でしょう」
「そうだったか?」
くっくっくと笑います。
継名はバチンと団扇を閉じていいました。
「さて、停戦を結ぶために一芝居うつとするか」




