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野戦病院

 勇者彩水の動向を追うと、付き添っていた第三王女が重傷を負ったという情報を手に入れました。

 私たちは、その王女が、治療しているという野戦病院を訪れました。


ガンガンガン!


 奥で誰かが八つ当たりをしているような音が聞こえてきます。


「あいつら絶対殺してやる」


 彩水勇者です。

 随分荒れています。


「おい。医者! 治るんだろうな」


「それは、その姫様の体力次第といいますか」


 一応応急処置は済んでいるようです。


「治らなかったら、お前も殺すぞ」


 医者の胸倉をつかんでおどします。

 その中に継名は平気で突っ込んでいきます。

 継名は彩水勇者を医者から引き剥がしました。

 医者は、これ幸いと逃げ出します。


「あっちの世界での快楽殺人魔が、女一人を見殺しにできないとはな。随分変わったものだな」


 勇者彩水は、継名を睨みつけました。


「くそ神め、ようやくのこのこやってきやがって」


 それは継名ではなく、私が甘んじて受ける言葉なのでしょう。

 汐見勇者と同じように私はサポートをろくにできていなかったのですから。


「神である俺にそんな態度とっていいのか、助かるものも助からないぞ」


 ただそれを微塵も感じさせない傲慢さで彩水勇者に対峙しています。


「お前が治してくれるっていうのか」


「いいぞ」


 いいんですね。

 でも継名は回復魔法は使えないので、私が治すのでしょうか?

 多分そうですよね。

 このまま見殺しになどできません。

 私が回復魔法を使おうとすると、継名は手で制します。


「ただし、お前が四天王二人を倒したらな」


「なん……だと?」


 勇者はギリギリと歯噛みします。

 随分意地悪な気がします。

 継名の世界の元殺人鬼だからでしょうか。

 ですが、継名はさっきまで彩水勇者を心配していました。

 ここに急いでいくと言っていたのも継名でしたのに。


「自信がないのなら、代わってやろう。体を貸せ」


「何?」


「お前の体を使って、四天王二人を倒してやろう。ついでに姫も治してやる悪い話ではあるまい」


 継名をよく見ると、腕を組んでいる、指が小刻みに動いています。

 もしかして、少し焦っているのでしょうか。

 よく考えれば、焦らなければいけないのです。

 勇者が一人減り、残り二人。

 太田勇者は、ここには来ません。

 人間にとって最高戦力である綾水勇者が負ければ、人間は負けなのですから。

 いつも継名は憑依しても、基本準備や基礎鍛錬から行っていました。

 多分そんなことをしている時間的余裕がないのでしょう。


「お前が俺の体を使えば、四天王二人に勝てるっていうのか」


「勝てるさ」


 継名は自信ありげに即答します。


「勝てるわけないだろ、あんな強い奴ら、ひとりならまだしも二人なんて、ステータスも見えない節穴か」


 今は勇者のレベルは500代それに対して、四天王の2人は600代確かに普通に考えれば勝てないと思います。

 昔の私なら。

 だけど、継名はもっとものすごいレベル差でもいつも勝ってきました。

 たった100、そう今となっては私にとってもレベル差100ぐらい誤差の範囲です。


「ああ、またステータスか、もういい。期待した俺が馬鹿だった」


 継名の言い方には、期待が外れた悲しさが含まれていました。

 継名がいつもの憑依の動作に入ります。


「憑……」


「やってやる。その代わり負けても姫は助けてくれ」

 

「負けたらどうやって、姫が無事か確認するんだ? 姫を助けたければ勝つんだな。ただやる気がでたのなら、餞別をやろう」


 継名は、勇者の前に、手品ののように出現させた剣とグローブを突き出しました。 


「なんだよ。これ」


「帯電剣と絶縁グローブだ」


 剣は、磨き上げられ柄には、綺麗な文様まで入っています。

 彩水勇者の鎧の文様と酷似しています。

 随分前から、彩水勇者のために用意していたようです。


「四天王の一人は雷魔法を使う」


「それはしっている。戦場で暴れまわっているからな」


「雷は普通の人間に避けれるものではない。避けれないのなら、受けるしかない。ただ細かいコントロールはできないだろうから、剣に誘導してやればいい。あとは感電しないようにゴム製のグローブをはめておくだけだ」


 刃の素材は、以前継名が四天王戦で使っていた雷を誘導する金属と同じに見えます。

 自在に風で飛ばして操るなんて芸当は継名しかできないでしょうが、剣なら勇者もつかえそうです。


「もう一人は、相当スピードが速いまともに戦えば、ついていけないだろう」


「どうすればいいんだ?」


 勇者彩水は、無意識に継名に質問していました。


「相手より速く動くためには、自分が速く動かなくてもいい。相手の動きを遅くすればいい。お前は土属性だろう。ちょろちょろ動き回る奴は、岩か何かで進路を妨害してやればいい」


「相手が見えないだろう」


「大地の僅かな振動から相手の居場所ぐらいつかめるようになれ。ナマズだってできるんだ。魔法が使える人間にできない道理はない」


 つまりそれが土属性の第六感なのでしょう。

 スキルではなく、感覚。

 ステータスに、物が見える、音が聞こえると表示されないように、研ぎ澄まされていくもの。


「目に映る情報だけを頼るな。自分の感じるものをもっと信じろ」


 勇者は、継名から奪うように剣を取りました。


「使えるものは使ってやる。礼なんか言わないぞ」


 継名は笑っています。

 その笑顔は、人の成長を見た時に継名が見せる顔です。


「さあ、行ってこい」


 勇者は、姫に近づくと、

「姫。俺が全員殺してきてやるから」


 そう言うと、勇者は病院を出て行きました。

 去りゆく背中に継名は小声で言いました。


「頑張れよ」


 継名は、いつもの頑張る人間を見守る穏やかな顔をしています。

 勇者が出て行ったのを見て、継名は私に言いました。


「イミュー、姫を治してやれ」


「いいんですか。約束は四天王二人を倒した時なのでは」


「いいさ。それまでに死なれたら、嘘つきになるだろう」


「そうですよね」


 私は姫に回復魔法をかけます。

 継名は初めからそのつもりだったのでしょう。

 武器を与えて、攻略法を丁寧に教えて、本当は倒したあとと約束した姫も先に治してあげて至りつくせりです。

 態度から誤解されやすいですが、付き合いが長くなればなるほど、継名が身内に甘々なのがわかります。

 太田勇者の両親が、継名に頼み込んだのも納得です。

 付き合いの長い継名の町の人々は、きっと慕っているのでしょう。


◇◇◇


 私が回復魔法を注いでいると、ほどなくして姫が目を覚ましました。

 緩慢な動作で私を見ると、尋ねてきました。


「女神様ですか?」


「はい。そうです」


 勇者は知っているわけですから、バレても問題ないと思います。


「私たちは見捨てられたわけではなかったのですね。勇者は女神は役に立たないから期待するなと、常日頃から言っていました」


 あんまりな言い方です。しかし――。


「見捨てた訳ではありませんが、役に立たないのは、その通りかも知れません」


 継名はこの時を見据えて、勇者のための武器を用意していたのでしょう。

 それにたいして、私は何もできていません。


「勇者は、目指すべき未来があるのなら、自分で掴み取れと常日頃から言っていました」


「彩水もいいこというじゃないか」


 継名は、随分上機嫌です。


「それにしても、よくもまあ、あんな奴を好きになったもんだ」


「あの人は闘争本能がすさまじいだけなのです。誰かを助けようとしたはずみに人を殺してしまう。そんな人です」


「彩水は、闘争本能が抑えきれないんだろう。俺の世界では爪弾きにされるタイプの人間だが、戦争では無類の強さを誇る。もっとももう少しだけ感情のコントロールができれば、まともに生きられただろうに」


「私は勇者と同類です。昔は動物を殺して、憂さ晴らししたものです」


「人間は最強の肉食動物だからな」


「動物を自ら捌いて見せた私を姉たちは野蛮と笑いました。王族だからと、他人に敵を殺せと指示を出すだけの方が私には残忍に思えます。姉たちと私は違います。私は自ら敵を葬ります」


「殊勝なことだ」


 継名は笑っていますが、殊勝というには、お転婆すぎます。

 私は寒気を覚えるほどです。


「神よ。今戦況はどうですか?」


「やや不利だな。彩水が負ければ、そのまま押し切られるだろう」


「そうですね。私の認識と同じです」


「王都軍が出てくれば、互角以上に戦えるだろうがな」


「その認識も同じです。お父様は、私が王都軍を出陣させるようお願いしても、王都を守らせると言ってききません。私は、愛想がつきました。戦場で戦っているものたちは、私以外の王族に不信感を持っています。民も私についてくるでしょう。戦争が終われば、私は父を殺して、勇者を王にします」


 なんて過激なんでしょう。

 どう答えればよいのか。


「野望があるのは、いいことだ。ただ王族の内輪もめには、神は関与しないぞ」


 私の代わりに継名が答えました。

 関与しないでいいんですか。

 でも、なんといいますか。

 それは、私の気持ちとは違う回答に思えました。


「ありがとうございます」


 姫は私たちにお礼を言います。


「どうしてお礼を言うのですか。味方しないと言っているのに」


「父の味方すると言われないだけありがたいのです」


 姫はぐっと体を起こします。


「ただ今は、そんな未来のことよりも、勇者の加勢をしないと」


「そんな体で」


 私は慌てて姫の体を支えます。

 傷は確かにふさがりましたし命の危険はもうありませんが、まだ動けるような状態ではありません。


「そう無理するものじゃない」


 いつもは発破をかける継名も呆れています。


「頑張るのはいい。ただお腹の子は大事にしてやることだな」


「お腹の子……?」


 姫はお腹をさすりました。

 私も、お腹に注目しました。

 ほんの少しだけ命の芽吹きを感じます。


「まだ初期段階、外からじゃわからないだろうがな。いつものようにうまく体が動かなくて遅れをとったんだろう?」


「そのとおりです」


「軽いつわりだろう。日常生活する分にはたいしたことないだろうが、戦闘するもんじゃない」


 ふわりとした風が、姫をつつみこみます。


「女だからと知らない男に全部任せる奴は俺も嫌いだ。だが、ダンナや恋人なら話は別だ。運命を共にすると心に決めたやつがあるのなら、信じて待つのも戦いだ」


「信じて待つのも戦い……」


 姫は目から鱗が落ちたように、継名の言葉を繰り返しました。


「目指すべき未来があるのなら、自分『達』で掴み取れ」


 姫は目に涙を浮かべながら、

「はい!」

 と、うなずきました。

 

 姫は、お腹をさすりながら、祈りを捧げます。

 私には、姫がまぶしく映りました。

 自ら前に進む意志と、最愛の人が彼女を強くするのでしょう。


 まだ言葉でうまく言い表せませんが、

 私にも今は目指すべき未来はあります。

 自分でつかみ取らなければならないのでしょう。


 神は孤独です。

 継名は手伝ってくれてはいますが、全く同じ場所を目指しているわけではありません。

 ましてや恋人などではありません。

 そもそも私は愛や恋がいまだによく分かりません。

 継名には感謝していますが、この感情は好きではないでしょう。

 いつか私にも運命を共にすると心に決められるほどの人物が現れるのでしょうか。

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