子供
私と継名は、店先で、千里眼を駆使しながら、戦況の確認をしていました。
王都にいると、あまり感じませんが、日に日に戦いは激しさを増しております。
手伝ってあげたいとは思いますが、私達の体は一つずつ、全部というわけにはいきません。
私は戦は素人なので、最大限効果を上げる方法は継名に判断してもらうしかないのですが、継名も次の一手をどうするか悩んでいる模様。
珍しく、刀を腰から外して隣において真剣に考えています。
邪魔したら悪いと思いながらも、情報は多いほうがいいと思い、話しかけました。
「継名、王のところでの話ですが」
「ああ、大丈夫。ちゃんとじいさんの中で聞いていたぞ」
「どうでしたか?」
正直私はいまいちだと感じました。
継名はどうだったのでしょうか?
「可もなく不可もなくといった感じだったな。ものすごく優秀というわけでもなかったが、部下の話をまるで聞かないわけでもない。王の判断としては妥当だろう」
「優秀ではないけど、悪い王様でもないということですよね」
「そうなるな」
悪い王様だったら首をハネると言っていましたが、そこまではないということなのでしょう。
「ですが決戦で全力を出せなければ負けてしまいます」
「そうだが、俺たちは魔王が直接乗り込んでこないこと知っているが、王は知らないんだ。王都軍が離れているうちに、魔王が乗り込んでくるかもしれないと思えば、兵を残すのは当然だろう」
魔王と取り決めをしたのは私達で、王や人間には伝えていません。
ぼろ負けしそうだった人間の為とはいえ、やっていることは八百長なので、話せる内容ではありません。
「どうして王は自分で指揮しないのでしょうか」
「たいして強くもないし、死にたくないからに決まっている。王だって人間なんだ。仕方ないだろう。一応面目を保つために、娘を一人出しているからな。そこまで責めることもできない。ただ三女を勇者につけているところから想像するに、勇者に王位を継承させる気はないのだろうな」
「そういうことですか」
「三女の姫が勇者を惚れてるという話もあったから、無理やり出陣させたわけでもないだろうが、むしろ都合いいように娘を利用してるんだろう」
「親子関係よくないのでしょうか?」
「それは、本人に聞いてみないとわからんな」
子供を戦場に送り出す親というのは、少し悲しくなります。
「姉妹の関係は良好というわけでもなさそうでしたし」
「王族の人間関係は、戦の勝敗には影響しないだろう。戦後の政治には影響しそうだが。それより気になっているのは、もう一人の勇者の汐見の話が出てこなかったことだな」
「それは、汐見勇者は教会付きの勇者だからです」
「教会付き?」
そのことについては、継名に説明していませんでした。
「彩水勇者は国の所属で、汐見勇者は教会所属です。国の勇者は軍隊を率いて戦いますが、教会の勇者は少数精鋭のパーティーを結成して、人々を救済してまわります」
「役割が違うのか」
「勇者の開始スタート地点の各組織の影響度で勇者の所属が変わっているようですね」
「見てみるか」
継名は、千里眼で 勇者を探します。
「汐見は確かに少人数でパーティーを組んでいるな。それなりに腕が立ちそうだ」
それなり……継名の評価ではそうなってしまうのでしょう。
一応、パーティーを組んでいる傭兵団体では、人間界最強なのです。
「指揮系統が違うのは厄介だな」
「そうですね」
憑依術で、組織の上層部に入り込み、両方同時に指示するというわけにはいかないのです。
「勇者の所属、固めた方が良かったのでしょうか」
昔のことですが、そのあたりまで私は頭が回っていませんでした。
「そうとも限らないがな。権力のパワーバランスがとれていないと、どうしても悪政になるからな」
「そうなのですか」
「どんな人間でも自分が生きるために必死だからな」
確かに王であろうとそれは変わらないのでしょう。
「若いころはいいやつでも、病に陥ったり、年を取ったりして、変わるような奴も一定数いる。不老不死でもない限り……いや、神のように不老不死であっても変わらぬ判断を出し続けるというのは、なかなか難しいものだ」
「はい。そうですね」
私もそうでした。
生きるために必要なものはなにもないはずなのに、人間のことを思って行動できていませんでした。
神であっても、何かのきっかけで、堕落したり、狂ったりするものだと私は知っています。
逆に、何かのきっかけでよくなることもあるでしょう。
私にとって継名との出会いがそうであったように。
◇◇◇
私は千里眼を外して、一息つくためお茶を飲んでいると、走ってきた子供が、継名の刀を持っていきました。
盗人です。
私は慌てて継名を揺さぶります。
「継名、刀が」
「わかっている」
そう継名は言いながら、慌てた様子はありません。
「へへっ。いただき!」
こちらが追いかけてくる様子がないので、子供は得意気に叫びました。
子供は盗った刀を見下ろし続けて言います。
「なんだよ。この剣、変な形しやがって」
子供がそう言ったとたん、刀が子供の手からすっぽ抜けます。そのまま刀がくるんと回って、こどもの頭をしたたかに打ちつけます。
「あいた!」
涙目で頭を抑えます。
なんでしょう。
気のせいでしょうか。
なんだか刀が自分の意志で動いた気がします。
まるで盗られたことより、変な形と悪態をつかれたことに怒ったみたいです。
継名はゆったりと近づいて、落ちている刀を拾い腰に差しました。
「俺の刀を盗るとは、いい度胸だな」
継名は頭を押さえて、しゃがんでいる子供を笑っています。
子供は見下ろしている継名を睨みつけました。
それでも、継名は怒っている気配がありません。
変ですね。
短気の代名詞みたいな人なのに。
いい度胸と言ったことも褒めているように感じます。
いつも女子供にも容赦がなく……。
いえ、よく考えると子供に酷い目に合わせたところを見たことはありませんでした。
女に容赦ないので子供にもとばかり思っていましたが、もしかして継名子供には優しいのでしょうか?
子供は継名を見上げて言います。
「俺は今すぐにでも、父ちゃんの仇をとりに行くんだ」
「なんだお前武器が欲しかったのか」
継名は、いつのまにか木でできた刀を握っていました。
多分自分の世界から取り寄せたのでしょう。
まるで手品です。
「ほらよ」
継名は木刀を子供に投げてよこしました。
「なんだよこれ?」
「木刀だ。お前にはまだ真剣は早い」
子供とはいえ、盗人に物を与えるとは太っ腹です。
継名、子供には甘々ですね。
「こんな強くもない武器」
物をもらっておいて子供は不平を言います。
「その木刀は特別製だぞ。中に鉄芯が入っている。重量は普通の剣同等。思いっきり振って頭に当たれば、人を殺せる。使いこなせれば、普通の武器として使える。その武器を使って強くないのは、お前が強くないからだな」
強くないといわれて、子供は怒った顔をします。
「かしてみろ」
継名は子供から、木刀を取り上げ、近くに生えている木を斬りつけました。
ザンと音がして、枝が切れます。
継名が使うと普通の刀同等の切れ味がでます。
再び子供に木刀を渡し、やってみるように促します。
子供が同じように振ってみても、細い枝に当たってぺしぺしと音がなるばかりです。
それどころか木刀の重みでよたついています。
「強い武器がないと……」
「武器が強くても、お前が強くないと、自滅するぞ。さっき俺の刀の鞘が抜けていたらお前は真っ二つだっただろうな」
子供は青い顔をして、頭を押さえます。
それでも、ブツブツ言っています。
大切なお父さんだったのでしょう。
悲しさ、自分の未熟さ不甲斐なさ……。
気持ちの整理がついていないようです。
そんな子供に継名は言います。
「復讐したいと思うことは、いいことだ」
「いいこと!?」
継名は何を言っているのでしょうか。
「復讐は何も生まないのですよ」
「そういことだ、破壊の限りを尽くしていけ」
「ちょっと、復讐が何も生まないのがいいことみたいになっていますよ⁉ そんな戦い方をしたら、相手を滅ぼすまで止まらないのでしょうに」
「ちゃんと一人残らずとどめをさすんだぞ」
「どうしてちゃんと滅ぼそうみたいな話になっているのですか」
どうしてそんなことをいうのでしょうか。
継名は、今は人間に加勢しているとはいえ、魔族も守りたい対象でしょうに。
継名のあんまりな暴論に子供は目をおよがせています。
「もしも戦場にいくのなら、ちゃんと覚えておくといい。お前が戦場に赴いて戦う魔族も人間に親を殺された子供なのかもしれない。もしくは家で子供が待つ親なのかもしれない。お前が仇本人でなくても、お前と同じようにお前が人間だというだけで恨んでいるかもしれないということを」
継名はかたき討ち事態を否定しているわけではないのでしょう。
かたき討ちは正義ではないと諭しているのです。
「お前が戦場で仇本人に会うことはないだろう。きっと戦うのはお前と同じ境遇の誰かだ。そのことを理解してそれでも戦う意志があるのなら、本当の意味で強くなれるぞ」
相手のことを思いながら、相手と戦うのは、難しいことです。
どこか食事に似ています。
ご飯を食べるとき、いただきますといいます。
食べることは、命をいただく行為なのです。
植物に意志はなく、動物達はしゃべれないとはいえ、忘れてしまえば、ただの殺戮者になってしまいます。
感謝の念がなければ、ただ恨まれる側になってしまうのです。
「お前もう家族はいないのか?」
「妹が一人……」
「そうか。兄ちゃんなら、ちゃんと守ってやれよ」
「う、うるさい。そんなことお前に言われなくてもわかっている」
継名からもらった木刀をぎゅっと握りしめます。
子供からさっきとは、少しだけ違う気持ちが伝わってきます。
「今更、返せなんて言っても返さないからな」
「名前はなんていうんだ」
「エクス……」
継名が木刀をなでると名前が刻まれました。
子供の名前です。
いつの間に覚えたのかちゃんとこの世界の言葉で書かれています。
「これでこいつは、お前のものだ」
子供は少しだけ嬉しそうに歯を見せると、駆け出しました。
「もう盗みなんてするんじゃないぞ」
継名は子供の背中に声をかけます。
お礼も言わずに、走り去っていく子供を継名はやさしく見守っていました。
「あの子供、木刀を使いこなせるようになるでしょうか」
「そうだなぁ。ちゃんと使いこなせるのは、千人に一人ぐらいだろう」
継名は笑いながらいいます。
「そんなの無理じゃないですか」
「無理でいいんだよ」
「どうしてですか?」
「あれは、子供が戦わなくていいようにと俺が願いを込めて作った武器だ。きっといろんなことを考えながら、振るだろう。悲しみや怒りいろんな感情と向き合う、そうして迷っている間は戦えない。人を容易に殺せる武器ではない。だが、理不尽に戦いに巻き込まれたとしたら、守る力は貸してくれるだろう。木刀を一流とはいえないまでも、それなりに使いこなせるようになって、それでも復讐すると決意したのなら、きっと本物の剣を持つだろう。そのころにはきっとあの子は大人になっている。力を蓄え、気持ちを整理をつけるための時間稼ぎだな」
継名は戦場に行くことを否定せずに、戦場に行ってほしくはないと願っているのでしょうか。
大人になるまで、あの子は継名の加護のある武器を持って世界を渡っていくのでしょう。
木刀を手放さなければ、きっと守ってくれます。そして、強くなってほしいのです。
頑張って強くなることで、誰かに幸せを与え、誰かに不幸を与えることもあるでしょう。
だけど優しさだけでは、理不尽な暴力から大切な人を守れないのも確かなのです。
強さは必要です。
手に入れた強さをどう使うかは、使う人次第。
あの子には優しい強さを手に入れてほしいと私は願います。
「お前は、あの子が大人になったときにどんな世界にしてやりたいんだ」
継名が私に問います。
「私はあの子が大人になるころにはみんなが笑顔の世界にしたいです」
大人になってもあの子が人を殺せる武器を手に取らなくてもいい世界にしたい。
今は無理でも次世代には、戦がなくなってほしいのです。
私に頑張らなければならない理由がもう一つ増えたのでした。




