教会
私と継名はおじいさんの遺体を教会に連れてきました。
私を祀っている宗派の教会です。
事情を話すと、優しそうな初老の神父がおじいさんの葬送を引き受けてくれました。
下手に騒ぎにならないように、念のためフードをかぶって変装した私と、この世界では珍しい服装をした継名という自分で言うのもなんですが怪しげな二人組でしたが、快く引き受けてもらえてホッとしました。
こんなご時世ですから、死者がいない日はないので一人ぐらい増えてもたいしたことないのかもしれません。
神父はおじいさんを他の死者と一緒に教壇の上に寝かせます。
おじいさんは、少し微笑んでいるように見えて、まるで普通に眠っているだけのように見えます。
神父が手をかざすと、ぽうぽうと青白い炎が幻想的に揺れはじめます。
炎は優しく包み込むように、死者たちを抱きしめます。
神父はつらつらと弔いの言葉を述べてくれます。
心に染み入ってくるような優しい話ばかりです。
神父の話では、死んだあとは、私のところに魂は還っていくとのこと。
私はここにいるのに変な感じがします。
「火葬と葬儀が同時に進行するのか」
継名が葬儀を物珍しそうに見ています。
どうやら継名の世界とは、随分、違うようです。
「墓は作らないのか?」
継名は私にきいてきます。
「墓とは?」
ただ言葉の意味がわからず聞き返しました。
「そういう概念もないのか。遺体を収める場所といったらわかるか?」
「それで埋めようとしていたのですね」
教会に来る前、継名はおじいさんの遺体を埋めようとしていたので、私は慌てて止めたのでした。
継名の世界では、墓というものを作るのが主流なのでしょう。
「高温の魔法で焼くので、あまり骨ものこらないみたいですね」
小さな骨は灰となり、キラキラと雪の結晶のように輝いています。
残った大きな骨も、砕いてしまい、風の魔法で開け放たれた教会の窓から空高く飛ばしていきます。
私は空の上にいることになっているからそうしているのでしょう。
他の参列者を見ると、泣きながら空に手を振っています。
継名は不思議そうに皆を見ていました。
「死者を想うときに、対象がないと困らないか?」
「みなさん形見は大事にしているようですね」
他の死者の家族達は、生前故人が使っていたと思われるペンダントや武器などを大事に握りしめています。
「そうだな。それでいいのかもしれないな」
継名は感慨深く呟きました。
継名と一緒にぼんやりとおじいさんの骨が飛んでいくのを見ていると、疑問が湧いてきたので、継名に質問します。
「死んだら人の魂はどうなるんでしょうか」
「お前のもとにいってることになってるんだから、お前が聞いたらダメだろう」
「そうですよね。でも私よく知らなくて」
少し呆れた顔をしましたが、継名は話し始めてくれました。
「そうだな。こっちの世界では仕組みが違うかもしれないし、俺も自分の世界の仕組みを全部知ってるわけじゃないからな。なぜならいろいろだからだ」
「いろいろですか?」
「俺たちが魂魄体になれるように、俺の世界では幽霊という魂だけの存在になってるやつが多かったな。そのまま神か仏かはたまた悪魔か、何かに導かれて次なる世界に旅立つのか、転生し他の存在となり、またこの世を生きるか。人から妖怪になった俺のように生きたまま別の存在に成り代わるか……」
「魂は巡るんですね」
「そうだな。輪廻転生、それが一番主流だと思う」
「いいですね」
「お前はそう捉えるのか?」
私の回答に継名は意外そうな顔をしています。
「一生懸命頑張っても、なにもかもダメでも終わりじゃないというのは救いがありませんか」
「俺の世界では、転生先が、今よりいいとも限らないからその輪から抜け出そうとする考え方が多かったが……ポジティブな方がいい転生先にいけるだろうな」
どうしてでしょうか。
継名は随分優しげに私を眺めています。
継名から感じていた激しい妖気をまるで感じません。
かわりに、ほんの少しだけ感じる穏やかな波動がもしかしたら、以前継名が言っていた神気というものなのかもしれません。
「継名は、おじいさんがどうなったかわかりますか」
「悪い奴に連れ去られたりもしていないから、転生したんだろう」
「いいところに行けたでしょうか」
「行き先は俺にもわからないが、大丈夫だろう。お前の加護がついているんだから」
継名は、私の加護と言ってくれました。
気休め程度のものであることは自分が一番わかっています。
他の参列者と同じように私も手を合わせます。
おじいさんに安寧が訪れますように。
私は今はまだ人々の魂の道案内すらろくにできない神ですが、そう願わずにはいられないのでした。
葬儀が終わると、そのまま礼拝が始まったので、私達はそのまま参加することにしました。
神父が世界創生神話について語ってくれます。
「女神さまは、この世界を七日で作り上げました」
自信満々で語る神父の言葉は私の心をえぐります。
「そんなわけありません。大地を作るだけで何十年かかっています」
「われらは長い年月をかけて進化した種族なのです」
どうして神父の語る年月が私の歳より長いのでしょうか。
「他の世界から召喚しただけなのに」
「女神様は、我々一人一人を見守っていてくださいます」
「私のおめめは2つしかないんですよ。そんなの無理ですよ……」
なんでそんなことになっているのでしょうか。
私は創世魔法は使えますが、決して万能ではないのです。
次から次に身に覚えのない偉業が語られます。
そんなにぱっとできたら苦労はしないのです。
「おい。隣で懺悔みたいな盛大なネタバレやめろ」
隣にいる継名が目くじらたてています。
「だって、あんなに過大評価されましても」
いままでしっかり教会で語られている内容を把握していませんでした。
内容を聞けば聞くほど、身の丈に合わず恥ずかしくなってしまいます。
継名は私を立たせると、私を連れて教会の外にでます。
「シャンとしろ。俺が周りの人間にお前の独り言聞こえないようにしたからいいものの。お前の姿は祀られてる像にそっくりなんだから、女神だってばれるかもしれないだろ」
「だって神話の私と、現実の私にギャップがありすぎていたたまれなくなりまして……」
もう、しょぼぼぼなのです。
小さくなるしかありません。
「女神さまは想像を絶するぐらいすごい存在でいいんだよ。とりあえず堂々としとけ、堂々とさえしてれば、あとはごまかすのは簡単だ。どうせ真実はお前しか知らん」
「それはそうなんですが」
「そんな落ち込まんでもいいだろ。世界を創ったのは事実なんだからな。神であっても世界一つ隅から隅まで見守るとか無理なんだから、仕方ないさ」
「でも継名は太田勇者を迎えにきたりとかしていますし、一人一人対応しているのでしょう?」
「俺はお前と範囲が違う」
「範囲とは?」
「俺は小さな一つの町の神なんだよ」
「そうなんですか?」
意外です。
私と同じように世界一つ見ているものだと思ってました。
「そうじゃなかったら、人一人消えたくらいで、異世界まで追っかけたりしない」
確かに召還魔法は以前から沢山使っていましたが、継名以外の神が追いかけて来たことはありません。
太田勇者も継名に対して、敬ってはいましたが、話しかけるのをためらうほどではありませんでした。
近所の目上の人と言った感じでした。
実際そうなのかもしれません。
「それに俺の世界は神も多い」
「どのくらいいるんですか」
「八百万だ」
「八百万!?」
なんですかその一大都市の人口より多い数は!?
「もののたとえで、実際どれくらいいるか知らんが、数え切れないくらいいるのは確かだ。それに分業もしてる」
「分業とは?」
「俺の世界の神は得意ジャンルしか対応しないんだよ。俺は生きてる奴の争いごと専門だ。お前の教会みたいに、葬式とかはしない」
「確かに継名は慰めたりとかやらなそうですよね」
「人間どももわかってるから、慰めてほしいときは仏のところにいく」
「仏とは?」
そういえば、さっきもちらりと言っていた気がします。
「死を専門に取り扱う、俺とは違う種類の神みたいな集団だよ。死者との会話はあいつらの方が得意だ。だが、より良く生きるための願いごとは、俺のところに来るぞ。赤ん坊が生まれたときとはとくにな。生きている間の加護は俺の方が強いからな。適材適所だな。神も助け合いが大切だ」
「なんかいいですね。うらやましいです」
私を助けてくれた神は、一人しかいませんでした。
今は継名がいろいろ教えてくれていますが、もっといろんな神に相談出来たらいいなと思います。
「全部やろうなんて無理だ。俺だって争いごと以外はからっきしだ。得意なことを伸ばして、立派な神になるしかない」
「立派な神様になるためには、なにから始めたら良いのでしょうか」
「俺もたいしたことはしてないぞ。人々から願いを聞いて、自分が手助けできそうなことをちょっとしてやるだけだ」
「願いを聞き出すのも難しいですよ」
「俺の神社には、絵馬といって、願いごとを書く札があるが……ここも似たようなのがあるじゃないか」
教会の前には、願いごとをかかれた石が積まれていました。
継名がいくつか石を拾い上げます。
「『かしこくなりたい』『やせたい』『強くなりたい』なるほど、くっくっく。なるほどな」
「笑わないでください」
どうせ、かしこくもなく、強くもなく、自分でやせることもできないポンコツ女神だと思ってるんですよね。
直接いわなくても、そのくらい私も分かるんですから。
とてもそれらの願いをかなえることを得意ジャンルにできるとは思えません。
「わるいわるい。でもまあ、気さくに願いごとかける親しみやすい神様だとは思われているようじゃないか」
「そう……なんでしょうか」
そう思ってもらえているのなら、嬉しいことです。
「でも私いままで叶えてあげたことなんてないですし、叶えてあげる実力もありません」
「お前が何かしなくても、勝ってに叶うやつもいるだろう。それにお前が叶えてやりたいなと思うこと自体が大切なんだからいいんだよ」
そんなんでいいんでしょうか。
「せっかくいい機会なんだ。願いごと読んでみたらどうだ?」
私は継名にすすめられるまま、願いごとを読んでみます。
お金持ちになれますように。
恋人ができますように。
城で雇ってもらえますように。
子宝に恵まれますように。
商売繁盛しますように。
いろいろな願いがかかれていました。
真新しいものを手に取ってみます。
お父さんが戦場から帰ってきますように。
世界が平和になりますように。
魔族が攻めてきませんように
内容が戦争関連の物が増えていました。
中には過激なのもあります。
魔族を滅ぼしてください。
魔族を全部殺してください。
魔族に天罰を。
「魔族と仲良くなれますようにという願いはさすがにないのか」
継名が残念そうに言います。
私は世界が平和になりますように
と書かれた石を手に取ります。
これを書いた人がそんな気持ちで書いてくれていればいいと思いました。
「あのときやっぱり、魔王と結婚して戦争を終わらせた方が良かったのでしょうか」
自分のことしか考えられなかったあの頃は、絶対嫌でしたが、いまではその案の方がいいように思えています。
「どうだろな。戦神の俺の意見では、人間と魔族は同程度なのだから、種族全体で見れば、思う存分、戦いあってから仲直りした方があとぐされしないと思うぞ。俺が来たときには戦争も進んでいたしな」
「継名が来たときには、そうでしたが……」
種族全体で見れば、力を全力でぶつけ合った方がいいかもしれませんが、個人個人で見れば、戦争でものすごく不幸な目にあっているひとが数多くいます。
私はもっと前からこの世界を見ていたのです。
これほどまでに戦火が広がる前に手を打てれば違ったのかも知れません。
「過去はどうにもならんさ。今持てる力で今から頑張るしかない。いつだって。神であろうとな。願いを読んだお前はどう思ったんだ」
「平和な世界にしたいと思いました」
昔よりもはっきりそう思います。
継名が頷きました。
「神頼みも片方を叶えてしまえば片方がついえてしまったりするものだ。神も意志がある以上すべてに平等にといわけにもいかない。自分が叶えたいと思う願いを叶えてやるしかない。俺はやっぱり頑張ってる奴の願いを叶えてやりたいかな」
継名はいつもそうでした。
「お前はお前なりに、願いをかなえるためにがんばるしかないだろう」
私なりにできることから。
実力は伴ってはいませんが、
「はい!頑張ります」
しっかり答えられるようにはなりました。
こんな私にも継名が手をさしのべてくれているのもわかるようになりました。
だから、今度は私が人々に手をさしのべることができるようになりたいと思います。




