受け継がれる想い
将軍の戦いは、圧倒的でした。
多分ベースはおじいさんの剣術だと思いますが、激しさも兼ね備えており、受け流しからの一撃で教官たちは沈んでしまいました。
「全盛期の師匠にはかないませんよ」
謙虚な姿もクールです。
教官達も、南部の将軍に負けたのであれば、面子は保てるのではないでしょうか。
これを機に心を入れ替えてほしいです。
それ以上に、新人の子達の顔つきがよくなりました。
倒れてしまった教官たちの介抱も積極的にやっています。
戦いに自ら望んだおじいさんのように、
勇敢にやさしく人間を守るために戦える子が出てきたら嬉しく思います。
ところで継名はどうしたのでしょうか。
戦いが終わった後も、継名は憑依をときません。
しかも、意志はおじいさんが顕在化しているままのようです。
いつもは、私が気づかぬうちに憑依を解いているのに、変です。
いつも私にしっかり説明してくれないので、
継名の考えることはいつもよく分かりません。
「こちらの女性は確か南部の町でみかけた旅のお方では?」
将軍は、私の顔を見ると思い出したように言いました。
どうやら記憶が混乱していたはずですが、私のことを覚えていたようです。
私は美人ですからね。
印象も残るのでしょう。
「こちらの方は、ワシが戦うのをサポートしてくれてな。はて、確か旦那も一緒に手伝ってくれたはずだが?」
おじいさんは若干記憶が混乱しています。
おじいさんのなかでも、私と継名が夫婦という認識になっているようです。
そのまま誤解させておいた方が多分都合がいいでしょう。
「えーと、主人は、商売をしに行きました。商談の予定が入ってまして」
継名を主人とよぶのは、気が引けますが、
私には、継名の従属魔法がかかっているので、嘘でもありません。
「そうかい。お礼を言いたかったのじゃが」
「そのうち戻ってくると思います」
私はとりあえず、そう答えておきました。
一番近くにいるんですけど、何も言ってくれないので真意がわかりません。
私一人残さないでくださいよ。
どうしたらいいかわからないじゃないですか。
そう思っているとおじいさんの足取りがおかしくなりました。
私はあわてておじいさんを支えます。
「大丈夫ですか?」
無理もありません。
戦い終わったばかりですからふらつくのでしょう。
「若い娘に介抱してもらえて幸せじゃわい」
「師匠、先立たれた奥様に怒られますよ」
「妻はそんな心が狭い女性じゃあるまいよ」
がっしり私を触ってくるところをみると大丈夫のようです。
結構際どいところ触っている気がします。
私は神なので心が広いですからね。
戦いも頑張ったのでこの程度なら許してあげましょう。
「私は、今から王に謁見お願いしますが、訓練施設の件も報告したいと思いますので、師匠も一緒にいかがでしょうか……と言いたいところですが、お疲れですよね」
おじいさんの目の奥で継名の意志を感じました。
ついていけということでしょうか?
「私がサポートいたしましょうか。王様って一目見てみたかったんです」
「ほっほっほ、そりゃ助かるわい」
おじいさんは嬉しそうです。将軍も頷きます。
「さすが好奇心旺盛な商人なだけありますね。付いてきていただくのはありがたいのですが、商談を持ちかけるのは別の機会にしてもらいたい」
「それはもちろん」
私は頷きます。
商人という設定なので、コネを作りたいと思われたようでした。
城はすぐそこなので、歩いて城に向かいます。
「それにしてもすごかったですね。20人も一人で倒してしまうなんて」
私はお世辞抜きに、褒めたたえます。
「あの程度負けてしまったは、ドラゴンを一人で打倒したわが友に笑われてしまうでしょう」
副将軍のことでしょう。
友と呼べるほどの信頼関係を築いているようです。
「副将軍は元気していますか」
「さすが商人、耳が早いですね。元気は元気ですね。まだ戦えるほどは回復していませんが、魔法使いの女の子がかいがいしく看病するものだから、羨ましい限りです」
随分と魔法使いの女の子とも仲良くやっているようです。
「その女の子も、短期間でめざましい成長をしまして、今ではわが軍になくてはならない存在です」
そういってもらえると自分のことのようにうれしく思います。
一緒に一か月も修行しましたからね。
「ずいぶんと会わぬ間に、頼もしい仲間を作ったようじゃな」
おじいさんも満足気です。
「はい。師匠、その仲間たちと魔族を押し返しておりますので、、南部は戦況がよくなっております。ただ気になることがありまして、王に報告に来た次第です」
将軍が気になることを確認したかったのですが、すでに城の前まで来てしまいました。
話が通っていたのか門番は将軍の顔を見ると扉を開いてくれます。
そのまま門番の案内で、私たちは王の間まで行きました。
王の間では、王と王妃が豪華な椅子に座っていました。
あと女性が二人そばに立っています。
若くきらびやかなドレスを着ていますし王女でしょう。
私とおじいさんは、邪魔にならないように端の方にいきました。
将軍は赤いカーペットの上を進んでいき、王の前まで来ると跪きます。
「王よ。ようやく苦戦していたドラゴンの侵攻を止めることができました」
「うむ。その調子で南部の奪われた村々を取り戻すのだ」
「はい。もちろんこのまま進軍を進めます。ですが……」
「どうした。兵の数が足らぬというのか?」
「いえ、そうではなく。南部の魔族が引き上げる速度が想定よりはやいのです」
私は首をかしげました。
それはいいことなのではないのでしょうか。
「どうやら本隊で一斉攻撃に踏み込む準備をしているようなのです」
そういうことですか。
そういえば、継名も四天王が復活してくるころだと言っていました。
確かにその可能性は大です。
「どうか王都軍の出撃を検討を」
将軍は懇願します。
たしかに、王都には最強の軍隊がまだいるとの話を聞いたことがありました。
ただ王様の返事はにべもないものでした。
「それはならん。王都軍を出撃させれば、王都が攻撃されたとき、誰が守るというのか」
「ですが、王都の周辺まで、魔族に攻められてしまっては、ほぼ人間の負け同然です。南部は私の軍隊が守っていますし、北部はエルフ領があり、魔族もエルフを無視して大軍を通すことはないでしょう中央部での勝負ですべてが決します」
ようやく継名が何をしていたのか私も理解できました。
魔族と人間の軍隊の単純な力比べを中央部で行うために、回り込んだりできないように他の拠点を強化していたのでしょう。
回り込まれる心配がなくなった今こそ王都軍を出陣させるべきです。
「それはわかっておる。だから、勇者を中央部の最前線へ送り出し、わが娘をひとり付けて指揮させておるのだ」
勇者彩水のことでしょう。
たしか王女様に惚れられたとの話でしたし、間違いないと思います。
そういわれてしまうと将軍も黙るしかありません。
「そうです。戦いなど、野蛮な妹に任せておけばいいのです」
どこからか声がしました。
私が声の出所を探します
王様の影で、王女がふたりこそこそ話しています。
妹ということは、勇者と一緒にいる王女は三女なのでしょうか。
どうやら姉妹それほど仲良くはないようです。
王は娘たちを黙らせると将軍に言いました。
「お前が、教官たちをすべて倒した話はすでに聞いておる。どうやら教官のレベルはワシが思っていたより随分低いようじゃ、そこでじゃ、将軍、南部の軍から数名推薦してはもらえんか? 抜けた穴は、今の教官たちで補うこととしよう」
「承知しました」
それはいい案のように思えます。
教官も将軍の推薦であれば、立派な人でしょうし、教官たちも将軍の下で修業すれば強くなると思います。
高レベルということは、努力をしていないわけではなく、方向性を少し間違えてしまっただけです。
ちゃんとした戦い方を学べば、もっと強くなるはずです。
ただ若干話をそらされたような気もします。
「将軍今後も活躍期待しているぞ」
「はっ」
将軍はまだ言いたいことがありそうですが、王様はこれで終わりと言わんばかりに、椅子を立つと、どこかへといってしまいました。
他の兵士に追い出されるように王の間をあとにしました。
私たちの短い謁見はあっけなく終了していしましました。
◇◇◇
私たちはおじいさんの家に来ました。
町はずれにある小さな家です。
一人暮らしのようなのでこのくらいの家でいいのかもしれません。
簡単な食事をとりながら、将軍はおじいさんに今までのいろいろなことを話して聞かせます。
一番盛り上がったのは、副将軍がドラゴンを倒したことでした。
まるで自分のことのように、おじいさんに話します。
おじいさんも楽しそうに話を聞いていました。
血のつながりはないはずですが、おじいさんは帰省してきたわが子と話しているようです。
随分時間がたってから将軍はおじいさんに言いました。
「師匠そろそろ、戻らないといけません」
南部では、将軍の帰りを多くの兵士たちが待っていることでしょう。
今日のうちに隣町までは行っておきたいとのことでした。
そんな将軍におじいさんは何かを手渡しました。
「お前にこれを渡しておく」
「これは?」
おじいさんが将軍に渡したのは、継名に見せた訓練本でした。
「この本に、わしが生涯をかけた剣術のすべてがかかれておる。きっとお前の役に立つじゃろう」
「ありがとうございます。大事にします」
将軍は大事に受け取ると胸にしまいました。
おじいさんは嬉しそうにうなずきます。
「あんまり無理するんじゃないぞ。死んでしまっては元も子もない」
「師匠こそ、無理しないでくださいよ。もう年なんですから」
「ほっほっほ、まだお前には負けんよ」
おじいさんは笑って見せます。
将軍は簡単に身支度を整えると、
「師匠、お元気で。麗しきご婦人もまたどこかでお会いしましょう」
名残惜しそうに、手を振る将軍を私とおじいさんは見送りました。
将軍の姿が見えなくなったとたん
「弟子は行ったか」
おじいさんが突然、継名の口調でしゃべります。
「えっ。継名」
継名は、胸を押さえながら、よろよろと家の中に入るとベッドに座り込みました。
「じいさん頑張ったな」
継名は優しい声を出すとおじいさんから憑依を解き、どろんと現れます。
「ぐっ」
出てくるとそのまま膝をつきました。
アストラル体がところどころ薄くなり、すごく不安定です。
「継名⁉ どうしたんですか」
私は慌てて駆け寄ります。
こんなに弱っている継名は初めて見ます。
「俺のことはいい。すぐ治る。それよりおじいさんに付いててやれ」
おじいさん?
おじいさんを見ると、ベッドに倒れ込むところでした。
「どうしたんですか。さっきまであんなに元気だったのに」
おじいさんは息がどんどんはやくなり、みるみる衰弱していきます。
「俺が無理やり、延命させていたんだ。弟子の前で倒れさせるわけにはいかなかったから」
「延命……?」
私は言葉の意味が一瞬わかりませんでした。
延命……命を延ばす?
あわてて私はおじいさんを見ます。
命の灯がつきかけているのがわかります。
私に何ができるのでしょうか。
こんなによわってしまっては、私の回復魔法では逆効果です。
「お医者さんを呼んでこないと」
私が扉から飛び出していこうとすると継名がおしとどめます。
「無駄だ。寿命だ」
「寿命って」
「持って一試合だと最初にいっただろう。それに寿命が縮むとも……。人間は、一生のうちに心臓が動く回数が決まっているんだ。戦うための俺がむりやり動かした。もう限界なんだ。この世界には、心臓を無理やり動かす技術はない。もうどうにもならない」
継名もつらそうに言います。
私は継名が試合の時、おじいさんに言った言葉を思い出しました。
『俺が最後までついているから』
あれは、試合の最後という意味ではなくて、
おじいさんの命の最後という意味だったことに
私はようやく気が付きました。
「そんな……それでも」
「お前は、話をきいてやれ」
継名が、私をおじいさんのベッドのそばに座らせます。
私は、おそるおそるおじいさんの手を取ります。
おじいさんは、私を少し見ると、どうにかこうにか口を開きました。
「あんたたちはまるで神の使いのようじゃな」
「私は、神の使いじゃなくて……」
神そのものですといいかけて
「昔のように戦わせてくれたどころか、元気な弟子の姿を拝ませてくれた。なんて最高の日だったんじゃ」
おじいさんは、最後に遠い遠い空の上を見るように言いました。
「女神様、ありがとう」
そういうと、おじいさんは目を閉じました。
どうして、わたしなんかにお礼をいうのでしょうか。
「私は、お礼を言われるほど、何もできていません」
力が入らなくなったおじいさんの手を呆然と握ります。
「私のせいで……」
「お前のせいじゃない。お前のおかげだ。俺だけじゃ、じいさんを戦わせてやれなかった。弟子の前で、師匠らしくいらせてやれなかった。お前がいたから、おじいさんは胸張っていられたんだ」
継名は、続けていいました。
「お前が気に病む必要はない。無理やり戦わせたのは、俺なのだから」
「いえ、そういうわけにはいきません」
私は私の意思で、おじいさんに回復魔法をかけました。
それだけは自分で責任持たなければいけません。
私もおじいさんに戦ってほしかったのです。
だから、半分は、私の責任なのです。
継名だけに押し付けるわけにはいきません。
ぽたりぽたりと涙がこぼれていきます。
今まで勇者が死んだときも泣いたことはありませんでした。
どうして、あったばかりのおじいさんが死んだだけなのにこんなに悲しんでしょう。
「その涙はお前の成長の証だろうよ」
継名がポンポンと優しく頭をなでてくれました。
とめどなく流れてくる自分の涙を見ながら私は思いました。
私が成長できたのだとしたら、おじいさんのおかげです。
諦めず戦う大切さを……命を懸けて思いをつなぐ後ろ姿を私が一番特等席から見ていたのですから。
私の心におじいさんの生き様が深く深く刻まれたのでした。




