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決闘

 再び訓練施設に向かいます。

 気になっていることがあります。


「相手をどうやってやる気にするのですか」


「そんなことは、お色気担当のお前の仕事だろ」


「初耳なんですが」


 いつのまに私はそんな担当になったのでしょう。


「今まで散々勇者をお色気でどうにかしようとしてたくせに今更何言ってるんだ」


「なんでそんなこと知ってるんですか」


 おかしいです。

 継名の前ではそんなことをしたりしていません。

 継名は呆れています。


「やっぱりそうなんじゃないか」


「カマかけないでくださいよ」


 ひどいんですから。

 今回はどんなお叱りをうけるのでしょうか。


「女の武器を使いこなすことは悪いことではないさ」


「えっ?」


 てっきり怒られる思っていました。


「加減は気をつけろよ。相手によってはむしろひどい目にあわされたりするし、神はお色気がきかないやつが多いからな」


「そうですね」


 目の前にいい例があります。

 継名にお色気効かなかったので、首を落とされそうになりました。


「強い男に取り入り戦わせて、自分の身を守る。昔から、女達が繰り広げてきた戦いの一つだ。美貌を極め、誰を味方につけ、どのように他の女を蹴落とすか。男の戦いとはまた違う過激さがある」


「私はずっと一人だったので、そういう戦いもちょっと……」

 

「妖怪はまた違う。俺の知り合いの妖怪の女達は大体、美貌で男を虜にして、自分の巣に連れ込む」


「連れ込んでどうするんですか」


「妖怪だぞ、食べるに決まってるだろう」


「食べるんですか⁉ 決まってるんですか⁉ 女『達』ってなんですかいっぱいいるんですか」


「俺も昔は、氷漬けにされて、生気を吸われかけたり、糸でぐるぐる巻きにされて、毒針撃ちこまれそうになったもんだ。はっはっは」


 継名は楽しそうに笑います。


「笑いごとじゃないです」


「お前、もし俺の世界に来ても、妖怪には迂闊に話しかけるなよ。お前みたいな力は持っているくせに、戦闘能力が低いやつとか恰好の的だぞ。頭からバリバリ食べられるからな」


 なんですかその恐ろしい擬音は⁉ 

 私はおせんべいじゃありませんよ。


「私死なないので大丈夫だと思います。アストラル体にもなれますし」


「むしろ好都合だろうな、腹の中で無限に溶かし続けて、力を吸われ続ける」


「ひぃいい」


 恐ろしすぎます。

 どんな魔窟なのですか継名の世界は。

 絶対行きたくありません。

 人間に聞いていた話と全然違います。


「平和な世界ではなかったのですか」


「ここ数百年で急に落ち着いたからな。俺の町の連中は、『今は』人間喰うやつはいないさ」


「今はってなんですか」


 それは昔は食べていたってことじゃないですか。

 継名以外の妖怪に会ったことないのでよく分かっていませんでしたが、こちらの魔族の比じゃないくらい恐ろしすぎます。


「とにかく、今までの経験をいかして気合い入れてお色気しろ。あと服装も初めて会った時ぐらい露出高めにしておけよ」


「それもバレてるんですか」


 エルフに憑依したの時に下着みたいな服と言われて恥ずかしくなってきたので、最近は、ちょっとずつ露出をさげておとなしめの服装にしてましたのに。

 穴があったら入りたい気持ちでした。


◇◇◇

 

 訓練施設の入り口に戻ってきました。

 まだ先ほどの教官がいます。


「じじいまた来たのか」


 そういいながら教官は私の方を見ます。

 胸の谷間や、腰のあたりに目を向けられているのがわかります。

 今度は、これでもかと谷間を強調して、体のラインがくっきり出る服を着ているからでしょう。

 昔は、人間にいやらしい目で見られても全然平気でしたのに、今はものすごく恥ずかしいです。

 一度意識してしまうとダメなのです。

 継名が隣にいると威圧感で皆目をそらしますが、今はおじいさん。

 私に視線が集まってきます。

 教官の視線も露骨です。


「じじい、さっきもいたな。その女はなんだ」


「愛人だ」


 継名は言い切りました。

 私はむせそうになりました。

 そういうことを言うのなら、事前の打ち合わせをお願いしたいです。


「そうなのか」


「はい。そうです」


 教官に聞かれて、私は縦に首を振ります。

 教官に明らかに動揺が走ります。

 そうですよね。

 もうすぐお迎えのきそうなおじいさんが、若い愛人なんか連れていたらそうなります。

 恋人がいないのかもしれません。


「お前程度の強さでは、女も言い寄ってこないだろうがな」


 継名は的確に心の傷に塩を塗り込みます。

 心当たりがあるのか、教官の顔が苦痛に歪みます。


「女も、そんなじじいのどこがいいんだ」


 継名は、私に煽れと目で訴えています。


「おじいさん。すごくつよいんですよ。教官さんになるひとってレベル高くて強いと思っていたのに、実はこんなおじいさんにも勝てないんですね。みんなにも言っちゃおうかな」


 みんなというのは、夜の街か何かを勝手に想像してもらえるといいでしょう。

 一般兵と違って、お金はいっぱい持ってるでしょうからね。

 夜の町でも相手してもらえなくなったら、寂しいでしょう。

 継名が手で合図してみせます。

 今度は誘えという意味でしょうか。


「私、強い男性が好きなんですよね」


「こんな爺など、ひとひねりだ」


 私は胸を強調するように体を抱きしめながら、上目遣いでいいます。


「本当ですか。教官さんのいいとこ見てみたいなぁ」


 しなをつくって胸を揺らして見せると、生唾を飲む音が聞こえてきます。 


「強いなら教官さんに乗り換えちゃおうかな」


 ウインクして見せます。

 こんな感じでいいのでしょうか。

 これ以上は無理ですよ。

 恥ずかしすぎて爆発しそうです。


「こんなひよっこが強いわけないだろう。戦わずに勝った気でいる根性なしが」


 継名が引き継いでさらに煽ります。

 教官は顔を赤らめて、怒り出しました。 


「じじい、そんなに言うなら戦ってやる。死んでも知らんぞ」


「お前なんぞのひよっこの剣で死んだりするものか」


 ひよっこ呼ばわりされてカンカンです。


「低レベルの老いぼれじじいに負けるわけないだろう」


 継名はシメたという顔をしました。


「試合に負けたら、ワシの指導法に従ってもらうぞ」


「いいだろう」


 教官は承諾してしまいました。

 売り言葉に買い言葉です。

 いい感じに乗ってくれました。


「私、一般人なので、訓練施設に入れないですし、大勢の前で、教官さんのカッコいいとこみたーいなぁ」


 ついでに誘導もしてみます。

 ギャラリーが多くて、証人が多い方がいいでしょう。

 よくやったと継名も頷いて見せます。


「準備は、こちらでしてやる」 


 教官が、他の教官に事情を話にいきました。


「さあ、ここからが本番だ」


 負ける気など、微塵もない継名は、おじいさんの顔で老獪に笑うのでした。


◇◇◇


 決闘は訓練施設前の広間で戦うことになりました。

 他の教官や、新人の兵士たちも訓練施設から出てきました。

 道行く人々も立ち止まってギャラリーになっていきます。

 継名は木刀を持ちます。


「よくやった。あとは任せておけ。ただ頑張るのはじいさんだがな」


「そうなんですか?」


「今回は戦いが始まったら、じいさんに意識を渡す。俺はじいさんが思い通りに体が動くようにサポートする」


「継名がうごかさないんですか」


 継名が動かした方が強いでしょうに、どうしてでしょう。


「教えただろう。じいさんと俺の剣術は真逆なんだ。それに俺が本気で動かしたら、じいさんの体が壊れる」


「継名、鎧は……」


 私は準備されていた鎧を持ち上げます。


「いらねぇな」


 継名は首を横に振りました。


「さすがにつけた方がいいのでは?」


「鎧の重みにじいさんが耐えられない」


「そんな状態なのに戦わせて本当に大丈夫なのでしょうか」


「大丈夫だ。じいさんは強い。まともに体が動きさえすれば負けない」


 継名は前に進み出て、剣を振り、目を閉じます。


 他の教官が鐘を鳴らしました。


 見開いた目の色はおじいさんのものになっていました。

 剣が滑らかに円を描くように動きます。

 動きながら間合いを探ります。 

 全く音のしない、滑るような足運びです。

 ただおじいさんは無理に前には出ようとしません。


「こないのなら、こちらからいくぞ」


 痺れを切らして、教官が飛び込んできます。

 上段からの強力な一撃。 

 おじいさんは打ち下ろされた刃を体をまわしながら、受け流します。

 刃がぶつかった音すらしません。

 教官の体勢が崩れたところにおじいさんが剣を振り下ろすと、慌てて教官もさがります。

 教官も動きは悪くありません。

 ただのコネで教官になったわけでもないようです。

 ただ一撃目の動きの良さはおじいさんが勝っていました。

 教官は簡単に勝てるわけではないことを悟ると、気合いを入れ直します。

 さっきよりもさらに速い横なぎの剣を放ちます。

 おじいさんは真横から振られた剣にしっかりと自分の剣を合わせると、教官の剣がするりとおじいさんの体を傷つけずに通り過ぎていきます。


「なんなんだ」


 教官の顔にに焦燥が浮かび上がります。

 教官も徐々に目の前のおじいさんが、ただものではないことに気づき始めていました。

 私も継名がおじいさんのことを剣聖だと言っていたことが、本当のことだと実感できてきました。

 激しさはまるでありませんが、おじいさんの折れそうな手足から繰り広げられているとは思えないほど、正確で繊細で剣さばきです。

 教官は、まるで手ごたえのない水を相手にしているようではないでしょうか。

 糸がするするとほどけて、相手の剣に絡まっていくようなそんな感覚。

 おじいさんもしかけ始めます。

 おじいさんが木刀を振ると、相手の方が吸い込まれていくようです。

 教官は慌てて、剣で受け止めます。

 たまらず、自分から仕掛けると、ふわりと空振りに終わるのです。

 何度も何度も繰り返していくうちに、教官の勢いがよかった剣も徐々に遅くなっていきます。

 あきらかに疲れから動きが鈍くなります。

 教官の動きが完全に止まった瞬間に、おじいさんが剣を絡めるように振り上げると

 教官の模造剣がパーンと飛んでいきます。


 スパーン。


 脳天に綺麗に剣が入りました。

 教官は鎧をつけていますし、おじいさんは力は入れていないのでしょう。

 教官は、よろけて尻餅をつきましたが、怪我はしていません。

 ただ切っ先が教官ののどをとらえています。

 どう見ても、おじいさんの勝ちです。


「やりました。すごいです」


 私は両手をあげて喜びました。

 本当に勝ってしまいました。

 私が駆け寄ろうとすると、おじいさんは思い出したように急に息があがりだしました。

 ぐらりと傾きそうになったとき、目の色と雰囲気が変わりました。

 継名が入れ替わり、おじいさんを支えたようです。


「さあ、約束だぞ。ワシの指導方に従ってもらおうか」


 継名がおじいさんの気持ちを代弁します。


「こんな試合無効だ。まぐれに決まっている」


 誰がどう見ても、力量の差は歴然でした。

 一般人のギャラリー達も冷めた目で教官を見ています。

 おじいさんがただ者ではないことは普通の人もわかります。

 指導を素直にお願いした方が、評価も下がりませんのに。


「戦場でそんな言い訳が通用するとでも」


 継名の言う通り、本物の剣であれば、死んでいました。


「う、うるさい」


 教官は聞き分けの悪い子供のように声をはります。


「そんなに言うこと聞かせたかったら、教官全員と戦ってもらう。おい、お前ら出てこい」


 全員レベル200越えの男達です。

 やられっぱなしでは面子がたたないというのは、わかります。

 ただおじいさんは、面子を叩き潰したいのではなく、強さの秘訣を学んでほしいのです。

 倒した教官だけでなく他の教官たちにも、何一つ思いが伝わっていないのがよく分かります。


「いいだろう」


 継名はそう答えました。

 継名は私が渡した水を一口飲みます。


「まだやるんですか」


 おじいさんは継名が操っているのに息がつらそうです。


「俺は戦いの神だぞ。じいさんがまだやるというのなら命尽きるまで戦わせてやる」


「命尽きるまでってそんな。おじいさんがいなくなれば、教えてあげれる人もいないじゃないですか」


「訓練法よりも大切なことがある」


 継名が、新人の兵士たちを見ます。


「見てみろ。今から戦場に行くあいつらが見ている。このじいさんが、傲慢で高レベルのあいつらを打ちのめせば、この先どんな強い敵が現れたとしても、あきらめずに立ち向かっていけるだろう。あいつらだって今から戦場で命かけるんだ。じいさんの戦場は、今ここだ」


「もう継名があとは倒してもいいのではないですか」


 おじいさんは力を示しました。

 あとは蛇足です。

 継名が倒してしまってもいいはずです。


「じいさんにとっては、あいつら教官も聞き分けが悪いだけのわが子同然なんだ。願いをかなえてやると言った俺は手出しをできない」


 そう言われると、私は返す言葉がありません。

 ただ継名は顔をしかめています。

 やる気は満ちていますが、体がついてきていません。


「イミュー、回復魔法かけてくれ」


「それは……」


 魔法を使う私にはわかります。

 回復魔法のかけすぎはよくないのです。

 回復魔法は自己修復力に働きかけるもの、年老いたおじいさんには、命を縮める行為です。

 ただそれは、継名もわかっていっています。


「イミュー、回復魔法はお前にしかできない頼む」


 継名が私を本当の意味で頼るのは初めてではないでしょうか。

 一瞬考えました。

 私だって、おじいさんの願いを叶えてあげたい気持ちは継名と同じです。

 私は私にできることをしてあげるだけです。

 私は体に負担にならないように加減して、できるだけギリギリの量だけ回復魔法をかけます。

 呼吸が落ち着き、戦う前の状態になりました。 

 継名は私を下がらせて、前に進み出て、木刀を構えます。


「さあ、来い」


 継名がいうと、教官たちはいっせいに武器を構えました。

 継名が初めて動揺を見せます。


「一対一じゃないのか」


「戦場でそんな言い訳通じるわけないだったな」


 教官はいやらしい笑みを浮かべます。

 ギリギリと継名が折れるほど、木刀を握りしめます。


「お前たちは、本当に性根を鍛えなおさないといけないみたいだな」


 吠えるように言うと、荒れ狂う精神エネルギーが溢れます。

 勢いのまま、剣を振ろうとします。


「継名ダメです」


 それは継名の剣術です。

 継名は、胸を押さえました。


「ぐっ。しまった」


 まだ体を動かしたわけではありませんが、おじいさんの体が継名の気迫に耐えきれないようです。

 継名は感情が妖気に変わる前に抑え込みました。


「じいさん頑張れよ。俺が最後までついているから」


 継名はかろうじて近くにいる私が聞き取れる小声でそう言いました。

 継名は、深呼吸をします。

 目の色がおじいさん本来の物に変わります。

 背中から死の覚悟がみてとれました。

 それでも、おじいさんは穏やかに再び剣を構えます。

 継名と違い、それは相手を思う剣です。

 それは、どこまでも大海原のように優しくて……。


「師匠!」


 人々の中から大きな声が聞こえました。

 声の主は、雑踏をかき分けて前に出てきました。

 その姿をみて、おじいさんは駆け寄ります。


「おお、お前さんは……」


 よろよろと崩れかけるおじいさんを男は支えました。


「師匠、ただ今戻りました。ようやく武勲をあげることができました」


 おじいさんの目から涙がこぼれます。


「よくぞ。無事で」


 男は、再会を後回しに、教官たちをにらみつけます。


「これ以上やるというのなら、師匠のかわりに私が相手になろう」


 金髪の男は、おじいさんから木刀を受け取り、教官たちの前に進み出ます。

 私達の前に現れたのは――。


 南部で副将軍と一緒に戦っていた将軍でした。

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