老人
私と継名は王都にやってきました。
「継名、どうして王都にやってきたんですか?」
王都は戦場からは一番遠い地です。
ここでなにか働きかけをしたとして、戦いがよくなるわけでない気がします。
「本当は、もっと早く来たかったんだが、他がもっとやばかったから後回しになってしまっただけだ。徴兵された兵士の訓練施設とか指示を出している王とか確認しておきたいことが山のようにある」
「王様ですか。確かにどんな指示をだしているか気になりますね。ダメな王なときは、いつものように憑依してしまうかんじですか?」
「そうなるとずっと憑依しとかないといけなくなるだろう。他の奴に取り憑けない」
「どうするんですか」
「首をハネよう」
「何言ってるんですか⁉ それに直接攻撃したらダメだってルールじゃないですか」
「魔族を直接攻撃したらダメだっただろう。王は人間なんだから、ルール違反にならない大丈夫だ」
「なんにも大丈夫じゃありませんよ」
「何回か首をはねれば、いい奴が、王様になるだろう」
当たりが出るまでやるくじ引きみたいに、処刑するのやめてほしいです。
継名は、頭はいいんですけどやってることは、大体力業なんですよね……。
「とはいえ、王は別に取り立てて指示に不満があるわけでもないから、後回しでいいな。それよりも訓練施設の方が気になるな」
「どうしてですか?」
「勇者の村のように、農村から素人を徴兵しているからな。しっかり訓練しないと無駄死にしてしまうんだが、戦況が悪化してくると、どうしても訓練期間が短くなりがちだ。南部の兵士も副将軍がドラゴンを倒すまで統率が全然とれていなかったし、ちゃんと訓練しているか不安でな」
「そういわれると私も不安になってきました」
「とにかく行ってみるか」
訓練施設は、城の隣にありました。
白塗りの壁で覆われた、大きな施設です。
私たちは、訓練施設に潜入することにしました。
潜入と言っても、なにか重要なものがあるわけでもなく警備も厳重ではないですし、私たちはアストラル体になる方法があるので、簡単です。
訓練所の全体が見える椅子に座って、見学することにしました。
「1日ぐらいは、通して訓練メニュー確認するか」
「そうですね。おやつとお酒飲みながら見れると最高なんですけど」
「スポーツ観戦かよ。でも気持ちはわかるがな」
アストラル体なので、我慢するしかありません。
気楽にのんびり訓練が始まるのを待っていると、新しい兵士たちが、剣を持たされて神妙な面持ちで訓練場に入ってきました。
「実践ではないのに、ずいぶん緊張してますね」
入ってきただけで、訓練が始まる雰囲気はありません。
「何を待っているのでしょうか」
「よくわからんな。それに訓練なのに、なんであいつら真剣持っているんだ。戦場に行く前にケガさせたら意味ないだろうに」
継名の言うとおり、木刀とかでもありませんし、刃先をつぶしている訳でもなさそうです。
しばらくすると、教官らしき人物が檻を動物にひっぱらせてやってきました。
檻の中には魔物が閉じ込められています。
「なるほどな。殺しに慣れさせるためか」
教官達は犬型の魔物を新人にけしかけていました。
新人たちは必死で、魔物に剣を振り下ろします。
「他の動物でも、殺しを経験しているのといないでは、天地ほど差が出るからな。魔物もそこまで強くないようだし、悪くはないか」
最後の兵士が、魔物を倒し終わります。
「終わったようだな。次はなにやるんだ?」
まっていると、また連れてきたのは、魔物でした。
しかもさっきと同じ魔物です。
「まだやるのか?」
継名は不服そうです。
私も飽きてきました。
「よし、イミュー」
「どうしました?」
継名は神妙な顔をして言いました。
「酒を買いに行こう」
「……そうしましょう」
よく考えたら、私たちには千里眼がありますからね。
いろいろな訓練があるなら、臨場感あふれる近くで見ることに意味はあるかもしれませんが、代り映えしない訓練を見続けるのは苦痛です。
私たちは訓練施設をいったん離れることにしました。
◇◇◇
次の日、一応、私たちは訓練施設に向かいます。
昨日は千里眼で見ていましたが、結局一日中、新人の兵士たちは魔物退治をさせられていました。
「酷いな。意味がないとは言わないが、今から戦うのは、魔族だろう。四本足の魔物とばかり戦ってどれほど効果があがるんだ。狩人になりたいのならいいが、あいつらが目指しているのは兵士だろう」
継名が疑問視します。
ただ私には心当たりがありました。
「レベルは上げですかね」
「レベル上げ?」
「魔物を倒すことで、経験値を得て、レベルがあがり、攻撃力と防御力が上がります」
「またステータスか。ステータスの魔力とスキル表示は役に立つとは俺もおもうぞ。魔力表示は定量的だし、スキル表示は、相手の能力を予測するには有効だ。ただ攻撃力と防御力はなんなんだ。マックスなのかアベレージなのかミニマムなのかもわからん。単位もわからん。レベルにいたっては何の参考にもならん。たまにお前に聞いてみてるが、俺が強いと思うやつがそれほど高くなかったり、弱いと思うやつが高かったりさっぱりだぞ」
「そうですよね」
継名の慧眼は、人の骨格や、筋肉量、重心、体運びにプラスして、最近は魔力量などをみてとれるようで、明らかにステータスよりも多くの情報量を読み取っています。
戦神なだけあって、強さには恐ろしく敏感です。
「最近私も、攻撃力と防御力はあまり見なくなってしまって」
継名が、攻撃力が低い人間に憑依しても、どんどん敵を倒していくので、何の参考にもならないことが私もわかっています。
「今は俺の表示はどうなっているんだ?」
「レベル攻撃力防御力1のままです」
「魔力みたいに頻繁に増えたり減ったりしないのか?」
「しませんね……」
変動するのは、レベルが上がった時くらいです。
「せめて変動してくれれば、なんの条件でそうなっているかわかるが、分析しようがないじゃないか」
「そうですよね……」
私たちが訓練施設につくと、兵士たちは相変わらず、魔物と戦っていました。
「どうしましょうか」
継名は腕を組んで考えます。
「だれか、教官に憑依して、俺が足運びや、剣の振り方ぐらい教えてやるか」
「それがいいかもしれませんね」
継名はメイン武器は刀ですが、斧、弓など、他の武器もなんでも使えます。
戦闘能力皆無だった私でさえ、吹き矢はつかえるようになりました。
基本を教えてもらえば、格段に強くなるはずです。
継名は、教官を値踏みするように眺め始めました。
随分見ていましたが、なかなか憑依する相手がきまりません。
「困ったな」
「どうしました?」
「教官の数が多すぎるし、動きをみるに、教官の位がみんな横並びのようだ。一人に憑依して方針変えようとしても、多数決で負けるな」
「リーダー格がいないんですね。いつもみたいに全員打ちのめしてしまえばいいのでは?」
力業は得意でしょうに、どうしたんでしょうか。
「能力がな。みんな似たようなものなんだよ。なんか尖った能力があればやりようはあるんだが、誰かにとりついて、力で言うこと聞かせるのは無理だな。途中で取り押さえられそうだ」
「継名でも、そうなっちゃうんですね」
「強さは、肉体と精神力だからな。俺が憑依することで、精神力は格段に上がるから瞬発力はでる。一人二人は余裕で倒せるが、肉体の体力が上がるわけではないから、すぐ動かなくなる」
副将軍のときはその瞬発力を出す為だけにひと月も鍛えたのでした。
「誰か鍛えますか」
「あいつらじゃ時間かかるぞ。一年ぐらいはかかるだろう」
「そんなにですか……」
一人の人間鍛えるのに一年なんかかかっていたら、戦争に負けてしまいます。
「魔族より人間がおされているのは、訓練の劣悪さが原因かもしれないな」
思ったより深刻なようです。
私たちが悩んでいると、訓練所の入り口付近から、大きな怒鳴り声が聞こえてきました。
「もっと実践形式で兵士同士を戦わせんか!」
教官らしき男に、随分年取ったおじいさんが食いついています。
「低レベルのじじいがうるさいんだよ」
教官は取り合いません。
「お前たちはレベルレベルとそんなことばかり気にしてるから強くなれんのじゃ」
おじいさんはそれでも、諦めません。
継名は嬉しそうにおじいさんの言葉にうなずきました。
「なんだ俺と気が合いそうなやつも人間にいるじゃないか。あのじいさんに話を聞いてみるか」
継名はおじいさんの方に足を向けます。
「わしに、指導をさせてみんか!」
「昔どれほど実績を上げたか知らんが、しつこいぞ」
近づいていくうちに、おじいさんと教官のやり取りが激しくなってきました。
イライラが高まった教官は、剣を抜きます。
「むっ。まずいな」
おじいさんは、武器など持っていません。
おじいさんは慌てて後ろにさがろうとして、足が絡まり、よろけて倒れそうになったので、私はあわてて実体化して支えてしまいました。
ギンと金属音が鳴り響きます。
見ると継名も実体化して、刀で剣を受け止めていました。
「お前たちどこから入ってきたんだ」
教官は、突然割って入った、私たちに怒気をとばします。
「イミュー、ちゃんとそのじいさんもっとけよ」
そう言った瞬間、継名は教官をはねのけ、砂ぼこりで目くらましにして、私とおじいさんを抱えて、飛びました。
訓練場の外にスタっと降り立ちます。
おじいさんに見られる前に継名は翼を背中にしまい込みました。
「な、なにがおきたんじゃ」
おじいさんが驚くのも無理はありません。
ジャンプ力というには、あまりに高すぎます。
「じいさん。大丈夫だったか」
継名は、素知らぬふりしておじいさんに聞きます。
「あんたたちは?」
「旅人だよ。訓練施設を見学していたんだが、随分、教育の質が悪いようだ。じいさんなにか知ってるか」
少し戸惑っていましたが、落ち着いてくると答えてくれました。
「……ステータス至上主義の弊害じゃよ」
「ステータス至上主義?」
「昔は、こんなことはなかったんじゃが、ステータスの見えるアイテムというものが開発されてから、レベルというものが、強さの基準になったんじゃ。ステータスが確認できた当初は、レベルが高いものが確かに強かったんじゃが、最近は手軽にレベルを上げることばかり重点が置かれてしまうようになって、レベルが高いのに強くないものというのが多くなってきておる」
「イミューの言う通り、レベル上げをしているのか。手段が目的になっている感じだな」
強さをあげるためにレベルを上げていたはずですが、レベルを高くするためだけに、レベルを上げています。
「私もそうでしたが、レベル=強さという認識がいけないのだと思います」
「よし、じゃあ、そのステータスが見えるアイテムを壊すか」
継名の提案は相変わらずの力業です。
ですが、ステータスを確認するすべがなくなれば、方針を変えることができるかもしれません。
「無駄じゃよ。そのアイテムは結構量産されておるし、レベルが高いものが強いという認識が根付いてしまっとる。わしの考えた訓練メニューなど一切見向きもされん」
おじいさんは悔しそうに言います。
「その訓練メニューを俺にも教えてもらえないか」
「物好きじゃな、おぬしも。ほれ、これがわしがかいた訓練メニューの本じゃ」
継名は、もらった本を熱心に読みます。
「すごいじゃないか、じいさん、これ自分で編み出したのか」
読みながら、そういいました。おじいさんは嬉しそうに笑います。
「ほっほっほ、そう言ってくれるのは、旅のお方おぬしぐらいじゃ」
「これをあいつらに教えてやれば、戦況ががらりと変わるだろう。特に空気中の魔力を吸収する呼吸法は実践すればすぐ身につき、あんなレベル上げよりも即効性があるぞ」
「若いもんは、魔力が空気中を漂っておると教えても、自然回復しているだけだと聞き耳もたん」
私も前はそうだと勘違いしていました。
継名のように空気中の魔力を感じ取れるわけではないので無理もありません。
「じいさん、これ誰にも教えていないのか」
「昔、10年前ひとりだけ、ワシを師匠と慕ってくれた少年がおったが、どこか遠い地に出兵させられたと聞いた。もうワシなんかには、どうなったかすら耳にも入ってこん。きっとのたれ死んでしまっているのだろう」
10年もあっていないのなら、そうなのかもしれません。
「じいさんは、もしこの技術を後世に伝えられるとしたら、一肌脱ぐ気はあるか?」
「もちろんじゃ、わしの技術が伝わらないせいで、人間が滅びるのは悲しすぎる」
「寿命が縮むかもしれない」
「それでも構わんよ」
おじいさんが頷きます。
軽く言っていますが、強い意志を感じました。
継名は、しっかりその気持ちを受け止めました。
「ならば、その願い俺が叶えよう」
おじいさんの額に指をあてると、言いました。
「憑依」
継名はおじいさんに入り込みます。
雰囲気ががらりと継名のものに変わります。
「取り憑くだけで、こんなに辛い体は久しぶりだ」
とりついたときにする手の開け閉めすらまともにできていません。
「継名、どうしておじいさんに取り憑いたんですか。こんな戦えなさそうなおじいさんですよ」
「今はな、だけどこのじいさん全盛期は相当強いぞ」
「そうなんですか」
「ああ、剣聖といってもいいぐらいの強さだ」
剣聖。
それは今のおじいさんからは考えられないほど、大層な称号です。
「そんなにですか。継名とどちらが強いのでしょうか」
「俺と比べるなよ。それは俺に決まっているだろう」
「それはそうなんですね」
「ああ、ただ俺の剣術は人のみでは到達できない。妖怪の強靭な肉体あっての剣術だからな。人間だったころの俺と比べると……俺は俺が勝つと言いたいところだが、実際はやってみないと分からないとわからないだろうな」
つまり、人間だったころの継名と互角ということでしょうか?
それでも相当強そうです。
「継名は人間だったころどのくらい強かったのですか」
「言葉で伝えるのは難しいな。そうだな事実だけいうなら、国を一つ滅ぼした」
「国をですか」
「そうだ」
「一人で?」
「もちろんだ」
人間のころから、継名は無茶苦茶です。
今までの行いを考えると、ある意味納得ではあります。
副将軍の時はただの人間一人でドラゴンを倒してしまったり、エルフの時は、吹き矢につけていた薬が毒薬であれば、魔族の城は殲滅されていました。
国を滅ぼしたと言われても、不思議ではありません。
むしろ信じられないのは……。
「そんな継名とこのおじいさんは互角だったんですか」
「その通りだ」
「嘘でしょう」
全く信じられません。
「ただ、俺とじいさんでは剣術の質がまるで違う。俺の剣が荒れ狂う感情をエネルギーに変えて、身体能力の高さから、後の先で敵を上回る烈火激甚の剣術なのに対して、じいさんの剣は、一切の邪念を捨て去り、磨き澄ました心で敵を自らに写して戦う明鏡止水の剣術だ。呼吸法もそうだ。俺は呼吸を止め、人であることを忘れ、人間の限界を超えるが、じいさんは体中に空気中の魔力を巡らし、回復力の高さで、受け続け、相手が疲れたところをとどめをさす。何もかも違う。人の身のまま至れるという意味では、じいさんの方が究極かもしれないな」
継名がべた褒めします。
「どうしてそんなに強いのに、レベルがあがっていないのでしょうか」
「あの弱い魔物を殺しまくってレベルを上げていたことを考えると、逆にじいさんの戦い方なら、むしら相手を殺さずに無力化出来ただろう。あまり殺してはいないのかもな」
確かにレベルが上がるのは、敵が死んだ時です。
レベルが低いのはその所為なのかもしれません。
「でも、人間は老いには勝てんな。今じゃ見る影もない。しかも、その強さが受け継がれてもいかないとしたら寂しいものだ。じいさんはどうにかしてやりたいんだろうな」
「訓練法でそんなに変わるものですか」
「じいさんの訓練法は、回復力アップに重きを置かれている。回復力というのは、軍隊全体でみても、馬鹿にならない。戦争が長引いているいまなら瞬発的に強いことよりも、粘り強く戦い続ける方が大切だ。今は徴兵した兵士の訓練期間も短いだろうから、せめてじいさんの呼吸法だけでも身に付けさせたい」
「どうするつもりですか?」
「そのためにも、教官一人、じいさんに倒してもらいたい」
「継名自身で倒してしまってはどうでしょうか?」
「よその誰とも知れないやつにやられても、ひねくれるだけでダメだろう。レベルが低い弱そうなじいさんにやられるからいいんだ」
「そういうものなんですね」
「ただ俺でも立ってるだけで、相当つらい。じいさんの戦い方なら、どうしても長引くし、俺がサポートしても持って一試合か……イミューこの魔法をこのじいさんにかけてくれ」
継名はメモ用紙に、魔法構成を書いて私に渡します。
「なんですかこの魔法?」
「回復魔法だ。俺自身が使えるわけではないから、少し自信がないが、風魔法や、お前の召喚魔法から分析して作成した。概ねは間違いないはずだ」
「回復魔法? そんな魔法私につかえるのでしょうか」
「大丈夫。創生魔法が使えるお前なら使えるはずだ」
継名は断言します。
私が魔法構成を見るとなぜかわかりませんが不思議と理解できました。
「できそうです」
継名はうなずきます。
「よし、じゃあ、じいさんにかけてくれ」
私の手から淡い光が現れるとおじいさんに吸収されています。
「どうでしょうか」
継名はミシミシと背筋を無理やり伸ばして、手を開け閉めします。
「どうにか戦える程度の握力は戻ったようだな」
見た限りでは、それほど変化はありません。
「回復魔法でも劇的に効果はありませんね」
「しかたない。回復魔法でも若返るわけではないからな。あくまで麻酔がわりだ」
麻酔……、つまり、力を取り戻したわけではなく、今ある力を絞り上げているということでしょう。
「さあ、じいさん。あのわからずやどもに、目にもの見せてやろう」
継名の呼びかけで、おじいさんの奥底から燃え上がるような闘志を感じるようでした。




