はじまりの村2
太田勇者の家に行くと、継名は庭で武器や防具の整備の仕方を教えていました。
私はしばらく邪魔にならないように、遠くから見ていることにしました。
継名の声が聞こえてきます。
「装備の整備は戦いの基本だぞ。腕が同じなら装備がいい方が勝つ」
継名がボロボロだった、勇者の鎧がピカピカになっていました。
「少しは痩せて、筋肉もついたんじゃないのか」
「毎日戦っていますから」
「調整もしてやろう」
継名は針を取り出すと、防具の合わせ方を少し変えます。
「着てみろ」
勇者は鎧を身につけると動いて見せます。
「さっきより動きやすいです」
継名は頷きます。
「剣も研いでやるからちょっとかしてみろ」
「はい」
勇者は、継名に剣を渡します。
継名はどこからか長方形の石を取り出すと、軽く水を流しながら、剣を磨きます。
剣を磨き終えると、剣に継名の刀のような波紋が浮かび上がります。
「よし。切ってみろ」
勇者に渡すと試し切りの棒を切るように促します。
勇者は言われるがままに剣を振るいました。
勇者の剣速はそれほど速くありませんが、
スパンと恐ろしい切れ味で棒が飛んでいきます。
勇者は、自分がきった棒の切断面を信じられないとまじまじと見ています。
「伝説の武器でもないのにどうしてこんなに切れるように……」
「この村は、武器屋がないからな。基本の手入れぐらいできないと戦い続けられないぞ。剣の研ぎなおしはまず覚えておけ」
「はい」
勇者は、継名に教わったことをを繰り返し練習しています。
「ところで伝説の武器ってなんだ?」
「女神様が作ったと言われる武器です」
「あいつが作ったものがまともなわけないだろう」
即答でそれはひどすぎます。
それに決めつけは良くないと思います。
私だって人間の為に、何日もかけて作った武器なのです。
結構、失敗も多いのですが、ときおりものすごい逸品ができることもあるのです。
「あいつのことだから、なんかたまにものすごいものが運よくできることもあるだろうが、ほとんどダメに決まっている。実績がないやつは絶対触るな。博打もいいところだ」
なんでそんなところまでお見通しなんですか。
「はい! わかりました」
勇者も素直ですね。
私泣いてしまいそうです。
しくしくしく。
「あ、女神様いらっしゃいませ」
私が悲しみに暮れていると勇者が気づいてくれました。
「そんなところに座り込んで、どうしましたか?」
「へこんでいるのは、あなた達の陰口の所為です」
「陰口なんかいってないぞ。お前の作った武器が使えないだろうぐらいの話しかしてない」
陰口から悪口になりました。
私がへこんだところで、継名は気にもしてくれません。
「イミューが来たから少し休憩しようか」
「わかりました。今お茶入れますね」
勇者がお茶を持ってきてくれます。
「この家はどうしたんだ? 自分で建てたのか」
継名はお茶を飲みながら勇者に質問します。
「徴兵された男の人の家を借りています」
「帰ってこないのか」
「……帰ってはきました。ただ生きてではありませんでした。だから、村長が好きにしていいと」
探すとどこそこに悲しみが見つかります。
「天狗様と女神様はどうしてここにきてくれたのですか」
「お前に、いいことを教えてやろうとおもってな」
「いいことですか」
「ああ、この村の位置なんだが、王都の北部に位置するから、エルフ領が邪魔して北部から魔族に攻められることはなかったが、エルフ領の地形を魔族がもう把握してしまった。大規模の軍隊は目立つから無理だが、少数精鋭が多分抜けてくるだろう。その際この村を通ることになる。そうなれば、この村がどうなるかわかるな」
勇者は青ざめました。
「どこがいいことなんですか」
私も初耳なのですが。
たしかにこの段階でその予測を知ることができたのはいいことなのかもしれません。
「僕はようやく魔物を倒せるようになったばかりです。魔族と戦ったこともありません」
「そんなことは知っている」
「この村は、男はみな徴兵されてしまい、女、子供、老人しかいないんですよ。敵だってそこまでしてこの村を攻撃しますか」
「人間同士でたたかってるのなら、その論理は通じるけどな。相手は魔族だぞ、お前だって、魔物を殺しているんだろう。殺すとき性別や歳を気にするのか?」
「……しません」
「そういうことだ。人間の男は、異性や子供をみるとブレーキがかかるように本能がなっているんだよ。滅びないようにな。人間がどれだけ他の生物ほろぼしてきたかお前は知ってるだろう。きっと魔族も容赦はしないぞ」
勇者は考えます。
「天狗様はその時、助けに来てくれますか」
「こない。ここが襲われているタイミングは、他のところはもっと激しい戦いが繰り広げられているだろうからな。俺だって体は一つなんだ。いつでも助けに来れるわけじゃない。だから今伝えに来たんだ」
継名は冷たく言います。
「今、もし僕が村人を僕の元の世界に逃がしてほしいとお願いしたら叶えてくれますか」
そんなこと継名がするわけ……。
「俺はな。直接お願いされるのは、弱いんだよ。赤ん坊以外の村人が一人ひとり俺にお願いしてきたら、考えてやる」
意外です。というか本当に太田勇者には甘々ですね。
「ただ、おれは移動させてやるだけだ。俺はこっちの世界でまだやることがあるし、あっちの世界で住むところ、食料、仕事などを用意してやれるわけじゃない。勝手がわかるのはお前だけ、お前ひとりでもろもろのことは頑張れよ」
「僕にそんなことできるわけ」
「俺以外にも、両親、友達、道行く人なんでもいいから頼ればいいだろう。お前ができなきゃ、あっちの世界にいったところで飢え死にするだけだぞ。比較してましということはあっても、誰に対しても優しく楽な世界なんかどこにもない。魔族に襲われさえしなければ、この村は向こうの世界より随分穏やかでいい場所だと思うぞ」
「……多分この村を捨ててまでは、誰も知らない土地なんかに行かないと思います。徴兵されてった人たちの帰る場所を守らなくてはいけませんから」
「まあ、そうだろうな」
勇者は黙ってしまいました。
「あの日……俺がお前を連れ戻しにきたあの日、お前は確かにこういった『誰がなんと言おうと元の世界には帰らない』って、ただお前は、元の世界が嫌でそう言っただけかもしれないし、あの子が好きでそういっただけかもしれないが、死の恐怖が常につきまとうこの世界より、両親の愛情の満ちたあの狭い部屋でずっと過ごす方が幸せかもしれない。今はどうだ帰りたくなったか」
「いえ、絶対帰りません」
「帰らないと決断を下したお前は、勇気あるものだ。女神だけでなく、俺もお前を勇者と認めよう」
「帰りません、でも勇気があるわけじゃないんです。魔族に勝てる自信はありません」
つらそうに言いました。
「僕はこの村に来た時の、村人たちの失望と落胆した顔を覚えています。世界が変われば、何かが変わると思っていましたが僕は僕でした。村長だけは、僕のこと見捨てずにいろいろ教えてくれました。だけど、僕が期待に応えられなくて、それどころか僕をかばって怪我をさせてしまって、嫌われて当然ですよね。今ではあんな感じです」
「女ひとりに嫌われたからなんだってんだ。お前にいいこと教えてやろう。戦乱の世でモテる方法なんて簡単だ」
「どうするんですか」
「女守って生き残るだけだ。敵が強ければ強いほど、周りの男は死ぬからな。他の男が全員死んでしまえば、この世で一番自分がカッコいい」
「そんな無茶苦茶な」
無茶苦茶ですが、理屈はその通りかもしれません。
「無茶じゃない。あの娘に好かれるかどうかは知らんが、少なくとも、もうこの村で若い男はお前だけ、生き残って守り切れれば嫁の一人や二人もらえるだろう。ハーレムだぞ、よかったな」
「そんな簡単に守れないから、なやんでいるでしょう。ああ、こんなことならもっとスポーツや勉強しておけばよかった。ぼくはどうして、今まで引きこもってなんて……」
「過去は悔いなくていい、今からがスタートだ。今持っているものが少なくても、それで勝負するしかない。お前は家で引きこもって何してたんだ」
「ゲームぐらいです」
「どんなだ?」
「FPSです」
FPSとはなんでしょうか。よくわかりません。
ただ継名は理解しているようでした。
「銃使う戦争ゲームか。いいじゃないか。その知識活かして戦え」
「銃を使うゲームをしていたからって、銃を作れるわけでも、使えるわけでもないことぐらい天狗様なら分かるでしょう」
「銃を作ったり、できなかったとしても、戦略は使えるだろう。たとえば、あの家に敵が隠れていると想定して、お前はそのゲームならどうするんだ?」
「家に爆弾を投げ込みます」
「まあ、そうだろうな。爆弾がなければ火でも放つだろう。それを知っていれば、敵が来たとき子供を木造の家に隠れさせとくのが悪手なのはわかるだろう」
「そう……ですね」
「使える知識は、総動員して使え。勉強していたところで、知識の使い方を知らなかったら、無駄だぞ。必死で考えろ。戦争での負けは死を意味するぞ」
「どうすれば」
「勝てる算段はある」
「本当ですか」
「当たり前だ。俺は死神じゃなくて、戦神だぞ。お前に死を宣告しにわざわざこんなところまで来るわけないだろう。勝ち方を教えに来たんだ。お前にこれを渡しておく」
継名は、本を渡しました。
「この本は?」
「罠集だ。簡単な素材で作れるものも大量に書いてある。準備することの大切さは教えてだろう。罠は準備の集大成だ。まともにやりあったら絶対勝てないが、罠を大量に仕掛けておけばやりあえるだろう。ただし、それは俺の本だ。内容は日本語で書かれている」
「つまり、僕しか読めない……」
「そうだ。それに竹とか植物もこっちの人間じゃ想像もできないだろう。それに、トラップは一人の力で作れるものではない。準備は膨大だ。村総出でやれば、どうにかなるかもしれない。しかし、勝ち目があるというだけ、実際勝てるかどうかは、やってみないとわからない。全部無駄に終わるかもしれない。それでもやらなかったら、死ぬだろう。どうするんだ?」
継名は問います。
「なにがなんでもこの村を守りきってみせます」
勇者の目には、光が宿っていました。
諦めてはいません。
「頑張れよ」
継名はうれしそうに応援するのでした。
◇◇◇
次の場所へと向かう前に、私と継名は遠くの丘から村を眺めます。
「できるでしょうか?」
「勝てる見込みは、与えた。辛い現実はどんなに頑張ったところでどうしようもないことも多いが、それでも人は頑張るしかない。あいつらが頑張らなければ、村は全滅だな。まあ、あの女村長であるお前の勇者と一緒に頑張るだろうよ」
「そうですね。 ん? 女村長が私の勇者になったなんて私言いましたか?」
女村長であることは、太田勇者から聞いたかも知れませんが、勇者になったことは知らないはずです。
継名は私の背中から黒い羽を取ってみせます。
「俺を誰だと思っている」
不敵に笑います。
「あー盗み聞きしてましたね」
もープンプンですよ。
酷いんですから。
「悪かったよ。ちゃんとあの女の話を聞いてやらなくて」
珍しく継名は本当に悪そうに言います。
クライシアは頑張る人間の代表みたいな人でした。
本来、継名が大好きな人間です。
「本当にそうですよ。短気は良くないと思います。でも、ありがとうございます」
「何に対して、お礼言ってるんだ?」
「気にしないでください。なんとなくです」
継名はクライシアに怒ったとき、神に対する礼儀がなっていないと言っていました。
俺ではなく神と。
自分ではなく私のために怒ってくれたのだと思います。
それに、継名は厳しく見えますが、本当は優しいですから、だって、
「助けにこないなんて言っておきながら、本当にピンチになれば助けにきますよね」
継名は帰る時、村のあちこちに何やら仕掛けを施していました。
きっと勇者たちにバレないようにしながら、ルール違反にならない程度に、手助けするつもりなんでしょう。
「生きることを諦めたやつは、助けてはやらんぞ。最大限頑張って、それでも生きたいと願うのなら。人は最後に『神頼み』しか残されていないのだから、手を貸さないわけにはいかないだろう?」
「そうですね。きっとそれが本来の神としての役割。人々を見守り、成長を促し、どうしようもないときに、ほんの少しだけ手助けをする。継名の世界では、それが神の普通なんですね」
「そんな大層なもんでもない。俺だって全員助けられるわけじゃないさ」
神である継名は、ずっと人々を応援しながら、人のために戦ってきたのでしょう。
私ももっと人に寄り添えるような神になりたいと思いました。
そのためにはまずやるべきことがあります。
「私決めました」
「ん、なにを?」
「この戦争が終われば、最高神様に勇者育成を止めるって言いに行きます」
私は勇者を育てたいとは思いますが、
最高神様の言うようにレベルを1000にするとかではないのです。
彼らには笑えるようになるための強さを身につけてほしいと思います。
「まあ、いいんじゃないか」
「それでその、ひじょうにいいずらいんですけど」
「とりあえず言ってみろよ」
「最高神様のところに行くときについてきてほしいなぁ、なんて」
子供のようですが、一人で行くのは心細いのです。
勇者育成をやめるなんて言えば、絶対ダメだと怒られてしまいますから。
「仕方ないな。神が『神頼み』してはいけないなんてことはないだろう」
「ああ、よかった」
継名はにやりと笑います。
「かわりに、俺が世界創生したくなったら手伝えよ」
交換条件というやつですね。
「まかせてください」
ものすごくこき使われるのでしょう。
覚悟の上です。
今も似たようなものですからね。
大丈夫だと思います。
「でも、悪魔が攻めてきたらどうするんだ。俺の予想では勇者育成はその対策だとおもうんだが」
それは考えが及んでいませんでした。
「どうしましょう。ちょっといい案一緒に考えてください」
「さっそくそれかよ。お前それ最大限頑張ってんのか」
「これでも持てる知識をフル活用してるんです。活用した結果……」
「活用した結果?」
「継名におねがいするのが一番いいかなって」
どうやら他力本願する癖はなかなか抜けていません。
継名は呆れています。
私は慌てて弁解します。
「もちろん自分でも頑張りますよ」
「どんな感じに?」
「ものすごく。それはもう、頑張ります」
継名はさらに呆れています。
「もういいや、お前はそれで。とにかく頑張れ」
「はい!」
そんなにすぐにすごい神になれるわけではないけれど、少しずつ変わっていけたらよいなと思いました。




