はじまりの村
基本的にどんな強いスキルを持った勇者でも、レベル1からはじまります。
例外が一人隣にいますが、レベル1はとても弱く、まずは弱いモンスターから倒していくのが、基本です。
なので私は、スタート地点にふさわしい町をピックアップしていて、勇者をそこに送り込むことにしていました。
◇◇◇
私達は、勇者太田を送り出した村にやってきました。
田園が広がるのどかな村です。
「継名、どうしてこの村にやってきたんですか」
「魔王と交渉してから、数か月はたってるからな、そろそろあいつら、四天王といったか。回復してくるころだろう。魔族の攻勢が本格的になる前に一度太田の様子を直に見ておこうと思ってな」
私の召喚魔法や、継名の高速移動手段があるわけではないので、すぐに攻めてくるわけではないとはいえ脅威には違いありません。
確かにタイミングとしてはいいかもしれません。
「ようこそ、勇者の村へ」
門番というか、看板娘が村の門にいました。そのまま土産屋につれていかれます。
勧められるまま、勇者饅頭というよく分からないものを買ってしまいました。
「観光名所なのか」
あまりに強力な押し売りにあっけにとられてしまいます。
「ここは結構頻繁に使っていたので、こんなことになっていたんですね」
「なにがなんでも儲けてやろうという気概を感じる。逞しいな」
意外と継名には好評のようです。
外のベンチで、勇者饅頭を食べていると、看板娘がお茶を持って来てくれます。
「最近調子はどうだ?」
継名が話しかけます。
「山が近くて、魔物が繁殖しやすいのですが、定期的に女神様が勇者を送ってくださるので助かってました」
ました? どうして過去形なのでしょうか。
「最後に送られて来たのが、あんな勇者で、この村もダメかも知れません」
あんな勇者とは、太田勇者のことでしょうか。
前は頻繁に召喚していたのに、継名を召喚してしまってからは、止めています。
「勇者はどこにいるんだ?」
「村長のところではないでしょうか」
看板娘は興味なさげです。
村長の家がどこにあるかは教えてくれました。
「食べたらいくか」
「そうですね」
お饅頭は想像したよりも、甘くておいしいです。
私は幸せの塊をもぐもぐ頬張ります。
ここは、魔族と戦っているわけではないので、のんびりです。
たまには、こういうのもいいですね。
ぼんやりしていると、継名が言いました。
「随分うまく作ったものだな」
感心しています。
「饅頭のことですか?」
私は聞き返します。
「この村だよ」
「なんのことでしょう?」
「戦いやすい地形、繁殖しやすい魔物を配置、てっきり勇者育成するためのスタート地点として、いい塩梅にしたのかと思ったんだが」
「逆ですね。なんかいい感じの村があったので、勇者を送るようにしていました」
「ここから王都までの距離感とかは?」
「距離感とは?」
「ものすごく遠くて行くのが大変というわけでもないし、近すぎて、干渉を受けすぎるというほどでもないいい場所だと思ったんだが……もしかして、全部運かよ」
「そう……なりますね」
継名をみるとなぜか怒っています。
「ふざけんな。猫に小判、猫に小判、猫に小判、猫に小判、豚に真珠、豚に真珠、豚に真珠、馬の耳に念仏、馬の耳に念仏、馬の耳に念仏、犬に論語、犬に論語、犬に論語、兎に祭文、兎に祭文、兎に祭文、えーとあとなんだ」
「わー急になんですか、そっちの世界のことわざ言われても全然わかりませんよ」
「わかるだろう。イミューに創生魔法、イミューに創生魔法、イミューに創生魔法、無駄、宝の持ち腐れって意味だよ。そんな大層な魔法使えるくせに、全然うまく使えないじゃないか、俺によこせ」
「あげれませんよ。何言ってるんですか。属性は個人に紐付いているって、継名が調べ上げたんじゃないですか」
「わかってる。ああ、腹立つ」
継名は自分が食べ終わると、私を置いてスタスタと歩いていきます。
私は慌てて、饅頭を口に押し込みます。
「まってくださいよー」
せっかちはよくないと思います。
◇◇◇
私たちは、看板娘に教えてもらった通りに、進んでいきます。
村長の家につくと、家の前で太田勇者と、誰かが言い争いしています。
「ほんとグズ、私の前にあらわれないでよ」
相手は、女の人でした。
「そんなこといったって、村長に報告しないと」
「もう報告はいいから、いって」
見た目は随分おとなしそうでかわいい女性ですが、随分とあれています。
手に持つグラスに入っているのはお酒でしょうか。
あんな飲み方をするなんて、お酒が可愛そうです。
「一匹倒すのにどれだけかかってるのよ。前の勇者様なんか……」
勇者は遮るように
「ごめん」
と謝りました。
勇者はなにをしたのでしょうか。
剣や鎧はボロボロですし、なにか頑張ってきたように感じますのに。
勇者は顔をあげると私達と目があいます。
「あれ? 天狗様と女神様どうしてここに」
女神と聞いて、女は目を輝かせて、乗り出してきました。
「あなたが女神様ですか?」
「そうです」
私はこくりと頷きます。
「女神様がここにいるということは、新しい勇者様がいらしてるんですね。こちらの方ですか」
うれしそうに、継名を見ます。
「いや、こっちは天狗様、僕の世界の神様だよ」
太田勇者が継名を紹介します。
「あなたには聞いてないでしょう」
怒ったように、女は勇者に言います。
「この方でないのなら、勇者はどこに、いますか」
あまりに詰め寄ってくるものだから、私はしどろもどろになってしまいます。
「えーと、その、勇者の召喚はもうやめようかと思ってまして」
「なんで⁉ どうして⁉ 女神は、この世界がどうなってもいいと」
「そ、そういうわけではないのですよ」
「では、早く次の勇者様を」
「いや、そのちょっとは自分で頑張ってみようかなと」
「勇者を召喚しない女神に何の意味が」
そう女が言った時です。
ビシッ。
なんでしょうか。
空間が割れるような音がしました。
それにどうして、さっきまでお天気でしたのに、積乱雲が発生しているのでしょうか。
なぜと言っておきながら、原因は実はわかっているような気がします。
最近私は間近で感じすぎてわかるようになってきていたのです。
きっとこれが負の精神エネルギー妖気ってやつです。
その中でもひときわ強い感情、怒り。
とにかく私は、いま隣を向きたくはありません。
「おい女、勇者ならそこにいるだろ」
遠雷のようなドスのきいた声です。
「そんな弱い勇者なんて」
「そんなに気にくわないなら、自分で戦え」
「わ、私は女で……」
「女だからなんなんだ。お前より小さな女の子が戦場で戦っているのをみたぞ」
確かにそれはそうです。
副将軍と一緒に戦った女の子は、命をはって戦場にいました。
女は意を決して、継名をにらみつけます。
「勇者でないのなら、あなたに用などありません」
それは火に油です。
勇気と無謀は違うのです。
継名に対して、それは間違いなく悪手。
「まず神に対する礼儀がなってない」
口調が初めて会った時の継名そのものです。
基本人間には、優しい継名ですが、礼節のしっかりしているもののみです。
神であり、妖怪でもある継名。
時折、妖怪の本性が顔を出します。
パシッと継名の右手に団扇が出現しました。
継名が団扇を振り上げます。
団扇を中心に風がうねりをあげます。
どうみても大技です。
ど、どうすれば……。
私が途方に暮れていると
継名の目の前に、勇者が手を広げて立ちふさがりました。
「天狗様、やめてください」
「どけ太田、そいつは気にくわない」
「ど、どきません」
勇者は継名の威圧感に震えながらも、動こうとしません。
「僕が天狗様を説得するから、早く行って」
勇者が女に逃げるように促します。
女は、青ざめた表情で家の中に逃げ込みました。
女の姿が見えなくなると、継名は、団扇をたたんで腕を組みます。
「ずいぶんと、たくましくなったものだな。今日だけはお前に免じて許してやる」
勇者は、あちらの世界での継名のことも知っています。
きっと継名の風がどれだけ強力かも知っていることでしょう。
私も普段はそれほど継名のことを怖いと思わなくなりましたが、刃を向けられたあの時の継名のことを思い出すと、体の芯から凍るようです。
怒った時の継名は、女子供でも容赦はしないでしょう。
それでも、継名に立ち向かうなんて、昔より随分立派になっています。
「天狗様、あの人は傷心なんです。前の勇者に酷い目にあったらしくて」
勇者が弁解します。
「イミュー前ってどんな奴だ」
継名は私に聞いてきます。
この場所を使用した勇者は確か……。
「勇者彩水です」
「あいつか、お前はあの殺人鬼と比較されてんのか。災難だな。あの女、村長の娘か何か知らないが、お前もあんな女に媚びうる必要はないだろう」
「いや、それがその……」
勇者はなんだかすこしモジモジしています。
「なんだ惚れてんのか。お前も難儀な奴だな」
読心術かなにかですか。
あいかわらず理解が早すぎます。
勇者は顔を真っ赤にして、うつむいてしまいました。
「お前も大変だな。頑張れよ」
継名はもう怒りは解けているようでした。
「天狗様、女神様、ここで話はしずらいので、僕の家でも」
「いいだろう。俺もつかれた。いくぞ、イミュー」
「えーとその、私、少しだけあの子と話してきてもいいですか?」
「お前も物好きなやつだな。好きにするといい。俺はついていかんぞ」
そっちの方がありがたいです。
むしろついてきて、また怒りだしたら困ります。
それになんだか私はあの子としっかり話さなければいけない気がします。
◇◇◇
「お邪魔しまーす」
ノックをしても返事がないので、
私はおそるおそる家の中に入ります。
女は毛布にくるまって泣いていました。
「大丈夫でしょうか」
私がのぞき込むと、女は酷い形相でないていました。
「ひっく、ひっく、女神様すみませんでした」
泣きながらガタガタ震えています。
気持ちは分かります。
私も同じ目に合いましたからね。
それにさっきと随分態度が違います。
そうですよね。
酔っ払ってましたからね。
ようやく酔いがさめてきたのでしょう。
「ところで村長はどこにいるのでしょうか」
涙をふきながら女は言います。
「村長は、私です」
「えっ?」
確かにこの家には目の前の女性以外、人はいません。
「どうしてあなたが村長なんですか?」
どう見ても、村長なんて歳ではないでしょう。
どういうことなのでしょうか。
「この村では、一番強い者が村長をすることになっています」
もっと謎が深まります。
目の前のこんな華奢な女性が一番強いというのでしょうか。
信じられません。
ただよくみると、腕や足にすり傷がたくさんあります。足には包帯をまいています、歩くのは問題なさそうですが少し傷が深いかもしれません。
「そんなことより、女神様、本当に、もう勇者はこないのですか?」
「それは本当です」
「そうですか」
もう詰め寄ったりはしてきませんが、ものすごく落胆しています。
「どうしてそんなに落ち込んでいるのですか。勇者は普通この町にはそれほど長い間滞在しないでしょうに」
「どこから話したら……そうですね。前の村長の方針では、勇者が降臨するとお世話係りが勇者にあてがわれるようになっていました」
「お世話って?」
「色々ですね。滞在している間の家事全般から夜のお世話まで」
「夜のお世話ってつまりその」
「私は前の勇者のお世話係でした」
「そんなひどい……」
「酷くはありません、私は自分から名乗り出たんです」
「どうして?」
「前の勇者、あの人は強くて、素敵で、私は運命の人のように感じました。あの勇者様となら、一緒に世界を救う旅に出てもいい。そう思って、私は勇者に尽くしました」
女は夢うつつで語ります。
「それほど長い期間ではありませんでした。私も戦い方を学び、勇者のレベルが上がった後も、王都までついていきました。城につくとすぐ、勇者は私と同じようにお姫様に見初められました。お姫様は、美人で、強く、私は足手まといだからと村に戻されました」
悲しそうに目をふせます。
「私の世界を救う冒険は、王都までで終わってしまいました。途中で命を落としたのならともかく、まだ魔族とも戦っていません。村に戻れば、私はみんなに笑われました。それでも、次の勇者が召喚されたとき、置いて行かれないように戦いの腕を磨きました。そうしているうちに戦争が激しくなり、村の若い男はみな徴兵されてしまい。いつの間にか私が一番強くなっていました。そんなときに新しい勇者が召喚されました。今度は方針を決めるのは、村長の私です。容姿も醜く弱かったので、お世話係なんて風習はなくしました。ただ戦い方を教えられるのも、私しかいませんでしたので、仕方なく教えていました。まあ、教えているうちに悪い人ではないことはわかりましたが、戦い方を教えても全然うまくならなくて、こんなはずではなかったのに、こんなはずではなかったのに、そんな思いばかりが強くなって、あの勇者なりに頑張っているのはわかっているのに、昔の自分を見ているようで、あたるようになってしまいました」
「それで、あんなに……」
「まだ全然ですが、昔よりはましです。それでも前の勇者様は初日にはあのレベルになっていました。どうしてあんなに差があるのですか」
攻めてるような雰囲気はありません。
純粋に疑問に思っているようです。
「それは、ランダムに選んでいたから……強い人が必ず当たるわけではなかったのです」
「そうですか……まあ、そうですよね。そうでなければ、あんなに弱いのが勇者なわけありません。本来勇者は、この村で十分に育ったら城に送り出すよう国から指示を受けているのですが」
「基準に届いていないのですか」
「そうです。ですが、仮に基準に届いても、国に報告するつもりはありません。魔物も増えてきています。あんな彼でも、今ここを離れられると、困るのです。今この村で戦えるのが彼と私しかいません。徴兵にいった男達が戻ってくるのは絶望的。新しい勇者がくるのなら、どんな手を使ってでもこの村に留まってもらうつもりでしたが、来ないのなら、腹くくって老人、女、子供全員で戦うしかないでしょうね」
村の決断も、戦いもこなしているのでしょう。
随分つらそうにしています。
戦争中なのですね。
のどかに見えるこの村も限界ギリギリで成り立っているのでしょう。
勇者を召喚してほしい切実な理由もわかりました。
最初の態度からはわかりませんでしたが、自分勝手な理由で勇者召喚を望んでいる訳ではありませんでした。
私はいままで適当に勇者を送っていただけなのに、こんなに人生がかかってしまっていたなんて知りませんでした。
できれば召喚してあげたい気持ちも芽生えましたが、継名との約束があります。
もう召喚はできません。
私にできることはおおくありません、それでもできることは……。
「私はもう勇者を召喚しませんが、勇者はまだ必要なんですよ」
「召喚せずにどうやって……」
「そう召喚はできません。だから任命することにします」
「任命?」
「勇者になってくれませんか?」
私は目の前の女性に問います。
「私がですか?」
突然の提案に戸惑っているようです。
私は慎重に話します。
「そうです。他の誰でもないあなたにお願いしたいと思います。もちろん嫌なら断っても構いません」
「いえ、やります。やらせてください」
「では、名前を教えてくださいますか?」
「クライシアです」
「では、女神イミューの名の下に、クライシアを勇者に任命します」
「承知しました」
「魔王を倒す必要はありません。あなたが大切なものを守れる勇者になってください」
私は新たな勇者の手をとります。
「はい! 女神様、私は立派な勇者になってみせます」
クライシアは朗らかに笑います。
「お願いします。どうかこの世界を守ってください」
私は心をこめて依頼しました。
もう勇者は召喚されません。
この世界は私とこの世界の住人で守っていくしかないのです。
継名の言うとおり、最後の勇者である太田でダメなのならば、彼女が自ら勇者になって戦うしかありません。
私にできることは、それを認めてあげることだけ。
なにか状況が良くなるわけでもない、なんの力も伴わない称号ですが、きっと彼女の心の支えになるでしょう。
今までいっぱい勇者を召喚しましたが、そのどれとも違いました。
私は、私のためではなく彼女の為に、彼女を勇者にしたのです。
彼女は本当の意味での、私の勇者なのでした。




