【闇の種族】
空中にいたパペットが黒い人を閉じ込めるようにドーム状の結界を張り、マグダが更にその外側を自分の結界で補強する。
黒い人は自分たちを閉じ込めるように包む結界に対してなにもせず、ただその場に突っ立っている。
誰かの心臓の鼓動が聞こえそうなくらい緊迫した空気感に息が詰まりそうだ。
「あれは一体何者ですか」
「……大昔の三神の大戦が起こったとき、その闇から生まれたとされる鬼族です。存在するだけで厄災を引き起こし、弱き者の精神と強き者の魂を喰らうと俺の爺さんから聞きました」
「なんとかできそうな相手ですか」
「獣族の俺には正直無理ですね、種族としての強さが違いすぎます。持って数秒の肉の盾にしかなれません」
ノイルさんは瞬殺される自分を想像したのか、毛を逆立たせてぶるりと体を震わせた。
「ルルゥ様!情けないお願いだと百も承知ですが、あの竜族のスチュワードは呼び戻せませんか!サティナ様のところに呼ばれているのでしょう?」
「恐らくルフレ兄様とサティナ様の護衛として城に残るはずです。アンダカ様もその方が安心でしょう」
「それは……そうですが、伝承の通りなら恐らくノイルと同様に俺も役には立ちません。撤退時の囮程度には役立ってみせますが」
二人とも『死にたくないから』とか『怖いから』戦えないのではなく、単純に自分たちは役に立てないのだと悔しげに訴えている。
そんな二人をぴょんと飛び越えて馬車の上に来たのは笑みを浮かべたネーロさんで、彼はルルゥさんの正面にしゃがむと窺うように首を傾げた。
「戦獣族だからボクは報酬次第で働くよ。あ、でも死ぬつもりはないからね」
「どういった形での報酬がご希望ですか」
「快適な衣食住と適度な暴力、あとは少しの通貨があればいいよ」
「なるべく希望を叶えると約束しましょう」
すぐにルルゥさんが魔力で契約書を作り出してサインすると、ネーロさんはにこにこ笑って振り返り、オルコさんを手招きした。
「オルコもさ、ボクと並ぶくらい強いでしょ?ヴァンブラッド家に雇われようよ」
そんなお気楽なネーロさんの言葉にオルコさんからの反応はなく、鬼族が現れてからピクリとも動かなくなってしまっている。
「おい、オルコ。大丈夫か?」
アンダカさんが鎧をコンコンとノックしても、ノイルさんが目の前でぶんぶん手を振っても無視しているのか微動だにしない。
「ちょっとオルコ!聞こえて、っ!」
仲の良い相手に無視された苛立ちを隠さず、ネーロさんが馬車から仁王立ちのオルコさんに襲いかかると、その体はあっさりと動いていなかったはずの腕の中に捕らえられていた。
「あれを殺せるならアタシは報酬なんかいらないさ」
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