【第二局面④】
僕が大丈夫だとわかるとネーロさんはパッと手を離して、そのまま軽くあくびしながら下にいるオルコさんの隣に立つ。
「結界に入る前に気づくべきでした……申し訳ない」
「油断していたのは私も同じです。私はカル様の言葉にもっと注意を払うべきでした。結界に敵意ある者が入れるはずはないのですが」
ノイルさんが頭を下げると、ルルゥさんは頭を横に振った。
「ボギーは意識の切り替えができるのかもしれません。そのときはただの魔獣族でも切り替えでボギーになる……とか」
「では魔獣族は見つけ次第拘束しましょう。仲間の方でも一時的に拘束対象とします」
女の子がどうなったかは聞かない方がいいだろう。聞いてどうすることもできないし。
「ネーロ様、私では混乱したカル様をすぐ助けられませんでした。本当にありがとうございます」
「はいはーい、全然いいよ」
ニコッと笑って尻尾を揺らしたネーロさんにノイルさんが近づいていく。
「おい、ルルゥ様はヴァンブラッド家の方だ。敬意を払え」
「権力に弱い獣族の君と違って戦獣族のボクは実力主義でね。ボクを殺せるくらい強い生き物じゃないと敬意を持てない。悪いね、ルルゥ様」
「お気になさらず。種族の違いはあって当然ですので」
あぁ……嫌な記憶を思い出したせいで頭と喉が痛い。体力を使ったのか眠気も襲ってくる。ボギーにはさっさと帰ってもらいたい。
椅子に座り直してさっきまで赤と黒の世界が広がっていた方向を向くと、エリスさんが同僚と一緒にこっちに走ってくるのが見えた。
「ルルゥ様、ほぼ全員が結界内に避難いたしました」
顔がそこそこ治ったエリスさんが馬車の近くで膝をつく。ルルゥさんは軽く頷いてスッと椅子から立つ。
「皆様、これからルルゥ=ローゼン=ヴァンブラッドの従者がディーヴィ=ディモニアの軍勢を殲滅いたします。絶対に結界から出ないようにお願いいたします」
なにが起こるのかと怖がる人は後ろの方へ、強大な力にわくわくする人は結界の前の方へ集まり、三人の行動を見逃さないように凝視している。
オルコさんやネーロさんは特に興味津々で、結界内の一番見やすい場所を陣取っている。アンダカさんとノイルさんは負傷者や混乱した人の様子を見回りつつも、ちらちら視線は三人に向いている。
「トゥイーニーが全力を出す練習になればいいのですが……」
そう小さく呟いてルルゥさんがゆっくり左手を振ると、轟音と砂煙と共に近くに迫っていた敵の部隊が消え失せた。
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