【開戦前②】
「お前……ノイルか……?」
「それ以外のなにに見えるというんだ」
アンダカさんが近寄り、ノイルと呼ばれた獅子頭の分厚い体を両手でペタペタと触る。
「お前……病で死んだんじゃなかったのか!?」
「当時、組合同士の内部紛争があってな。裏の管理者が必要だとダヴァラに泣きつかれたのでディモニア家領地の平和の為に死んだことになった」
「誰にも言わずにか!」
「ん?言ったほうがよかったのか?」
「―っ!この馬鹿野郎!」
殴りかかったアンダカさんをノイルさんはさらっと受け流してルルゥさんに丁寧に頭を下げた。
「この度はルルゥ=ローゼン=ヴァンブラッド様と協力できることを嬉しく思っております。なにとぞ今後ともご贔屓に」
「はい、ヴァンブラッド家当主にも伝えておきます」
僕に向けたあの怖い顔が嘘だったのかと思えるほど柔らかな笑顔をルルゥさんに返したノイルさんは、まだ文句の言い足りないアンダカさんを連れて戦略テントに入っていった。
「ご主人様、ただいま戻りました」
「おかえりなさい、トゥイーニー」
ノイルさんの体に隠れていたのか、いつの間にかトゥイーニーが近くにいた。ルルゥさんは労るようにオレンジ色の髪をゆっくり撫でる。
マグダが歯を砕くんじゃないかと思うくらいギチギチ音を立てて歯軋りしている。でも相手がトゥイーニーだからか僕のときみたいな怖さはない。
「トゥイーニー、お願いがあるんです」
「ご主人様の為ならなんでもします」
そのまま喉を鳴らしそうなくらいうっとりしているトゥイーニー。耳をぴくぴく動かしたり尻尾をぱたぱたさせたりとすっごく愛らしい。
「これは難しい戦いではありませんがずっと理由のない不安が消えないんです。全力を出したくないのはわかっているのですが、私のために力を使ってくれますか」
機嫌良く撫でられていたトゥイーニーの動きが止まる。
「ご主人様の為なら……なんでもしたい、です。でも、危ないから、あの、トゥイーニーは……」
「我が主に私の守護結界を張る。貴様はそんなこと気にするな」
「ご安心を。なにか起こる前に貴女を止めますよ」
マグダとスチュワードを見て、ルルゥさんを見つめて、それから僕に不安そうな茶色の瞳を向けた。
「ん?どうしたの?」
「カルは、怖いの嫌い?」
「怖い?あんまり好きじゃないけど…」
「トゥイーニーが頑張ったら、強くて怖くなる、から」
スカートを両手でぎゅーっと掴んで俯く姿は僕の胸のどこかをきゅんと刺激する。か、かなり可愛いぞ…。
「僕はトゥイーニーが強くて怖くなっても絶対に嫌いにならないって誓うよ」
しゃがんで目線を合わせ、ぷにぷにのほっぺたをつつきたくなる衝動に耐えながら僕はルルゥさんみたいににっこりと笑った。
.