【鍵④】
「あ……あれれーっす?」
広がった煙から戸惑うロムの声がした。
「あのー、えへへ。な、なーんで出れないんすかね?」
落ち着かない様子で聞いてくるロムにルルゥさんがにっこりと笑う。
「この部屋にはマグダの守護結界があるんです。なにかあってはいけないと思いましたので」
「あー、なるほどっす……」
煙がまとまって実体化したロムが居心地悪そうに部屋の隅に立つ。フードの中は真っ黒で表情は見えないが明らかに落ち込んでいる。
「ロムロロ……私から逃げようとしたの?」
サティナ様がネーロさんから離れてロムと向かい合う。責めるんじゃなくて悲しんでいる問いかけにロムはぶんぶん両手を振った。
「まさか!サティナ様からは逃げようとしてないっす!」
「では僕から逃げようとしたんだな」
「うぐっ!だって……オレの研究室を好き勝手使いたいとかちょっと……嫌っすから」
「お前なぁ……」
呆れたオルコさんがロムの首根っこを掴み上げる。
「お前が逃げてもサティナ様の立場が悪くなるだけだろうが」
「あの部屋はダヴィル様とオレが作り上げた研究室なんっすもん!オレの部屋で、オレの思い出で、オレの存在全てっす!」
オルコさんの手から煙になって逃れ、ロムはそのままルフレの近くで実体化する。警戒するエリスさんをよそに、ロムは全身全霊で土下座した。
「オレから研究室を奪わないでほしいっす!」
悩ましげにため息をついたルフレはソファーの肘置きに頬杖をつく。
「研究室そのものに興味はない。研究書や技術書を自由に閲覧できればそれでいい。まあ、それはそれとして僕の研究室は作ってもらうが」
「それはもちろんです。あの研究室よりも充実したものを作るとお約束します」
「研究室の件はもういい。あとはルルゥ、お前の件だ」
ルフレがロムから視線を移すと、ルルゥさんはすっと立ち上がった。
「ルフレ兄様、先に厄介事を片付けてしまいましょう。いつまでも軍勢が待機しているとは思えませんから」
「……。なにをそんなに焦ってる」
「ディーヴィ様の軍勢が千を超えています。これ以上戦力が増えないうちに対処してしまったほうがいいでしょう」
せ、千!?軍勢って多いんだろうなぁとは思っていたけどそんなにいるの!?
「僕の配下を加えてこの場で戦えるのが二十として、ヴォルストが契約した組合から何人引っ張れそうだ?」
「およそ精鋭が五十ほどでしょう。悪魔族の方々は戦えそうですか」
「正直なところカブラの隊が使えないとなると厳しいな。待機中の傭兵と俺の隊を集めても五十もいかない」
かき集めた兵力でも十倍の差がついている。サティナ様もアンダカさんも悔しそうになにか考え込んでいるし、ルフレは相変わらず眠そうに頬杖をついたままだ。
そんな空気感でもやっぱりルルゥさんはにこやかに笑っていた。
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