【鍵】
廊下の一番端まで歩き、なんの変哲もない扉を開けるとそこは丸ごと全部大きなエレベーターになっていた。
「ここは登録された魔力の持ち主しか動かせないようになっています。ルフレ様も契約後は使用できる状態にしておきます」
ゴウンゴウンと音を立てながら降りていくエレベーター。しばらくして鉄製の扉が開くと、黄緑に点々と光るライトの先に怪しげな扉が見えた。
「こちらが研究室の扉です。鍵穴と呼べるものがなく登録者の魔力でも開きませんでした」
「入れないのなら壊せばいい」
「鍵を使って入室しなかった場合は研究室ごと破壊される、と当主は言っておりました」
「……それくらいの保険はかけるか」
「ディモニア家は製薬業の家系ですから。研究と販売の支部は多数あれど技術の保存はここでしかしてません」
ドンッと扉を殴りつけたルフレは無言のままエレベーターに戻っていく。エリスさんやサティナ様たちもエレベーターに戻って、またあの長い廊下を歩いた。
結局扉を見たところで得られるものはなかったと思う。無理だとわかったってだけじゃないかな。
「当代はどうやって研究室に出入りされていたのですか」
「声をかけていました。『おい』『来たぞ』『開けろ』と呼びかけるのが多かったですね。試してみても開きませんでしたが」
「研究室の中に誰かいるんでしょうか」
「危険な物や秘匿技術が保管されている場所なので、鍵の持ち主が研究室を離れると生存不可の空間に変わるそうです。それに誰かいるなんて聞いたことありません」
ルルゥさんが顎に指を当てて『うーん』と悩んでいる。サティナ様の声だから駄目だったとかないかな?
「ディーヴィは鍵がわからないのに当代を殺してしまったんでしょうか?製薬業はディモニア家の柱でございますよね?」
エリスさんが不思議そうに尋ねる。
「……なぜ、なのかわかりません。ほんのついこの間まではいつも通りだったんです」
「物売りの話は黙っているつもりか」
ルフレの言葉にハッとするサティナ様。忘れていたというよりは、知られていたのかと驚く表情だ。
「黙っていたわけではありません。私はその商談に関わっていないので話せることがないんです」
「そこの黙ってる当代の側近はどうなんだ」
全員から視線を受けたアンダカさんはルフレとだけ視線を合わせた。
「……言うタイミングを逃していただけだ、黙っていたわけではない。物売りとして城に来たのは全身を覆い隠した若い男だ。自らのことを『混人』と呼んでいた。そんな種族は聞いたことがないからな、恐らくは名前か名前に近いなにかだろう」
「混人。《びと》とは《人間》のことか」
人間、という言葉に心臓がバクンと跳ねる音がした。
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