【兄】
「今すぐにでも契約したいところなのですが、一つ問題がございまして」
「なに?面倒はごめんだけど」
「当主の研究室は特殊な鍵で施錠されています。本来は次の戴冠式で私が受けとるはずだったのですが、このようなことになってしまい鍵の行方は不明なんです」
「いつも当代が使っていたのなら決まった鍵の置き場所があるだろう。使うところは誰も見てないとか言わないでよ」
足を組み替えたルフレの顔は不機嫌そうに歪む。
「鍵と言っていましたが、『鍵』を使う様子はなかったんです。よろしければ研究室の扉を確認されますか?」
「早く案内して」
「では、こちらです」
サティナ様が立ち上がり、それにアンダカさんとネーロさんが続く。ルフレが面倒そうに立ち上がるとエリスさんが素早くその後ろに続いた。
ルルゥさんはどうするんだろうと思っていたら、ルルゥさんも同じくソファーから立ち上がりマグダになにか耳打ちすると、僕の手を握って二人から少し距離をとって歩き始めた。
更にその後ろにスチュワードがついてきたのでマグダには待機命令がでたんだろう。
歩いてきた廊下を戻っていく道すがら、前を歩いていたルフレがくるりとこっちを向いた。
「その従者、ヴァンブラッド家にはふさわしくないんじゃない?」
『その』という言葉と同時に全身に軽く針をさされたような痛みに襲われる。あまりの痛みに力が抜け、スチュワードが腕を掴んでくれなかったらきっと僕は廊下に倒れてしまっていただろう。
ルルゥさんのためにみっともなく声を出すのは我慢できているけど、なにもされていないのに全身が痛くて膝が震える。
「この程度の言葉の圧に折れるなんて弱すぎる。竜族を従えたお前がなんでそんなの連れてるのか僕には理解できない」
「彼は私の大切な従者です。お戯れはご遠慮ください」
「まずそれは種族なに?お前の身を守れると思えないけど。それか別の用途でもあるの?」
「ルフレ兄様、彼は私の大切な従者です」
互いに見つめあったまま言葉が止まり、みんなの足音だけが廊下に響く。気まずい…僕のことで言い合いになってるのが気まずい。
「ルフレ様の妹様が決められたことですから少し様子を見てはいかがですか?」
沈黙に気を使ってくれたのか、エリスさんが僕に微笑んでからルフレに話しかけてくれた。眠たそうな目がルルゥさんから外れてエリスさんにゆっくりと移動する。
「お前は昔からルルゥに甘い」
「ルフレ様の妹様ですから」
なにかに納得したルフレが前を向き直ると、僕の痛みと膝の震えはピタリと止まった。未だ脱力感のある体はスチュワードに支えられていて情けないままだけど、ほっと一息つけた……。
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