【解放】
ぬいぐるみは決めポーズをとったものの、キレ顔のマグダに顔面を鷲掴みにされ、ぶんぶん振り回されたぬいぐるみは『おえぇ……ひでえぇっす……』と情けない声を出している。
本当に可哀想だと思う。でも僕から見たらマグダが可愛らしいぬいぐるみを振り回しているようにしか見えず、本人は笑い事じゃないんだろうけどマグダの印象とのギャップでつい笑ってしまう。
「解放!が!先!っす!!」
「マグダ、あまり乱暴しないように。解放しますので知っていることを話してくださいね」
「いやーまじで助かるっす!」
「カル様、彼の解放の為に少し血をいただきます」
振り回されすぎてくたくたになったぬいぐるみを見て微笑み、こっちを向いたルルゥさんは近づいてきて僕の頬をぺろりと舐めた。
「いたっ……」
そういえばあの時顔に破片が飛んできたんだっけ。いろんな驚きで忘れてたけど、刺激されると傷口がしみてピリピリする。
目線を下に向けるとルルゥさんの美しい顔が超至近距離にあって、柔らかい唇と上下に動く少し熱い舌が僕の頬に押し当てられている。
さらさらと流れるような黒髪からは説明の難しいとてもいい匂いがしていて、伏せられた瞳と長い睫毛にどきどきする。
顔と体がかーっと熱くなるのが自分でもわかって、ルルゥさんから目線は外せないまま恥ずかしくて固まってしまった。
「あー、お嬢さん吸血鬼族なんすね」
「なんだ。なにか問題でもあるのか」
「いやいや……あるとしても言えねっす!解放してもらってからっす……ねええええっ!!」
次は足を掴まれて振り回されている……。
それを見て僕の頬から口を離したルルゥさんはマグダのところに近づいて、優しくぬいぐるみを受け取った。
少し名残惜しくなり、さっきまでルルゥさんの唇が触れていたところをなぞると傷口は綺麗に治されていた。記念に残しておいてほしかった……かもしれない。
「ちゃんと話してくださいね。約束を破った場合、私のマグダがなにをするかわかりませんので」
「ああ!我が主!貴女様のこのマグダ、全力で痛めつけますとも!」
「……いや怖すぎっす!大丈夫っす!協力するんで!」
赤く輝く瞳でぬいぐるみを見つめ、両手で全体をゆっくり撫でると、ぬいぐるみは淡く発光して薄水色の煙を上げた。
煙はゆらゆら揺れながらぬいぐるみより明らかに多い量を吐き出して、部屋全体に散らばったかと思うと、小屋の近くを目指して集まり始める。
もやもやとしながら徐々に一つになり、僕よりも大きな煙になったあと、それは若い男の声をしたフード付きマントの姿に変化した。
「あーっ!やっぱ自分の体が一番っすねー!」
「早速で申し訳ございませんが、時間が惜しいのでディモニア家のことを教えていただけますか」
「せっかちさんっすねぇ。オレが知ってる話だと当主のダヴィル様とお嬢さんの嫁ぎ先だったダヴァラ様はディーヴィ様の反乱で死んだっす。ダヴァラ様とダヴィル様のほとんどの配下も殺されたっすね。妹のサティナ様は当主とダヴァラ様の残った配下がどっかの村で守ってるはずっすよ」
「……。ディーヴィ様はそんなにお強い方なのですか」
「変なカリスマありますけど本人はそんな頭も力も強くないっす。こんなことができたのは配下の力でしょうね」
話を聞いていることしかできない僕はなにかできないかと辺りをきょろきょろ見回すと、窓から突然強い風が入り込み、重たそうな布を吹き飛ばしたその先にスチュワードが立っていた。
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