【入城②】
「そこの使用人。ヴァンブラッド家の者が訪ねてきたと……おい!」
近くにいた上等なはたきを持った小柄な使用人に声をかけたけど、彼女は声が聞こえていないのか、前を素通りして別の使用人と話し始めてしまった。
見回りの兵士が目の前まで来たので試しにマグダが足をかけて転ばせてみると、転ばせたことに対する文句もなくすぐに立ち上がり、何事もなかったように見回りを再開する。
「我が主、この城になにか起きています」
「事前の挨拶も案内も無しにディモニア家の当代と会うのはマナー違反ですが、緊急ですのでこのまま当代のところまで向かいましょう」
ルルゥさんの言葉にマグダは軽く頷くと、一度入ってきた窓から外に出て、この城で一番高い塔まで飛び上がった。
トゲトゲした手すりがついている広いバルコニーに降り、中を隠すように垂れ下がっている重たそうなカーテンを抜けて室内に入る。
「おお!すごい!」
部屋の中はほどほどに広くて、天井にはキラキラした宝石で作られた照明がいくつも浮かび、壁にはがっちりと固定された武器っぽいものが飾られている。
床にある不思議な形をした容器からは紫色やピンク色の泡がふわふわ浮かんでは消え、豪華な机から床へ難しそうな本が崩れて散らばっていた。
「いろいろありますねー!」
「ふふ、カル様には目新しいものばかりですよね。……残念ですが当代はここではないようですね」
「主、気をつけてください。なにかいます」
扉付近にある僕一人がぎりぎり入れそうなドーム型の犬小屋をマグダは睨みつけている。ルルゥさんは少し目をキラキラさせて『ディモニア家特有のペットでしょうか!』と、なぜかわくわくした表情だ。
「おい、姿を見せろ。嫌なら見せなくてもいい。その小屋ごと貴様を消す」
「ちょ!待ってくださいっす!今!今すぐ出るんで!」
淡々と無表情で小屋に脅しをかけると、若い男の声がして小屋からなにかが出てきた。
それは手のひらより少し大きいくらいのサイズで、雑な縫い目の目立つ黒猫のぬいぐるみだった。青くて大きめの宝石の目に片方が欠けた耳、手足の爪は赤く小さくてなぜか二足歩行。
小屋から金色の鎖が伸びているので、金持ちのペットというのはこんな感じなのかもしれない。
「急に怖い気配が昇ってくるから隠れてたんすよ……こんな可愛い幻霊族になにかできるわけないじゃないっすか…」
「邪神種の幻霊族だと?信用できん。なにを考えている」
「オレはサティナ様専用のぬいぐるみなんすけど、ディーヴィ様が反乱を起こしたとき配下の奴らに捕まっちゃいまして。それでここに放り込まれてただけっすよ」
「ディーヴィ様以外のディモニア家の方々はどうされました?」
マグダから離れたルルゥさんがぬいぐるみに歩み寄ると、ぬいぐるみは腰に手を当てて偉そうなポーズをとる。
「教えてほしいならまずはオレを解放してほしいっすね!お嬢さん!」
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