明日菜
「だいじょうぶだよ?真央。私もちゃんと考えるから」
気づいたら、私はそう真央を抱きしめてた。
真央は、一見、華奢だけど、私より背が高くて、バスケット部で鍛えてるけど、
ーさっきの村上くんのように、迷った子犬みたいな表情をしていた。
頼りなくて、儚くて、もうあきらめたような瞳をしてる。
その時、はじめて、私は真央を真央として、見たかもしれない。
頭が天才的にいい真央を、派手な赤木くんの彼女だった真央を、バスケ部のエースの真央を、クラスメイトの真央を、
ーはじめて、真央、としてみた。
真央は、真央なんだ。
ーただの私の友達。なにひとつ同じじゃない。当たり前に、他人だけど、それでも、
ー大切にしたい。
それは幼い頃から不思議で、きっと、私にはあきらめたけど、たったひとりでいいから、欲しかった存在。
ー友人。
そうだよね?
私は真央を抱きしめながら、じわっと胸から込み上げる思いを抑え込んだ。
滲みそうになる視界に、南九州の片田舎より、少ないけど、たしかにひろがる星空がある。
ーSTAR。
必ず私も村上も明日菜を見つけるよ?
ね?
真央?
真央が言ってくれた言葉を、私はきちんと、噛み締めるんだ。
ね?
真央。
大好きな真央。
真央が抱え込んだ傷を、きっと私には、いまも、もしかしたら、これから先も、わかってあげられないかも、しれない。
だって、真央も村上くんも、私も、個々で、独立した1人の人格だ。
もうどんなに親しくても、他人でしかないんだ。それは私でもわかる。だから、
ね?
真央。
「大丈夫だよ?真央。真央は、この夜空からでも、私を見つけてくれるんだよね?」
村上くんや真央がなにをみて、なにに傷ついて、それでも、なにも言わずに世界を歩いてるのか、私にはわからないけど、
ね?
真央。
私には、真央も…、村上くんはちょっといまは、わけわからないから、おいといて、真央だけに言うよ?
「真央は優しいから、大丈夫だよ?優しい人たちには、優しい世界があるって、信じないと生きていけないよね?」
だって、私はまだ13年しか生きてない。記憶がたしかになるのは、3歳前後だ。
よく胎内記憶って言われるけど、お姉ちゃんは、たまに話していたらしいけど、私にはそんな記憶はない。
子供達が言い出して、だいたいあってるけど、ほんとうに覚えてるのか、小さな頃に話していたのを、覚えてるのか、判断がつきにくい。
ーママ、お腹にいるときどう思ってた?いい子がよかった?女の子、男の子、どっちがよかった?どんな子だった?
それぞれ違うけど、つわりがきつかったり、お腹を蹴りまくるかと思ったら、いきなり寝過ぎて動かないから、お腹をトントン合図したり、陣痛の痛みに耐えられるか不安になったり、
ーとにかく顔がみたいよ?逢いたいんだ。
それしか考えてなかったよ?
いい子じゃなくても、それはよかったよ?だってママたちが育てるんだから、そこは考えてなかった。
まあ、クラッシックは苦手だから、好きな音楽ばかり聴いてたけど。
ーあの妊娠中なら、朝陽の性格がよくわかるわ。
って、お母さんがお姉ちゃんに苦笑していた。
だけど、お母さんは、とてもうれしそうに、毎回、笑うんだ。
優しい記憶に、その光景に、お母さんが私とお姉ちゃんをだきしめて、
ーどんなお母さんに、朝陽や明日菜は、将来、なるのかしら?
ーお父さんやお兄ちゃんみたいには、ならないから、安心していいよ?
ー朝陽、なんか違うわ。言いたいことは、わかるけど。
お母さんが困ってたなあ。
なにかいい思い出があると、だいたいお姉ちゃんの、意味不明なようで、奇妙に意味がわかるフレーズがくる。
ー私はだれかのお母さんには、なりたくない。ずっとこの家にいて、お母さんと暮らす。
って、私は答えてたかなあ?
ずっと南九州の片田舎で、やさしい家族と過ごしたい。そんなささやかな夢をみていて、そこに自分が新しい家族をもつ想像はなかった。
ーずっと、あのなぜかハエが大きな南九州の片田舎で、大好きな家族と一緒にいたい。
南九州の片田舎は、ちょっと車で走って郊外に行くと、代々続く墓地があるから、たまにお墓参りにいく。
不思議な気分で、墓石の横にあるご先祖様の名前と年齢をみつめる。
ーここには、このお墓を建てた曾祖父さんの代からだよ?
そうお父さんが教えてくれた。
私には知らない歴史を刻んで、私の血に流れてる。
不思議なその石にいつか両親や私の名前が記されるのかな?って思ってた。
ーそれが幼い私の願いだったかもしれない。
大好きな家族が眠るこの場所に、私もいつかー。
そんなふうに思ってたんだ。
なのに、その願いが簡単にかわるんだね?私は少しだけ運命ってあるなら、不思議だなあ?って思うんだ。
私がいままで、あれをイジメってよぶのか嫉妬や妬み、憂さ晴らしって言うのか、わからないけど、ゲームかなあ?
そういう世界に、もう疲れてるのは、たしかだし。
よくわからない世界は、たぶん大人になっても続くし、見方により、まったく同じ内容のニュースにみえるのに、世論は、簡単に正反対になるから、私は自然とテレビから離れた。
ネットもほとんど使わない私は、たまにお姉ちゃんが買うファッション雑誌なんかをよんでる。
お姉ちゃんと買い物にいくと、お姉ちゃんが悪ノリして、まったく同じものを私に試着させて行くから、勉強してるけど、みんな雑誌のカメラに笑ってる。
ーあれをやるの?
芸能界って、何をするんだろ?
きちんとしたプロダクションとは思うし、さっきのあの勢いは、わりとなんかー。
ーというか、真央が見抜くよね?
私の唯一の友人は、勘が鋭い。よくわからないけど、それは思って、
ーなんで、赤木くんなんだろ?
あんまり赤木くんは好きじゃない。というか、真央を泣かしたから、嫌いだけど、
「真央?一応、村上くんは私の彼氏だよ?」
なんかそれだけは、伝えた。
真央が目を丸くして、それから、爆笑したのは、村上くんには内緒にしてたいなあ。
ー言っても意味わかってない気もするけど。




