明日菜
「明日菜、ダメだよ?」
真央が私を不意に真面目な顔で見つめてくる。村上くんなちょっと茶色がかった瞳とは違う黒い瞳がまっすぐに私をみてる。
「えっ?」
真央の真剣な表情が珍しくて、私は驚いた。
「明日菜の意思でちゃんと決めるんだよ?私や村上は、きっかけに過ぎないよ?」
って、真央が言った。
「きっかけ?」
「うん、きっかけ。最初の一滴だよ?」
「最初の一滴?」
「うん、はじめの一滴だよ?」
「点滴?」
さっき、治験がどうこう言ってたから、ついきいたら、真央が少しあきれた顔をした。
「まあ、それもニュアンス的には、あってる気もするけど、村上とたまに似てるよね?明日菜」
「あまりうれしくないよ?」
さっきの意味不明な、あいうえお作文を思い出して、つい眉をしかめる私に真央が笑う。
そして、村上くんと同じように、星空をみあげた。
「…村上は、星にたとえた?明日菜を?」
「どうして、真央は、そんなに村上くんをわかるの?」
「さあ?こればかりは、見てる世界が同じだから?かな?」
たくさんのことが、なんか、同じなんだ。はじめて同じなんだ。
ー同じ異世界にいるんだ。
同じなら、同じ世界で、存在するんだ。
「ーそうなんだ」
私のモヤモヤはとれないけど、なんとなく仕方ないかな?とは、思う。
不思議な同じ空気がふたりには、あるから。
ー性格はまったく違うし、印象も違うけど。
「最初の一滴ってナニ?」
「うん。雨かな?小さな頃にね、私は熱帯魚に夢中になっててさ?」
不思議な水槽の濾過システムに興味を持って、それに水槽の中がカラフルで楽しかった。
「定期的に手入れして、たくさん子供向けの本読んで、それなりに自信持って飼育してたら、台風で停電になって一晩ですべていなくなったんだ」
少しずつ環境を整えたのに、お年玉やお小遣いで。なのに、終わりは一瞬だった。
「泣くより唖然として、悔しかった」
そして、その時に思った。たぶん、いまは、もうあるかなあ?
「最初の一滴だけで、延々とまわるエネルギーが欲しい。だって、大河も最初の一滴。水面にも最初の一滴。そのわずかな一滴が、ずーっと循環し続けてる」
「…比べたの?水槽と?」
その時点で、なんかもう私と違うけど。新しい濾過システムや停電用のバッテリーとか、買ったらいいだけじゃ?
「だって、それだと、理解できない」
「説明書をよんだら?」
「説明書は説明書だから、誰かの答えで自分の答えじゃないよ?」
「ー真央、熱帯魚はもう飼わないようにね?」
つい私は真央に言ってた。
「飼わないよ。だけど、その熱帯魚がきっかけで、私は、雨に興味をもったんだ。わかる?」
「ーわからない」
私は素直に首をふった。私はより良い既製品を探していく気がする。
真央が指をさす。星空を。
「私がどの星を指差してるか、わかる?」
私は言われて星空を見たけど、輝きはたくさんあって、それぞれ違うけど、
ーSTAR。
そう村上くんは、言ってたけど、私にはわからない。
たくさん星が見えてる。
「ごめん。わからないよ?」
「だから、明日菜はSTARだよ?」
「えっ?」
「ーって、私や村上が勝手に思うけど、でもね?明日菜が私たちのことを考えて、私や村上のために東京に行くなら、やめて?」
…見たくないなら、私だけでも見せないで、あげられる。
そう思ったのは、たしかに私だ。ドキッとする。
だって、
ー楽だもん。
真央や村上くんを言い訳に進路を決めれる。だって、なにか辛いことがあったら、真央や村上くんのせいにできるし、
ー見せたくない。
は、自己保身のいいわけ。
「村上は明日菜に言えないし、言わないからさ?私が言うね?明日菜」
「真央は、どうしたいの?」
つい、少しイラッとしてしまう。そんなこと言っても、もうなんか動いちゃってる。
ー彼氏がいてもいいのなら。
いても、いいから。
返事しちゃってる。東京に行くまでのわずかな時間でも、
ー村上くんは、私の彼氏。
それだけは変わらないよ?
「村上は東京に行っても、明日菜を見つけだすよ?私も、見つけるよ?私たちはこの星空で、明日菜をみてるんだよ?」
「ーいまの、私にはわからないよ?真央」
「うん。でも、これだけは、忘れないで?明日菜。私たちはこの星空で」
ー明日菜を見つける。
そう真央がやさしく笑った。




