スカウト 春馬 ③
「じゃあ、私は彼女に用があるから」
そう加納さんが言って、わいわいうるさい輪の中に戻っていく。
代わりに黄原が、やっと抜け出してきた。めずらしく、興奮した顔で言う。
「春馬!おまえ、やっぱり、神城を知ってるじゃないか!しかも、俺よりもよく!」
ーへんな味の飴玉を、食べることなら、知ってる。あとは、いじめられてるくせに、慣れたようにみえて、全然、なれるどころか、傷ついてることも、知ってる。
だって、ずーっと、見てきたんだ。あの冬の屋上からずーっとみてきたんだ。
ただ、
「俺って、黄原以上に神城のことを知ってるのか?」
まったくそうは、思えないけど?不思議に思ってきいたら、となりで、柴原が口をひらく。
「黄原たちの知らない明日菜を、村上は、気づいてあげたから、明日菜の心を動かしたんだよね?」
「それは、柴原もじゃね?」
「私は、いま、だよ?明日菜の視界に入れたの」
「神さまのサイコロは?」
「私には、明日菜がとめた?かなあ」
ふーん。柴原はそっちにとったんだ。俺は違う取り方したよなあ。けど、たしかに?柴原の考えもありだろう。
柴原は俺をじっとみて、
「村上は自分で選んだ?」
「さすが、柴原だ」
怖いくらい、こっち側だな?こいつ。それなら、俺がいま思ってる柴原の感情もあたりだろう。
「お前は、それでいいのか?」
「あんたが、言うの?」
「だな?」
「だよ?」
「じゃあ?」
「だね?」
そっか。やっぱり。変わらないよなあ。けど、それでいいんだろう。
ーもう目の前で、神城のイジメを見ることは、なくなる。
ホタル傘も、ラッシーのクロックスもなくなる。俺は無意識にポケットの飴玉をにぎる。
この変な飴玉を、もう食べない。手にしない。
「忘れてない?村上?」
柴原が言う。少しだけ、笑って,でも、めずらしく表情がよめない。柴原自身がわからないって顔だ。
なんだ?珍しいな?素直にそう思う。俺にとっては、柴原は、兄貴より頭よくて、でも、兄貴より俺に近い存在だ。
よくわからないけど、神城がいなくなるのは、胸にぽっかりなんか隙間があいて、神城がいた真冬の屋上の風がビュービュー音をたて、下手したら心のなかで竜巻おこしでる気もするけど、
ー電信柱にしがみついてでも、そこに、柴原は、いるんだろ?
柴原の実家は、地元で有名な和菓子店で、うちの親父は役所勤めの公務員。
「私はいるよ?村上もでしょ?」
「…ああ」
いつかはこの心にいま襲うものすごい渦巻きを、俺はおさえこめるのかな?
ー神城と離れたら、わかるんだろうか?
「あっ、そうだ。村上?」
ぽんって、柴原が手を叩いた。俺はつい上をみそうになり、
「あめも槍もふらないから、ついでに、槍降ってきても、いまのビニール傘は透明だから、バレちゃうよ?」
誰にだ?まあ、そりゃあ,そうだけど。
「一応、言っておくね?おめでとう」
「一応、聞いておくな?何がだ?」
「明日菜とのカップル成立?」
「…監督命令?」
もはや俺には柴原は監督だ。コーチもかねて、キャプテンもかねてる。
俺、柴原追いかけていけば、道外さない?
そうぼんやり思ってきいた。
「再試合だよ?」
「監督命令ならきくよ?ポジションは?」
「キーパー。明日菜のどんなシュートも受け止めてね?」
「野球じゃねーのかよ?」
「うん、いま、変えた」
「自由だな?しかも、それだと、神城に点がはいらない」
「そう?明日菜はゴールを決めると思うけどなあ?」
だって、サッカーにはPKがある。
そう笑う柴原は、ほんとうに楽しげで、けど、さびしげで、
ーあの時のサイコロを俺は選んだけど。
明日菜がとめたよ?
ふられてないサイコロだったなら、俺の伸ばした手は何をつかんだんだ?
そう思いながら、
ーカップル成立?
「げ、マジか?」
思わずつぶやいた。俺、さっきのスカウトの人に否定しようにも、
神城がスカウトうける条件が、
ー彼氏がいてもいいのなら?
俺がOKしないと、意味なくない⁈
「明日菜って、すごいよねー?」
って、柴原が半分あきれて言うが、
「短気すぎないか?」
「同意」
って肩をすくませる柴原のわきで、黄原が首を傾げる。
「春馬は柴原と神城のどっちと付き合うんだ?」
俺はチラッと柴原をみて、柴原がニヤリと人の悪い表情をした。
「私の彼氏になる?」
「俺は浮気しない主義だ」
まあ、人の思いなんか一生続く、ってほどファンタジーな思考もしてないけど、その時は別れを選ぶだろうけど。
ーそもそも別れが、もう決まってるよな?
「神城が東京に行くまで、逃げ犬になるさ?」
噛まれるのは、痛いから逃げまくる。が、神城のそばにはリードなくてもいてやるよ?
ホタル傘が直接渡していい傘になるだけだ。クロックスは、
ー俺も用意するかな?
ふしんそうに俺をみる黄原に言った。
「俺が神城明日菜の彼氏だよ」
…って、神城が言ってるし?
って、内心でつけくわえたら、柴原が爆笑していた。




