竜生 ③
昨日から弟の春馬が、修学旅行に行ってる。一応、さすがにアイツでも、スマホは持って行った。
アイツの場合、迷子なったら、そのまま担任や、誰にも連絡せずに、この南九州の片田舎に、帰ってきそうだ。
ーってか、絶対に、帰ってくる。
アイツにかぎり、黙って失踪はない気がする。帰巣本能そのままだ。
この場所がアイツの巣かは、わからないけど、こっそり母さんが、財布にいれた額は、福岡から南九州のこの場所に帰れる交通費より、やや多めだ。
まあ、交通費としてじゃない使い道でも、いいだろう。実際、俺も修学旅行は多めに持って行って、好き勝手していた。
春馬は性格というか、決められたルール通りの額を持っていくが、母さんには、信用がないらしい。
というか、はぐれたら、なんか修学旅行に、戻らない気もする。春馬は男だからまだいいけど。
はぐれメタルみたいに危険感じたら、逃げそうだしな?
春馬の足は速い。
母さんは春馬がいなくて、ソワソワしてる。親父もなんとなく、心配してる。
ー目をはなすと、何をしでかすか、わからない。
そう心配してるが、まあ、俺は春馬を見ていて、
ー修学旅行を、すっぼかして、帰ってくる、くらいじゃないか?スマホは、もって行ったし、たぶん大丈夫じゃないか?
くらいの認識だけれど、親父たちは、そのスマホを持ち歩くか心配らしい。
下手したら小学生から、もう生活習慣みたいに、スマホはあるけど、春馬はそうじゃない。
春馬自身はなくても平気で、ただ親父たちが持たせた。親父たちが安心するため。
ー春馬には、キッズ携帯でよくないか?
まあ、たまーに、検索したり、流れで変な動画をみてるから、春馬なりに活用してるらしい。
俺には、春馬がなにに、興味をもつかわからないしなあ。サッカーも、サッカーボールが好きだったみたいだしなあ?
春馬の部屋は、わりときれいにかたづいてる。が、工作用具ばかりだ。
流行りの漫画は、たぶん、幼なじみの黄原が読めと渡したやつだろう。
ただ流行りのやつだ。黄原は乱読派で、いろんなジャンルを読みあさるやつだから、春馬にあわせて、わりと本を渡している。
ある意味で黄原のおかげで、春馬は世の中の流れを知っている。
ニュースも朝、親父たちがつけているから、耳には入ってるみたいだけど。
ーやっぱり、俺には、春馬がわからない。わからないけど、俺の弟だ。
母さんも親父も、なにも言わないし、じぃちゃんが、
ーおまえは、おまえの生きたい道を、選びなさい。春馬は、大丈夫だから。
そう言われてもなあ?
ー春馬は弟だ。俺はアイツの兄貴だって、思うんだ。他人からみたら、俺は優等生らしいが、なんとなく春馬がいるから、そう育ったはある。
いつも怒られている春馬に対して、優越感なのか、劣等感なのか、春馬を怒る母親に、対しての怒りなのかは、わからない。
春馬はじぃちゃんっ子で、間違いないけど、いま思うと、わりとじぃちゃんは、俺とも遊んでくれた。
春馬とは違う遊びで、春馬は派手すぎる。逆にいうと、俺相手には、あんな遊び方させず、母さんもじぃちゃんに怒らない。
春馬は母さんのいう事は、わかってないが、じぃちゃんが言ったことは、理解していた。
正直、春馬の世界には、じぃちゃんがいたら、他はいらなかったんじゃないか?って思う。
じぃちゃんがいなくなって、春馬の世界に、誰が存在してるのかは、いまいち、わからない、
ラッシーがいるのは、たしかだよなあ。
ー俺は、ラッシーより下かよ?
春馬が修学旅行に行ってる間は、俺が散歩するけど。ラッシーは、ラッシーだよなあ?
ラッシーはじぃちゃんに似てる。もともと春馬が学校とかに行ってる間はじぃちゃんがみていた。
修学旅行中は、母さんが餌をあげてるけど、母さんはあまりラッシーを飼いたくないは、あったみたいだ。
春馬の世界にラッシーが入ると、また自分から遠ざかる、って思ったらしい。そういつか親父が言っていた。
その時に思ったのは、
ー俺も春馬の世界に、いないのか。
ただ、それなら、やっぱり、
ー俺がどうにかしてやる。だって、俺は、春馬のお兄ちゃんだ。
幼い春馬は俺をお兄ちゃん、と呼んでたけど、春馬と同じく幼かった俺は、その頃みていた漫画の影響もあり、
ー兄貴だ?春馬。
って教えてた。女子はなんか違うけど、まわりの男子は徐々にパパママから、父さん、母さんに変わって、僕から俺に変わる頃だった。
俺も春馬もはじまりは、僕だった。まあ、同級生は身内と外で使い分けしてるやつもいたけど、俺は春馬にも徹底した。
というか、
ーうらやましい、は、あったんだ。
まわりの兄弟は、喧嘩しながらも、遊びは同じだから。
ー春馬は違うから。
俺が春馬を巻き込んで遊ぶは、あるけど、春馬からは、なかった。癇癪はあったけど、春馬がオレに対して癇癪かは、わからない。
「ラッシー、散歩してくる」
そう居間で九州のローカルテレビをみてる母さんに声をかける。福岡が映ってた。生中継らしい。母さんが真剣にその映像をみてるから、つい言ってた。
「春馬なら、明日、帰ってくるよ?」
ー俺の時も、そんなに心配してくれた?
ふとよぎる気持ちをおしころす。もうわかってる。うちの中心は、いつだって、
ー春馬だ。
春馬は俺の弟だ。俺は兄だぞ?
バカみたいに、すねるな?これ以上、母さんを困らせるな?春馬を守るんだ。
ー春馬は、だいじょうぶだよ?
おまえはお前の道を、生きていけ。
そう言ったじぃちゃんは、
ーあっけなく、死んだじゃん?
あの日、ただラッシーと、一緒に穴を掘っていた春馬。
花火の煙を見上げていた春馬。ただ、そのまま消えちまいそうだと、思って、
ーそれだけは、イヤなんだ。
春馬は俺の弟だ。
弟、なんだ。って思うのに、最近ますます春馬がわからない。
俺の問いかけに、母さんは気づかないくらいテレビをみていて、
ーああ、やっぱり、母さんは春馬なんだ。
やるせない気持ちになった時、俺のスマホが振動した。




