二日目 明日菜 ⑤
私は、思わず足を止めていた。
みんながクレープを買うとき、柴原さんの食べたいものを、きいてなかったから、ひとり柴原さんのもとにもどりかけて、見てしまった。
柴原さんに、自販機で買ったミネラルウォーターを渡す村上くんと、彼が口をつけたコーラーをのむ柴原さんを。
ーまるで、カップルみたいだ。
えっ?なんで?どうして?
ふたりか仲がいいのは、なんとなく、みていてわかる。でも、柴原さんの彼氏は、赤木くんだよね?
なんで柴原さんは、村上くんのコーラーを、いまのんだの?
私なら、彼氏がいたら、しないよ?
だって、かりに友人でも、異性じゃなくても躊躇する。兄弟でも、お兄ちゃんは嫌だけど、お姉ちゃんなら、まだいいけど。
ーふたりの関係って、なに?
笑顔は柴原さんだけで、村上くんは淡々とした表情だけど、村上くんは、柴原さんから受け取ったペットボトルに、口をつけてないけど。
「ー柴原はよくわからないけど、春馬は、わかってないから、大丈夫だよ?神城さん」
背後から、いきなり声をかけられて、ビックリした。ふりかえったら、存在感の薄そうな黄原くんがいる。
私からみたら、だけど。
クラスの女子からしたら、村上くんの方が、存在感がうすいらしい。
なんでだろ?
黄原くんは、赤木くんたちより、物静かだけど、会話に参加してる。いま私たちについて来てくれたのも、たぶん、女子だけで、何かあったら心配だから?
だとしたら、村上くんが、ひとり公園に残った柴原さんに、ついてるのもわかるけど…。
私はなぜかカラカラになった唇を舌で湿らせる。それでも黄原くんに問いかける声は、少しかすれたけど。
「ねぇ、黄原くん?」
「なに?」
「柴原さんの彼氏ってー」
「赤木だよ?春馬じゃないし、春馬にも、たぶん柴原にも、そういう感情ないから、大丈夫だよ?神城さん」
私の言葉を、途中でさえぎり、黄原くんが真面目な顔で、キッパリ否定した。
「柴原の考えていることは、いまいち、俺にもわかんないけど、一応、幼なじみとして、春馬ならわかる」
「…仲良いんだね?」
「俺は春馬の親友だと思ってるけど、あいつはどうだかな?」
黄原くんが肩をすくめた。そして、少しさびしそうに、柴原さんと話す村上くんをみる。
「じぃさんが生きていた頃の春馬は、まだ笑ってたけどなあ。春馬にいろんな事をあそびながら、教えていってたんだ。まあ、やり過ぎだけど、じいさん自体は、俺たちと変わらない思考してた、かな?」
「変わらない思考?」
私は不思議に思って問いかけたけど、黄原くんは、それにはふれずに続けた。
「俺は、わりと神城さんと春馬って、お似合いだって、思ってるんだ。神城さん、春馬を知ってるよな?」
「…今日、はじめて会ったよ?」
「じゃあ、質問をかえるよ。春馬の存在に気づいてたよな?あいつ、冬から行動が変なんだ」
冬と言われて、私の鼓動がはねる。
ーあの日、だ。
あの日から、はじまった、ストーカー。たくさんの見えないアシスト。
ホタル傘。儚く淡くただユラユラと、南九州の片田舎のゲンジボタルはひかる。
私の記憶にはないけど、むかし見に行ったって、お母さんは言っていた。
ホタルがいるから、フラッシュはたけなくて、写真も動画もないけど、幼い私は笑ってたらしい。
お姉ちゃんは、雨の日に現れるから、カエルって呼んでるけど、クロックスは、雨の日以外も現れてる。
「あの春馬が、いつもキョロキョロしてるんだよなあ。ソワソワとかじゃないんだけど。たまに考えこんだり、ダッシュしたり?最近じゃ見なくなった行動だからさ、あれ、神城さんと、なんか関係あるよね?落とし物いれの傘とか」
「…きょう、はじめて、会った人だよ?」
会話だって、ろくにまだしてない。視界に柴原さんと村上くんを、ずっととらえてるけど、私はまだ会話もろくにしていない。
ー村上くんが近づいてこない。
私のまわりにいるのは、赤木くんたちだ。
ー私には、近づかないくせに。
モヤモヤした気持ちがイライラにかわる。
ーもう知らない!
なんだかスネた気分だ。わかってる、自分から、お礼を言わなくちゃダメなことくらい、わかってる。
「ーなんで初対面からこじらせ、なんだ?」
「知らない。もどろう?黄原くん」
私はクレープ屋さんに、戻ろうとして、足をまたとめる。こちらにくる班の子達に気づいた。
ー向こうは気づいてない。
「もー、明日菜どこ行ったの?」
「黄原もいないし、また告白されてるんじゃないの?」
「ああ、なるほど。モテると大変だね?あんなオタクまで引き寄せちゃうなんて」
「いつか逆恨みで事件とかありそうだよね?」
「いやだよ?出身言えなくなるじゃん」
キャハハ、って笑ってる。
「ーなんだ、あれ?アイツら、アニメや漫画みないのか?流行ったら、映画とか行ってるよな?」
黄原くんがあきれてるけど、
「ーごめんなさい」
私を追いかけてこなかったら、黄原くんは、こんな言われ方をしていない。
「神城さんのせいじゃないだろ?俺がオタクなのは、たぶん、たしかだ。春馬は、次世代の開拓者って言うけど、アイツだけしか言わないしな」
ーオタクの集中力と知識量は、毎回、圧倒される。
その世界の広辞苑みたいだ。
ネットワークも素晴らしい、って思うけど、黄原くんは、
「まあ春馬以外とも会話するから、いいんだけどな、俺は。春馬もリアルだろうし。リアルの生活があっての、オンラインで漫画やゲームってわかってるから、俺はいいけど」
知らない土地で、ひとりで、ずーっとゲームばかりしていたら、なんだかふわふわした気分になった。
そう言うヤツも知ってると、黄原くんは言った。
「災害時の情報の大切さ、って、ほんとうに、大切だよなあ。けど、大災害時にネットで、ふつうなら見抜けるデマが拡散する時代は、いつだってもう止められないって、俺は去年思った」
ーだって、それがパニックだ。集団心理だ。
「パニックでもない平和な地域の修学旅行で、これだしな?女子って大変だな」
「男の子たちには、ない、みたいな言い方だね?」
「いや、ネット化し続けていくから、逆に叩き合うのは、男じゃないか?というか、あの世界に男女は、関係ないと思う。へたしたら、老若男女問わず?新たな時代だよなあ」
言いたい放題だな?って黄原くんが眉をひそめる。だって、その子たちは、柴原さんの話に切り替えたからだ。
「神城さんもだけど、真央もわりと個人プレイばかりだよね?」
「ラッキーだけど、違うクラスの彼氏と班行動は、ないよね?たしかに」
「成績トップだから、誰も言わないけど、真央って、よくわからないよね?」
「赤木なんかと、やったら、小さな田舎でアイツの口から話もられまくって、広がってくよね?」
「真央の家、お金持ちだから、もみ消せるんじゃない?頭よくて、金持ちで、美人だけど」
「真央って、あんまり一緒にいて、楽しくないよね?」
「頭いいから、べんりだから、一緒にいるけど。真央いたら、スムーズだし、押しつけても文句言わないしね」
「小学生の頃、先生に意味不明な質問ばかりして、黙ってろ!いまは習わないって怒られてたよ?当時から変わってたよね?」
「やたら、村上に最近、まとわりついてるけど、竜生先輩狙いだったりして」
「真央なら.真面目な竜生先輩落とすために、赤木とやりそうだね?」
「うわっ、最低じゃん、真央」
キャハハって笑ってる。
「ーいいのか?あれ?」
「放っておくのが、正解だよ?あの子たち、あの中でだれかひとりはなれたら、すぐに、今度は、その子の悪口はじめるから」
いつも相談された。
ー私のことを、離れたら悪口すぐ言われてショックだった。
ふつうに、
ーそういうグループにいるじゃん?貴方も言いまくりじゃん?なにいまさら、言うんだろ?本気ですか?
みてるかぎり、ずーっと、誰かの悪口か噂話でしか会話が成立してない。
たまに本気で言われる。相談されても、
ーいや、そういうグループで、逆に言われないならおかしい。
本気で言ってるの⁈
が、本音で、
ーもはやライフワークと、性格だから、治らない。離れるか、もどるか、しかない。
ただ、その手の人たちは群れでしか、行動できない。だって、悪口言うには相手がいる。
いまは、まだかなあ?
ーネットで、世界は違う悪口に変わっていくのかな?
無差別テロみたい?
私が願うのは、ひとつだけだ。
「黄原くんー」
「言わないよ?柴原にも春馬にも。赤木たちは一緒になって言うヤツだから、無理だけど」
いつのまにか、柴原さんに対しての、さっきのイライラが心配に変わっていた。




