二日目 明日菜 3
ー忘れてたわけじゃないけど。
私は目立つ。
それは、学校だけじゃない。
ーねえ、あの子。
ーうん、芸能人かなあ?
ーいちおう、撮っておくか。
ーかわいいしな。
耳にかすかに届く声と、視線。それは、肉眼とも限らないから、
ー柴原さんが爆笑していた。
「あははは!めちゃくちゃ証拠写真ばかりじゃん?これじゃあ、村上、逃げようがないよね?」
お腹を抱えて笑ってる。そう、私がかつてないくらい悲鳴をあげたせいで、彼、
ー村上春馬、くん、は、現在、教師に怒られていて、せっかくの学業の神様にもあえてない。
いまは、ほとんどの子が高校に行くから、受験の御守りってほしい、のかな?
お兄ちゃんにも、お姉ちゃんにも、あげたけど。素直に頑張ってるから、叶ってほしいって思ってだけど。
いま、目の前にしたら、不思議な気分になる。私は将来、なにに、なりたいのかな?
女子校を選ぶは、決めてるけど。
その時点で、彼、とは違うけど。
ー彼が生きたい学校に、いけたらいいな?
私は五円玉を賽銭箱にいれながら、そう願ってた。私には、いまは、まだ行きたい具体的な学校や職業がない。
小さな頃は、素直に、お母さんみたいになりたい、って思ってた気もするけど。
ーお父さんや、お兄ちゃん、になりたいは、なかったなあ。
年が離れたお兄ちゃんは、私には、お姉ちゃんより、すこしだけ、遠い存在の兄姉になる。
彼も弟だよね?昨日、同じ部屋の子たちが言っていた話を思い出す。顔立ちは似てると言ってたけど、
ーわからない、よ?
その噂があの冬の屋上を生み出したは、わかるけど。嫉妬はときに狂気を呼び起こす。
ううん?
ー狂嬉?
それとも、
ー強気?
ひとりなら、やるのかな?
ー大爆笑してる柴原さんは、ひとりでも、やれるかなあ?
そもそも、あれって、
「笑いすぎだろ?柴原。そもそも、お前が春馬を走らせたからだろ?」
黄原くん?だったかな?が、不機嫌そうに言ってる。彼は心配そうに、村上くんをみていた。
赤木くんたちは、お守り買いに他の女子たちと行ってる。赤木くんが、教師にスマホを得意げにみせていた。証拠写真を、しかも動画で撮ってたけど。
柴原さんが悪ノリして、赤木くんに動画を自分のスマホに送らせて、操作間違えて、赤木くんのスマホから消したみたいだけど。
ーアイツ、SD保存とかしないから、簡単にデリートできるんだ。
って柴原さんは、笑ったけど、赤木くんたちを、止めはしなかった。
「明日菜が着てる下着の色が、みんなにバレたわけだし、女の子には、心の傷として残るから、村上には反省してもらわないとダメじゃない?」
「お前、春馬がまたそういうことするー、よな?」
あいつ、絶対、やりそうだ、って複雑そうに黄原くんが言う。
そして、急に居心地悪そうに、耳を赤くしながら、私から目線をそらした。
「神城、ごめんな?アイツに、悪気なかったって言うか、俺もアイツが、あんな悪ふざけするとは、思わなかったし」
となりで柴原さんが肩をすくめた。
「悪ふざけ、ねえ」
「あいつ、じいさんが亡くなるまでは、わりとイタズラばかりしてたし」
言いにくそうに、黄原くんが言った。
「おじいさんが亡くなったの?」
柴原さんがきく。黄原くんがうなずく。
「すこし変わったじいさんだったな。亡くなってから、春馬は、あまり笑わなくなってた」
「そう?笑ってるけど?」
「ー柴原は、アイツ側だろ?」
「黄原、よくわかってるね?」
「まあ、たまに、ヒーローでも、ラスボスにもある、陰キャラ代表みたいなヤツらだしな」
「バグだらけのくせに、ハイスペック?」
「バクテリアに食われても、生き残ってそうだな?柴原は?」
黄原くんの言葉に、私はつい口にだした。
「違うよ?生きていくしか、ないんだよ?」
ふたりの会話はさっぱりわからないけど、でも、物心ついた時から、いつもあった視線は、決して、ふつうには体験しないはず、だったから。
だから、わかるよ?
ーもう、それが世界、なんだ。
そう理解してしまうんだ。
ーけど、
誰も悪くない。
そう思ってしまう。私を屋上に閉じ込めた人たちは、きっと、
あの日、私が考えたことを、
ー思いつかない。
けど、逆はどう?
あの日、私は、何をどうすれば、よかったんだろ?
そして、いま、は?
ふと視界にはいる教師に、捕まってる村上くん。
あの日から、はじまった、たくさんの、
ーストーカー。
まさか、スカートのなかまで、見られると、思わなかったけど。
まさか、
文字入れ替えたら、なんか、似ていて、そうなったけど。
ただ、柴原さんと同じなら、
「柴原さんと、同じ高校いくの?」
「まさか?」
って、黄原くんは言ったけど、
「あっ、それ、面白いね」
柴原さんが、目をキラキラさせた。
「リアル、シュミレーションゲーム?」
「それを言うなら、育成じゃね?むりじゃないか?春馬じいちゃん亡くしてから、やる気ないぞ?」
「まあ、私はムリかもだけど、ようはおじいさんに、変わる存在さえいれば、いいんだよね?」
チラッと私を見る。黄原くんも、私を見たけど、
「…神城さんより、柴原じゃね?」
って言ったから、つい言ってた。
「柴原さんには、赤木くんがいるよ?」
「だって、村上を知らなかったし?」
柴原さんがニヤニヤ笑うけど、すぐに目をふせた。じっと地面に目を向けて、考えてる。
「ー選択肢、間違えたかな」
ー?
私はわからないから、つい黄原くんを見たけど、黄原くんも柴原さんをみて、首を傾げていた。
「友人としては、赤木より春馬だけど。女子的には、赤木じゃね?柴原、美人だけど、竜生先輩は、あわないだろうし?神城と竜生先輩なら、あり?だろうけど」
「ーなんでみんな、先輩と私、なの?」
「「お似合いだから」」
柴原さんと黄原くんの声がシンクロして、私はひとり、
ーバク?
って思った。
視界の隅で、ようやく村上くんが、教師から解放されていた。