春馬と、星
三連水車を見学後、バスは予定通りに、今日泊まる場所についた。
俺たちはそれぞれ、二班くらいにわかれて、部屋に泊まる。
ふと目に入ってきたのは、違うバスだった。
だけど、俺はすぐに目を逸らす。
ーどうせ、明日まで、だろ?
それなら、もう見ない方がいい。
見ない方が、楽だ。
俺は、バスから目をそらすように、空をみあげる。
バスは予定通りについたから、まだ夕方まえだった。
5月は、夕方ども、もう空はわりと明るいけど、
ーそっかあ。太陽の光がちがうなあ。
陽射しがちがう。
同じ九州なのに、こんなにちがうのかな?
不思議な気分で空をみあげる。
最近、ちらほらときくようになった宇宙ごみ。
いつか、それに怒って宇宙人が攻めてくるのか?
南九州の片田舎。
親父がもらってきた半世紀前のミザール。
架台がしっかりしていて、けど、木の三脚も、ファインダーも、経年劣化がやっぱりあって、だけど、俺がつくる百均の望遠鏡より、はっきりと夜空を映しだす。
ただ、あの円形が不思議で。
ただ、あの光景が不思議で。
ただ、
とおい宇宙には、さ?
きっと、宇宙人がいて、さ?
ーそれは、異世界人、と、なにが違うんだろ?
そういえば、あいつを初めて見た日。
さむい冬の日。
夕方は雪がチラついて、風もあって、バットを持つ手は、かじかんで。
ただ、寒い。
ほんとうに、寒かった。
たくさん、なんか、嫌だったんだ。
ただ、
ー嫌だったんだ。
あの時、俺は、
ー柴原に、きっと、嫉妬じみた感情を描いた。
俺が、行きたかった。
いまは、そうわかる。
俺はあの時とは、違う、夕暮れでもないあたたかな初夏の日差しに、空をみつめる。
あの日、どうしても眠れなくて、
ーもっと気温がさがった夜のベランダにでた。
雪はもうやんで、けど、空には雲がかかっていた。
だけど、その雲は、少しうすくて、肉眼じゃはっきりしなかったから、かじかんだ手で、重たいミザールをとりだした。
ほんとうは、庭から見たかったけど、その日に限って、異世界人が俺にたくさん話しかけてきた。
だから、庭には、でたくない。
親父にも、異世界人がなんか俺の様子が変だと言って、兄貴は、
ー変わらない。
って一言だけ言っていた。
親父も俺をみて、
ーとくに変わらない。
そう言って、
異世界人だけが、
ー熱でもあるの?
と言ってた。食事だってふつうに食べたのに。
帰りは少し遅くなったけど、その分、ラッシーの散歩は、長く歩いたし。
ラッシーは、長毛種で、寒い地域原産の血が流れてる。
だからか、夏より冬にわりと元気にしている。
し、夜に庭にでたら、ラッシーが反応するよあな。
そう思いながら、ベランダにミザールをだした。
星雲やガスとか、とても見れないけど、なにより、雪空だけど、
ー俺はそらにむけて、ミザールをのぞいた。
古びたにおいが残るミザール。
いまは、違うメーカーが望遠鏡の主流だけど、お小遣いだと少し厳しいし、お年玉ならいけるけど、なんとなくミザールがあるなら、もう少しだけ、
ミザールで、見ていたい。
歪んだファインダー。
倍率は低い。
ただ、架台はしっかりしていて、木の三脚は古くて、微妙な角度の調整は、難しい。
だって、三脚がよわい。
弱いけど、発泡スチロールとかをかませれたら、いけるだろうけど。
100均便利だけど、
ーこのままで、いい。
なぜか、そう思う。
じいちゃんと一緒にみがいたミザール。
じいちゃんは星に興味なくて、空はあまり好きじゃないとも言ってた。
飛行機の音はきらいで、だけど、
ーばあさんは、好きだったなあ。
懐かしそうに話していた。
俺は知らないばあちゃんの話。
大切な人をなくす哀しみを、俺はまだ知らない。
じぃちゃんが死んだ日。
ただ、俺は、なんもできなかった。ラッシーとばあちゃんが好きだという青空に、煙に、ただ、
ーなんにもできなかった、
悔しくて、下唇を前歯で噛む。
今日だって、俺はアイツをただ見つけただけだ、
助けたのはあの女子と、あの俺だって、きらいな教師だ。
ーあの日、柴原がいてくれて、よかった。
のは、たしかだな。
かじかんだ手で、吐く息は白くて、となりの部屋の兄貴はまだ勉強をしていた。
兄貴は受験生じゃないけど、この地域でいちばんいい高校を目標にしてる。
そのために努力できる。
サッカーだって、なんだって、
ー兄貴は、器用なだけじゃない。ちゃんと教科書を教科書だと理解できる。努力する。
俺にはできない。
だから、素直にすごいと思う。
あの日、兄貴がアイツをみつけたら、どうしたんだろ?
やっぱり、小説や漫画やドラマのヒーローのように、かっこよく、助けるのかな?
兄貴はアイツのこと、知ってた?
兄貴なら知ってるかあ。兄貴の交友関係はひろいしなあ。
チラッと俺の机をみる。
あるのは、教科書じゃない。
作りかけの100均の望遠鏡。
ガリレオ式とケプラー式。
だけど、さ?
はじめてミザールをみながら、じぃちゃんが言ってた。
俺が知らないばあちゃんは、カロライン、ハーシェルさんに憧れていた。
あの人たちがみていた世界は、
手作り望遠鏡の中にあるのかな?
せっかく重たいミザールをベランダにだしたけど。
空は、雪空だけど。
机の上に置いていた、100均で作ったルーペと老眼鏡、お菓子箱。
100きんだから、うまく焦点計算ができないから、感覚で作ったけど、月のクレーターをはっきりまでは、まだまだだけど。
窓のそとは、ただ寒くて。
目の前には、半世紀前のミザールがあるけど。
ど素人の俺が作ったやつは、
だけど、
寒い冬。
その年の、その時期での最低気温を、記録した日。
ーアイツみたいに、
ただ、100きんで手作りした望遠鏡を空にかざしたら。
ー肉眼では見えない星が、
みえたんだ。




