土管家族
「……そしたら、言うわけよ。"狐が見える"って……」
「「狐?」」
俺と佐藤が声を揃える。
「……そう、狐。俺もなんだよって思ったんだけど、ばあちゃんは"お稲荷さんだ"って俺の手を引いて慌てて外へ出て行くわけ。そして裏庭にある祠の扉を開けると……」
──ごくり
「タケノコが生えていたんだよ。祭壇を押しのけて……」
怪談でタケノコはないだろ……。
「……ばあちゃんはこれが原因だ! って血相を変えてタケノコを掘り起こして祭壇を直したんだよ……」
「それで、不幸な出来事は起こらなくなったのか?」
「そう。タケノコを食べたら収まった」
「「……」」
「次は富永の番だぞ」
話を終えてホッとした声色の柏村が俺に話を振った。
修学旅行の夜。同室の野郎3人は揃いも揃って眠れずに起きていた。高二にもなれば恋愛ネタの一つや二つはあるもので、お互いそれを披露したが、余計に目が冴える結果に。今度は過去の不思議な体験について話すことになったところだ。
「さて、どれにしようかなぁ」
「富永ー、はやくー」
「うーん」
柏村の催促に唸る。不思議な体験ねー。ホラーテイストじゃないから修学旅行ぽくないんだよなぁ。まっ、いいか。
「土管家族の話」
「えっ?」
つっこみ気質の柏村が早速反応するけど、まだ何も話してない。佐藤を見習って静かに聞いてほしい。
「土管家族だよ。知らないのか?」
「知らない」
「昔、小野川の河川敷に土管が幾つも置かれているところがあったんだ」
「小野川って、あの小野川?」
「そうだ。あの小野川の下流の方に土管が10も20も置かれているところがあったの。めちゃくちゃデカい土管な」
「へぇぇ」
「俺と友達はよくその土管のあるところへ遊びに行ってたんだ。ちょっとエロい大人の雑誌とかが捨てられてたりして」
「ああ。あったあった。河川敷のエロ本ね。雨に濡れてページがくっついてるんだよなぁ」
柏村がしみじみとエロ本を懐かしむ。
「で、ある時その土管のところに遊びにいったらさ、いたんだよ……」
──ごくり
「家族が」
「はははは! なんだよ、家族って!!」
「馬鹿、声デカ過ぎ。佐藤を見習え」
夜中でもお構いなしに大声で笑う柏村を注意する。
「だってよー、勿体ぶって結局、家族ってなんだよ、それ」
「だから土管家族だって。最初に言っただろ? 土管に一家で住み着いた奴等がいたんだよ」
「いや、無理っしょ。土管住めないって」
「でっかい土管だったから、大丈夫だったんだよ」
「サイズの問題?」
「実際住んでたし。ウチの小学校出身の奴等はみんな知ってるぞ」
「マジ?」
「マジだって。最初はほんと、ただの土管に住んでるだけだったんだけど、どんどんDIYで設備が充実していくんだぜ」
「なにそれ。見てるのめっちゃ楽しそう。今なら絶対Youtubeで配信するでしょ」
「ホント、そんな感じよ。扉とかもちゃんとあって"鈴木"って表札も付いてるの。拾ってきたキッチンとか土管に横付けされてて。バスタブとかもあってさ、薪でお湯を沸かして優雅に露天風呂とかすんの。そいつら」
「かっけー! それで土管の鈴木家は何人家族だったの?」
「三人家族で、一人男の子がいたよ」
「学校とか大丈夫だったのかな?」
「ランドセルとかあったから一応行ってたんじゃない?」
「住所、小野川河川敷で学校行けるのかよ? 休んだらクラスメイトは河川敷にパン届けるの? ヤバ」
柏村はこの話を気に入ったようでノリノリだ。佐藤は……寝てそうだな。こりゃ。
「で、その土管家族は今はどうなってるの?」
「小学生の時に小野川が氾濫したの覚えてる?」
「おおお、あったね。台風で夜中に雨がやばかったやつ。まさか……」
「……あの台風の大雨以来、土管家族は土管からいなくなってしまったんだよね。土管も土砂に埋まったりしてめちゃくちゃになってたし」
「……それって、川の氾濫に巻き込まれたのかな?」
「分からないけど、テレビとかはなかっただろうから避難勧告とか知らなかったかもね」
「気になるなー。土管家族」
「俺が話せるのはここまでだよ」
とりあえず俺の番は終了でいいだろ。柏村も盛り上がってたし。
「じゃ、次は佐藤の番だけど、もう寝ちゃったかな?」
「……起きてるよ」
おっ、完全に寝てると思ってた。
「何か不思議な体験のネタある?」
「……そうだな。では──」
意外とやる気満々じゃん。佐藤。
「あの日の土管家族について話そう」
「「えっ!」」
こいつも土管家族のことを知ってるのか?
「あの台風の日。土管家族はいつも通り土管の中にいた。台風が来るってのは分かっていたけど、そんな大雨が降るなんて思っちゃいなかったんだ」
「「……」」
「父親と母親は酒飲みの楽天家でね。その日も酒を飲んでさっさと寝ちまった。残された子供は徐々に強くなる雨音が怖くてね。何度も両親を起こそうとしたけど、起きやしない」
「やっと起きた時にはもう周りは濁流に飲まれていた。懐中電灯で合図を送って助けを求めるが誰も気付いてはくれない。土管の上に退避しても水は押し寄せてくる。3人で身を寄せて耐える……」
「最初に流されたのは父親だった。2人の盾になっていたが限界を迎え、フッと糸が切れたように倒れて水に飲まれた。それを追って母親も流される」
「死にたくない。子供は暗闇の中、流れてきた何かに必死にしがみつき、ぎゅっと目をつぶった」
「次に子供が目を覚ましたのは救助用のボートの上だった。すぐに起き上がり両親の姿を探すが見当たらない。"お父さん! お母さん!"取り乱す子供を消防士が抱きしめる。両親を呼ぶ声はいつまでも続いた」
部屋がしんとなった。なんとなく黙っているのが気まずくて慌てて話し掛ける。
「佐藤はなんでその話を知っているんだ?」
「それは……」
──ごくり
「俺が土管家族の子供だったからだ!」
「えっ、でも苗字が違うじゃないか。土管家族は鈴木って苗字で──」
「親戚に引き取られて養子になったからな。俺の元の苗字は"鈴木"だ」
「「……」」
「なーんてな」
「やられたわー。佐藤、話作るの上手いなぁ」
柏村は佐藤の話を信じていたようだ。なかなか迫真の語りだったし、大したものだ。佐藤はエンターテイナーの素質があるのかもしれない。もっとも、俺は佐藤の話が作り話だと気が付いていたけどな。だって土管家族の本当の苗字は"富永"だから。