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電脳の海  作者: REI
3/3

依頼内容

 突然私たちの前に現れ、名刺に記されていた海堂蒼という名前を名乗る人物は、どうやらカーテンで仕切られている奥の給湯室から出てきたらしい。

「君が手に持っている名刺に書かれている名前は僕の事だ。初めまして、改めて僕が海堂蒼だ。ここの事務所の代表というものをやっている。とは言っても、見ての通りスタッフは僕一人だけだけどね。」

そう挨拶した男性は、おそらく彼のデスクだろうと思われるものにもたれかかった。170後半はあるであろう身長に加え、長くスラッとした足に黒のパンツをはき、上には少しオーバーサイズ気味の、ブカついたグレーのパーカーを着ている。見たところ髪もいじったりしてないようで、少し長い前髪が目にかかっている程度だ。服装だけ聞くと、少しだらしない印象を受けるかもしれないが、彼の高身長とスタイルの良さが相まって、むしろこの部屋の様に上手くバランスが取れているように思える。目の前の美少女もとい、宮島さんと同じ画角に収めるとかなり絵になりそうだ。そんなことを思いつつも、私は今だ、ハテナが浮かんだままの頭で、今度は海堂蒼と名乗る人物に質問する。

「えぇーと…。つまり彼女、いや、宮島さんはそこにいる海堂さんに何らかの仕事をお依頼したお客さんということで合ってますか?」

それなら彼女のスマートフォンの手帳型ケースに、ここの事務所の名刺が入っていても納得がいく。仕事を頼みに来た客に、挨拶代わりに名刺を渡すという行為は、何も不思議なことではない。名刺に書かれている人探しやペットの捜索という文言を見るに、恐らくこの事務所は探偵のようなことをやっているのだろう。彼女が名刺に書かれている通りの依頼をしたかどうかは、現時点ではわからないが。

 私が海堂という男からの返答を待っていると、予想していないところから声が上がった。

「このようなややこしい状況になった理由は私の方から説明してもよろしいですか。元はといえば、私が自分のスマートフォンを落としたことが原因ですし。」

「僕も現在のこの状況を見ただけじゃ全部は把握しきれないからね。宮島さんがそう言ってくれると助かるよ。君もそれでいいかい?」

海堂は宮島さんの申し出にそう答えると、私の方に目線を向けてきた。予想外なことが立て続けに、加えて、私の関与しないところで起こったため、とっさに返答を返せず黙ったままでいると、どうやらその沈黙をイエスと受け取ったのか、宮島さんが事の顛末を語りだした。

私は思わず「待って下さい!」と声を上げそうになったが、まとまりそうな話を余計ややこしくするのは躊躇われたため、半ば諦め気味に、私は聞き役に徹することにした。そして、宮島さんがゆっくりと話を始めた。



 事の発端は今からちょうど一週間前にまでさかのぼる。宮島さんは父親と母親の三人暮らしに加え、猫を一匹飼っていたらしい。名前はラスと言い、性別はオス、種類はペルシャ猫だそうだ。ここであえて、()()()()()()()()と過去形にした理由は、一週間前にその猫が逃げ出し、現在も行方が分かっていないからである。宮島さん本人を含め、それはそれは一家全員でラス君を可愛がっており(具体的な例を挙げると、ラス君の話を始めた途端、我が家の飼い猫自慢が始まり、私が話の続きを促すほどである。)、そんな一家のアイドル的存在が突然姿を消したとなったとなれば、家中大騒ぎになるのは想像に難くない。

 一家全員で連日歩いてラス君を探し回り、近所の人達にも、「見かけたら教えてください」とラス君の写真が付いた自作のチラシを渡して頼み回り、さらに、宮島さんは、自分の学校の友人にもお願いしたそうだ。だがそんな努力空しく、一向に手がかりさえも掴めないまま時間が過ぎていった。いよいよ切羽詰まった宮島さんは、昨日の夕方にこの事務所を訪れ、飼い猫の捜索を依頼したという流れらしい。すでに日が暮れかかっていたこともあり、その日は大まかな依頼内容の説明と自分の携帯電話の番号だけ伝えて、宮島さんは帰宅したそうだ。

 そしてここから、問題の今朝の出来事が関わってくる。翌日、つまり今日の朝方に、海堂の方から宮島さんの携帯に電話がかかって来た。内容は、ラス君の外見が詳しく分かる写真を持ってきてほしいという事と、今日中にはラス君の居場所がわかるだろうという旨だったらしい。宮島さんは、自分の予想をはるかに超える展開の速さに驚くと同時に、報告の内容が願ってもいない朗報だった為、思わず通話を切った瞬間、飛び上がって喜んだそうだ。そして、浮かれている間に、急がないと朝の日直当番に間に合わないことに気づいた宮島さんが、駆け足で学校に向かってたところで、私とぶつかったという流れらしい。

それだけならまだ良かったのだが、運が悪いことに、その時落とした携帯には、海堂に持ってきてほしいと頼まれていた、ラス君が映った大量の写真のデータが入っていた。学校に着いてからそのことに気がついた宮島さんが、どれほど狼狽した様子だったかは簡単に想像がつく。案の定、宮島さんが言うには、学校をどうにかして早退し、携帯を探しに行こうとまで考えたらしい。さすがにそれは駄目だと思ったのか、何とか踏みとどまった宮島さんは、放課後になると同時に、朝通った道を、目を皿にして隅々まで探した。が、結局見つからず、半ば放心状態で海堂事務所に着き、茫然としていたところに、ちょうど私が事務所を訪ねてきて、今に至るというわけだ。今日の朝を発端とした、一連の騒動の大まかな流れは大体こんな感じというわけらしい。私は長話を聞き、疲弊した頭を切り替える。さて、問題はここからだ。




事の顛末を一通り話し終えた宮島さんは、一度大きな深呼吸をした後、改まった態度で、また私にお礼を述べた。

「本当に、本当に、冬島さんが私の落とした携帯電話を拾ってくれてなかったらと考えると、、、。いくらお礼を言っても足りません。本当にありがとうございます。」

私は生き物を飼ったことは無いが、ペットは家族と言う様に、彼女にとってラス君は、私が思っている以上に大切な存在なのだろう。ここまで感謝されれば、私も嬉しさを感じずにはいられなかった。

「いえ、本当にたまたま目に付いて拾った携帯に、ここの住所が書いてあったので届けただけですよ。それより、ラス君をはやく見つけるためにも、海堂さんに写真を見せてあげてください。」

さすがの私でも、目の前の美少女にここまで感謝されれば、少しの嬉しさは感じる。だが、このまま放っておくと、いつまでも私の感謝の意を伝えかねない様子だったので、半ば強引に、話の矛先をデスクによりかかっている男性に向ける。

「そうですね、、、。お気遣い感謝します。冬島さんがそういってくださるなら。長らくお待たせしてすいません、海堂さん。ラスの写真を見てもらってもいいでしょうか?」

「もちろん。ですが、このままずっと立ち話もあれなんで、良ければソファにお掛け下さい。それから写真を見せてもらうことにしましょう。」

海堂がそう言うと、二人は部屋の中央にあるソファに、テーブルを挟む形で腰かけた。

届けるべき落とし物も本人に渡し、本来の予定通り,後は二人で話を進めればいいため、私のこれ以上の介入は必要ないだろう。そう思った私は、最後にこの場から失礼するための言葉を言おうとした瞬間、さっきソファに座ったばかりの宮島さんがまた立ち上がり、私に予想外のお願いをしてきた。

「ここまで冬島さんにお時間を取らせてしまった上で大変申し訳ないのですが、冬島さんがもし良ければ、私と一緒に話を聞いてくれませんか?ここまでやり取りしたところ、冬島さんは大変冷静な方だとお見受けしたので、もしかしたら私の気付かない所にも気付くかもしれないと思い、、、。駄目でしょうか、、、?」

まず、私のどこを見て、信頼に足る人物だと判断したのか甚だ疑問だったし、なにより大きな間違いを正しておくと、私は決して冷静なわけではない。ただ基本的に、物事に対して冷めており、必要以上に介入してしまわないよう、常に意識をフル回転させ、気を回しているだけだ。もしくは、宮島さんにはすでに何か別の考えがあり、その為に、誰か第三者の協力が必要なのではないかという邪推も一瞬頭をよぎったが、目の前にいる、あまりにもまっすぐな目をした彼女を見ると、そんな考えはすぐに霧散した。まるでお嬢様を相手にしているかのようなあまりにも丁寧な口調と、言い方を選ばないのであれば、これまでの愚直な態度を考えると、彼女に腹芸が出来るとは到底思えない。

 私は考える。仮にここで、私が宮島さんの頼みを断っても、無理に説得して来ようとはせず、彼女ならすぐに引き下がるだろう。さらに重ねて、謝辞の言葉を伝えてくるかもしれない。だが、こんなにも真っすぐな目を向けて頼み事をしてくる人を目の前にして、すぐに断りの返事ができるほど私は潔くなかった。私が決断を出せずに、口どもったままでいると、これまたさらに想定外のところから後押しの声が投げかけられた。どうやら、今日ほど私の予想があてにならない日は無いらしい。

「僕からも頼めるかな、冬島さん。こういうのは新しい視点が増えれば増えるほど、早く結論にたどり着けるものだからね。」

今までソファに座って、私と宮島さんの会話をじっと聞いていた海堂が突然口を開き、決定打となる発言をしてきた。これ以上ない味方を得た宮島さんは、一度振り返り、軽く頭を下げて海堂に感謝の意を伝えると、再度、私の方に向き直りダメ押しの一言を言った。

「私の方からも重ねてお願いします。このお礼は絶対にさせてもらうので。」

 王手だ。こうなればもう詰んでいる。これ以上もう、私に出来る手立てはないだろう。将棋なら潔く負けを認め、「参りました」と投了する場面だが、今、私がこの場で言うべき言葉は、負けを認める発言ではない。現実を受け入れるための言葉だ。私は、この場にいる誰にも聞こえないくらい小さなため息を一つした後に、言った。

「分かりました。お二人のお力になれるかどうかは保証しかねますが、もし私でよければ手伝わせて下さい。」

「本当ですか!!!ありがとうございます!!!!」

こうなってしまえば、もう乗り掛かった舟だ。いまさら降りることは出来ない。私は部屋の中心にあるソファへと歩みを進めると、海堂と目が合い、彼は小さく会釈した。毒を食らわば皿まで。せいぜい、飲み込んだ毒が劇薬でないことを祈ろう。幸いにも、まだ日は落ちそうにない。



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