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ゲス共の行く、異世界奇譚  作者: 波川 色乃
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06 彼らの日常


***


「──俺の話は以上」


 それからクラスメイトたちが結束する様子までを語った。雪が口を閉ざしても、彼らは顔を伏せたまま何も言わなかった。

 少し重い空気が流れること数十秒。沈黙を破ったのは、やはりこの男、亮だった。


「ップ、あーはっはっはっはっはっはっは! な、なにそれ、なにそれぇぇぇ。せっ、世界、世界救おうとかっ、ま、まじ? マジで言っちゃってんの真壁ぇ」


 勢いよく吹き出し、膝を叩きながらゲラゲラと下品な笑い声をあげる。お腹痛い、苦しい、と喘ぎながら、ベッドの上を転がった。


「……そっか、あの大臣やっぱだめだよね。僕的には宰相の方がイイなぁ。まあどんぐりの背比べだけどね」


 小分けのグミを一粒口に入れた廉がだよね、と相槌を打った。あの髭の老人を思い浮かべ、あちらの方がマシだったと呟く。


「……おのれ真壁、雪に馴れ馴れしく話しかけおって。貴様など雪の中では毛虫のような存在だというのにっ」


 そして貴史は、かなりおかしな方向で怒りを燃やしていた。ギリギリと親指の爪を噛み、憎々しげに虚空を睨みつける。きっとその目線の先に、真壁の爽やかスマイルを思い浮かべているのだろう。


「オイお前ら! 少しは手伝おうとか考えねぇのかよ!」


 貴史がここにはいない人物に向かって呪詛を吐いていると、大量の食材を抱えた仁が戻ってきた。ただでさえ怖い顔面を凶悪に歪め、扉を開くなりそう怒鳴った。

 前に抱えた大きな籠には、人参や玉ねぎ、じゃがいもなどのよく知る野菜と、綺麗にカットされた生肉。左腕から下がる紙袋のからは瓶の頭が覗いている。


「え、異世界なのに醤油あるの?」

「魚醤はともかく、これ大豆の方だよね」


 けれどそんな抗議は完全にスルーされ、亮たちはシンクに置かれた紙袋を興味深げに覗き込む。彼らが真っ先に食いついたのは、瓶の九分目ほどまで注がれた黒茶色の液体だ。

 亮が紙袋から引っ張り出し、珍しく興味を持ったらしい廉がコルクを抜いて香りを確認する。魚醤らしい魚臭さは感じられなかったらしく、不思議そうに首を傾げている。


「お前らほんっと自由だなぁオイ」


 額に青筋を浮かべていた仁だったが、やはり彼もこのメンバーには甘い。大きなため息をついた後、厨房で聞いたという話を教えてくれた。


「なんでも過去召喚した勇者の中に和食大好き人間がいたんだってよ。しかも相当な料理家で、醤油の作り方も知ってたらしい。流石に分量は分からなかったから、トライ&エラーで数年かけてレシピを確立させたんだと。異世界の大豆は俺らの知ってるのと少し違うらしいぜ」


 そう言った仁は、籠の中の食材を一つ一つ指差していく。


「この人参っぽいやつがキャロア、玉ねぎっぽいのがオニノウ、じゃがいもっぽいのがポタトだとよ。んで豚がオーク肉で、牛がカトゥロ肉、鶏肉はロースタ肉らしいぜ。ちなみに肉は全部魔物」


 途中までふむふむと素直に頷いていた四人だったが、最後の情報に一気に顔を引き攣らせた。


「えっ、ま、魔物? マジ?」

「ま、魔物って食べられるの?」

「じ、仁。毒とかじゃないんだよな。腹壊したりしないよな?」

「おい仁、もし雪が腹でも壊してみろ。俺は貴様を許さないからな」

「毒じゃねぇよ! この世界じゃ当たり前のように食うんだよっ!」


 ガムを破裂させ、大きく目を見開いてこちらを見る亮に、不安そうな二人。瞳孔のかっ開いた貴史にじっと目を向けられた仁は、半ギレになりながらそう叫んだ。


「なーんだ。それならそうと早く言ってよ〜」


 頭の後ろで腕を組んだ亮が呆れたようにぷぅとガムを膨らませた。


「無駄に不安にさせないでよね」


 ため息を吐き出し、口に個包装のラムネを運ぶ廉。


「そういうことは最初に言えってんだ」


 じとりと細めた目を向けてくる雪。


「全く、これだから仁は」

「「「これだから」」」


 そして最後にはやれやれと肩を竦めた貴史に続いて全員の呆れ顔。


「何なんだよお前らっ!」


 仁は中身を棚に仕舞い終えて空になった紙袋を床に叩きつけた。哀れ仁。この扱いはもう、デフォルトなのだ。



 やや不機嫌な仁だったが、それでも夕食を作ることをやめはしないらしい。こういったところが雪たちにつけ込まれる点であって懐かれる所以なのだろう。


「で? 話は終わったのかよ」


 じゃがいもの皮を包丁で剥いていた仁がふと思い出したように声を上げた。それにうとうとしている廉以外の三人が肯定した。


「終わったよん」

「一応全クラス分聞いた」

「終わったぞ」


 三人は各々のステータスを確認しているらしく、体の前に浮かんだ半透明の板を眺めている。本当に他人には見えないのか調べてみたようだが、雪のステータスプレートの文字は亮たちに見えないし、逆も然りだ。


「ふーん、そうか」

「仁はなんかないの? ネタ」


 自身のステータスプレートから顔を上げ、ぷぅとガムを膨らませた亮が話のネタを要求する。じゃがいもを乱切りにしていた仁はんーと悩む素振りを見せ、そういえばと口を開いた。


「雪、お前。もう少し自重しろよな。おかげで俺の腹筋が無駄に鍛えられる羽目になったんだからな」


 そう言った仁が語ったのは、謁見室から食堂に移動する際や寮に向かった時の雪の態度だった。

 顔を真っ青にした雪が、真壁の服の裾を握っておぼつかない足取りで歩いていた話。

 クラスでも孤立しているオタクと呼ばれる人種の男子生徒を涙目の上目遣いで誑かし、異世界召喚ものについて知っていることを全て吐かせていたこと。

 寮の衛兵に庇護欲をそそられる不安げな笑顔を見せ、あっさりと味方に引き込んでいたこと。

 仁がその三つの話を終えた時、雪は得意げな顔で笑っていた。


「っヒィーーーーー! さっ、さすが雪ぃ。さ、さいっこ、サイッコぉぉぉぉ!」


 びたんびたんとベッドの上で跳ねるのは、柔らかいマットレスをぼすぼすと殴る亮。


「んー、やっぱ雪は凄いよねぇ。その演技力といい実行できる精神といい」


 いつの間にか話を聞いていたらしい廉は、咥えていた棒付きキャンディを軽く振りながら誉めているのか微妙な感想をよこした。


「流石は雪だな! 涙目の上目遣い……。クッ、想像しただけで破壊力がっ」


 死んだ魚の目を僅かに輝かせたように見えた貴史が勝手にその雪を想像し、勝手に崩れ落ちた。


「あ、肉じゃがか出汁煮。どっちがいい?」

「「「「肉じゃが」」」」


 そんな喧騒など耳に入っていないように、仁は平然と味付けのリクエストをとった。そして四人も当然のように声を揃えて返す。

 これもまた、いつも通りの光景だ。

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