神託の巫女
イエロダサス王国は兄の武神と弟の智神の兄弟神が守護し500年の歴史の有る王国で、ウェルドアニス大陸の半分を占めている大国だ。ちなみに隣の大国は美と豊穣を司る女神が守護していると言われている。
その500年もの間、一度だけ時勢により守護する神が変わってきた。
始めの200年は兄の武神が王国の平穏を維持するために守護し、その後平穏な時代が続いていたため守護神を交代し、イエロダサス王国は智神である弟ガロテウスが300年ほど守護している。
その為神託の巫女はガロテウス自身と同じ金髪で豊満、その上知性溢れる者神託により選ばれていた。
だがここ何年かで地脈の乱れなどにより魔物が活発化。何処の領でも魔物対策に追われていた。
「一体何が起こっているのだ」
神殿長は頭を抱えた。何か大きなことが起きる前にはいつも神託があったが、今回はそれがない。
各地で神殿に治癒に訪れる冒険者や商人が増え始め、魔物に襲われた傷が元で亡くなる者が増えてきている。そしてそれに伴う病も。治癒が出来る神官の数が足りなくなってきているとの報告もある。
神殿長はガロテウスの神託の巫女に神託はあったか?と聞くが、首を横に振るばかりだ。
場を整え神託の巫女より祈りを捧げ語りかけさせるが、それにも答えはなく無言であった。
神殿長は頭を悩まし原因を必死で模索した。そしてある一つの事実に辿り着く。
もしかして、守護神が変わられたのか?
神殿長は奥の書物庫に籠って300年前の書物を読み漁り、それらしき文献を見つけた。
完全に守護神が変わったとき、神殿長に一度だけ神託があったというものだ。
神殿長は祈り、語りかけた。
『イエロダサス王国の守護神様、この異変にはどのような意味がございますか?』
敢えて名前は告げないまま、訪ねた。これよりお答え頂くのがどの神にかによって対応が変わってくる。
呼吸も忘れ固唾を呑んで待つ。
やや、間があって答えがあった。
『我武神ミトテウスが守護することになった。巫女は自分と同じ黒髪で魔力が豊富、そして行動的な女性が望ましい』
巫女の代替わりが決定した瞬間だった。
覚悟はしていたものの、その啓示を受けた神殿長は慌てた。
巫女は貴族の令嬢が多いため基本18歳になれば引退となる。その為今の巫女の年齢が17歳になった為に、次期候補として相応しいと推薦があった者が集められ、一年修行しその後その中より神託により巫女が決まるのが通例だが、それがこの瞬間から変わった。
集められた者は全員金髪の為、対象外。
しかも集められていたのは有力な貴族の娘が多かったため、すぐに候補を外し家に戻れというわけにはいかない。
それどころか、今の巫女でさえ神託が受けられないのだ。
だが一番の問題はそこではなかった。
『我の巫女はもう決めてある。そして我もそこにいる』
なんと!神はもう巫女を選んでいるという。しかも傍で見守るほどの気に入りよう。
すぐに秘密裏に啓示を受けた巫女を探さなければならない。
「出来るだけ早く巫女を探し出せ。武神ミトテウス様が守護しなければならない混乱の世が来る。多くの血が流れる前に、神託を頂かねばならない!黒髪で魔力の多いとされる10歳から15歳までが対象だ」
命を受けた神殿騎士達は各地方の神殿に神託を伝えることと、巫女を探すために馬を走らせた。
神殿長は啓示を受けた内容を王に伝えるために筆をとった。
巫女候補については、王に採決願うしか無い。
もし巫女の代替わりが認められないという戯れ言をいうのであれば、神との盟約により国とは決別する。
お布施?補助金?そんなものの為に、神に背くことなどしない。
神自身が選んだ巫女を蔑ろにする国は、いずれ滅びるのだ。
ならば民のために、その神託の巫女に王を選んで貰えば良い。
その神殿騎士の一人カール・ヴェンベリは自分が向かうセリデリア領こそ、聖女がいる場所だと確信していた。神童と噂のある黒髪の少女ヘルガ・セイデリアその名を聞いただけで、心の高鳴りとともに運命だと思えたのだ。
それに神殿長もほぼ確信していた。だからこそもしもの時を考え、密命を受けた。
そうならないことを祈りながら。
私の女神、会いに行きます!
***
あたしヘルガ・セイデリア10歳。辺境伯の一人娘だ。
その私が今何をしているかと言えば、魔物狩りだ。
「アイザック!」
「分かってますよっ!」
まずは2台ある馬車から魔物を引き離す!
辺境伯といえば聞こえだけは良いのだが、要は国の防衛職みたいなもの。深淵の森から出てくる魔物が街に近づくのを防いでいる。アビスフォレ領では魔物狩りは当たり前だ。
ただし、12歳を超えてからというのが、普通だけど。
あたし?
普通じゃないし。
物心ついた時には、自分が普通と違うという自覚があった。ただ何が違うのかは分からなかった。それが何なのかがわかったのは、あたしが7歳の時だった。そう…その年にお母様が亡くなられたことが悲しくて、お母様と一緒に花を育てていた庭で、ずっと泣き通しだったときに相棒のミトに出会った。
あれは驚いた。猫が喋りかけてくるとか普通無いでしょ?
涙も止まったわよ。
『小娘よ、何を泣いておる』
「ね、猫が喋った!」
『お主、変わった魂を持っておるな。面白い…我はおまえにしよう』
なにを?なんて尋ねる前に、黒猫が頭に手をポンと置いてよく分からない言葉が聞こえたと思ったら、ぐるりと一回転したような目眩がした。
その後だ。前世のことを思い出したのは。
―――――!!
そのお陰で涙は止まったけど、悔しさが募った。この知識があれば、お母様は助かったのではないかと。
慰めるようにミトはそれでも難しかっただろうと言った。
『我は武には秀でているが、智には疎い』
その時は意味がすぐには理解出来なかったけれど、そのあとすぐに判明した。ミトは過去の言葉で言うならば、『脳筋』と言われる部類の猫(武神)で、嘘がつけずまっすぐで潔くて、可愛い。それでもって、魔法の師匠なのだが、全属性が使えるが攻撃魔法ばかりという偏りがあった。
でもこのお陰でこの辺境の地ではとても助かっている。戦力はいくらあっても困らないのだ。
ただ王都に住んでいるお父様の親戚にはとても評判悪い。黒髪というだけで忌み嫌われていたが、少々お転婆娘になったせいもありそれに輪を掛けている。
何故黒髪が忌み嫌われているか?って。それは世の異変を知らせる色だと言われているからだ。実際に最近はどの地域も魔物が闊歩していて対応に追われている状態だから、余計なのだろう。
人格を貶めるような言葉を普通に使う貴族というのは、どの世でも居ると歴史で知っているが、そんな者たちがどの世でも忌み嫌われているということを知らないのは、ある意味可哀そうだよね?と思えば、腹も立たない。
『魔の色』とか『闇の者』とか、まあ好き勝手に言ってるよ。
自分たちが出来ないことを出来るものをあれこれ言うのは、世の常だ。
それに…まあ、あたしの場合これが「チート」という部類の力だと知っているから、ね。
でも、神に気に入られる邂逅するというのも能力だと思うよね。
『縁』や『運』は自分で引き寄せてくる者だから。
それはそれで置いといて。
ただ容姿的には大人しく辺境伯の娘としてしおらしくしておけば、それなりに見られるんだよ?
全体的に以前の自分に似ているけど、もちろんこっちの方が容姿は優れている。これが貴族補正というやつで、お母様が美人だったから有り難いことにDNAを引き付いたのと思うけど。
それに生死がかかっている生活の中で、教養やマナー容姿などあまり役に立たない。最低限のことが出来れば良いの。
――と言い訳ばかりしているから、余計にだと思う。侍女にはもうちょっとおしとやかにと言われるけれど、お父様は元気があって良い!って言って下さるし。元々あまり興味の無かった貴族生活ドレスやメイクなど更に目もくれなくなった。
きっと7歳という年齢とお母様を亡くして泣いてばかりいたから、それよりは笑っている方が良い。年頃になったら女の子らしくなるとお父様は思ったに違いないのだが、今のところ当てが外れている。
それから3年経ったある日。庭にいたあたしの目の前に綺麗な馬が舞い降りてきた。
顔つきは穏やかながらも知的さを備え、たてがみは光に透けると金髪で神々しかった。
「馬が飛んでる?」
「兄者が気に入っている子か…なるほど。武力に偏っているのは、致し方ないな。まあ…体型も仕方ない」
胸と身長を見てそれを言うとか、なんて失礼な馬なのだ。いや、失礼というよりも大丈夫なの?この馬。しかもまだ10歳の少女に何を求めているのだろうか。変態的発言で思わず睨むよりも穢い者をみるように、薄目で対峙した。
「我の神気に負けぬのか!面白い…飽きるまで、我もここに居よう」
イヤイヤ、意味がわからない。どこにそんな要素があったわけ?変態なんてお断り!とばかりに背を向けたが、すぐに襟足を咥えられミトと同じようにいつの間にか契約が結ばれていた。
くらりと目眩がしたと思ったら、その時は負荷が大きかったらしく少しばかり気を失っていた。
どうやらもともと猪突猛進だったあたしとミトは相性が良かったが、知性とか苦手としていた分野だっただけに、ガロの時は負荷が大きかったらしい。大の字になって庭に転がっていた。
起きてすぐに言い放った言葉も酷かった。
「おぬし、本当に辺境伯の娘なのか?女らしさがなさすぎだろう」
自分が勝手に契約しておいて倒れた姿を普通けなす?
馬が俺様とか、可愛さが何処にもない。誰が契約してくれって言ったよ!叫びそうになって口を塞いだ。ミトの事を兄者と呼ぶ者は一人しかいない。
…なんで、智神まで来たの。
神様がほいほいと地上に降りてきたらダメだと思うのは、あたしだけだろうか。
神だから敬わないといけない?
確かにそうなのだけど、前世の記憶の方が今は勝っているために無宗教だったあたしが占めているからか、そこに畏れはなかった。初めての神との邂逅が猫だったから余計かもしれないけど。
でも…まあおかげで力押しの魔法から、複合魔法や防御、治癒などの魔法が覚えられたのは、有り難かった。助けられる命が増えたのだ。多少の俺様発言も問題ない。
しかもいざという時駆けつけられる馬の機動力と魔力のない領民が使える魔道具の作り方を教えて貰えるのは、凄く助かっている。
(愛馬となっている神ガロが本当はペガサスというのは、お父様のみが知っている)
今一番力を入れているのが、いざという時のために結界が張れるような魔道具。深淵の森から街へ魔物が入ってこないように、城壁はそれなりに高いがそれでもが『備えあれば患いなし』とう言葉もあるのだから、あった方がいいのだ。
その為に苦手な頭を使う魔術を習っている。魔石に書き込む術式が難しい…。
練習用の魔石をはいくらあっても良い。今日はどこに探検と名の魔物狩りに行こうかと街の外に向けて歩いていると、どこかの貴族が魔物に襲われているとの情報が入った。
愛馬ガロに跨がり相棒ミトを肩に乗せ、従者アイザックを伴って街門の外へ出張った。
襲われていたのはリッツォ伯爵家の馬車だった。護衛の騎士や冒険者も勇敢に立ち向かっているが、数が多い。剣だけで切っていては、スタミナの方が先に切れそうだ。
自分を囮にして魔物の前に出ると、興奮状態で食いついた!
魔物の名はオーク。豚に似た二本足で歩くいわば森の兵士の位置づけの戦闘に特化した魔物だが、年二回の発情期に入ると質が更に悪くなる。その戦闘力をふるに使い集落を作って女を攫い、子を作ろうとする。その為、春・秋前には数が増えすぎないようにオーク狩りが推奨され、春の兆しが見え始めた頃と森の木の実がなり始めた頃に、冒険者と騎士団合同で魔物狩りをする。
今の季節は秋で少し前に大々的に、第一・第二騎士団がかなりの数のオークを狩ったはずだ。
なのに、この数は何故?
やっぱり唐突にあたしの前にミトとガロまでもが現れたことと関係してる?
「お嬢ちゃん!危ない!」
「助けに来ました!」
何を言っているのだと顔はもの言いたげだが、よそ見をしている余裕がないようで必死にオークの棍棒を剣で受けている。
きっと皆の剣も限界に近い。
殲滅させるのは決定だが、まず武器を壊すことから始めよう。
棍棒を指さし、割れるイメージ!
「ブレーク」
うん、いい感じ。この調子で全部壊してから、仕留めよう。初めての人の前で10歳の女の子がオークの首を全部刎ねるとかは、流石にやりすぎだろうし。
魔物の利権のかねあいもある。
あたしという囮に付いてきたモノだけは、遠慮無く頂きましょう。
「ウインドカッター」
見事に首をチョンと切り落とした。
今日も絶好調!
「まじか!」
マジよ。心で答えておく。
初めて首チョンを見ればそんな感じになるだろう。
集まってきた十数匹を首チョンしていると、オークが逃げ出した。オークが逃げる?あり得ない状況に首を傾げたくなるが、今は考えている場合ではないようだ。
どうやら重傷者が出ているようで、遠くで必死に血止めをしている人が見える。
後で冒険者ギルドとお父様に報告して見回りに出て貰うことにして、先に怪我を見ないと。
「私はセイデリア辺境伯の娘、ヘルガ・セイデリア。治癒の心得があります。傷を見せて下さい」
相手は近寄ってきたのが少女と呼べるあたしだったので戸惑っていたが、どや顔のガロを見て間違いないと思ったのか、従者にお願いしますと頼まれた。
あたしに令嬢として見えないのは仕方ないとして、ガロ…馬を見て認識とか、間違いじゃないけどちょっと悲しい。比較対象は神なんだと自分に言い聞かせて、すぐにけが人の傍に行く。
「では、腰に巻いてあるベルトを下さい」
「これであってますか?」
「それでいいです。そしてこの足の付け根に巻き付けて下さい。まず血を止めます」
あたふたと革のベルトを足に巻き付けている。その間もうめき声が聞こえ、奥にいる奥様らしき方は青い顔をして座り込んでいる。
普通はそうだよね。
「大丈夫です。助かりますから」
ここでは安心させるために、にっこりと辺境伯の娘らしく笑う。
よし!気合いを入れるぞ!
「サーチ」
足以外でやられていないかどうかを探る。特に外傷はどうにでもなるけど内臓がやられていたら、助かるものも助からない。内臓の損傷はないみたい。だけど血が多く流れているために出血性ショックの危険有りってところかな。急いで街に運び入れて水分とらさないと。
「リバース」
魔物をやっつけるよりも、これが一番神経と精神と体力と魔力全部使うからきつい。
思ったよりも細胞が活性化しない。もしかしてサーチではわからない病魔があるか、元々の体力も弱ってたか?
これが終わったら、あたしすぐには起き上がれないかも。
「アイザック!この後いつものように水分補給をしっかりさせて」
「かしこまりました。後のことは任せて下さい」
「うん、お願い」
さあ、気合いを入れ直して!
あ、ミト。心配性なんだから…。後はお願い。
『わかっておる』
なんとか再生できた。失った血や筋肉は戻らないから、リハビリ頑張ってもらおう。
「これで応急処置は出来ました。この後すぐに馬車に運んで従者アイザックに付いていって下さい。治療院で最後の治療に当たります。急いで!」
急いで!という言葉に反応してすぐに護衛達が集まり担いで馬車に運び入れ、アイザックについて走らせた。
そう普通治癒は神殿が行うというのがこの王国の常識だが、神殿だけでは間に合わないのでお父様に言って街の入り口と大通りに幾つか作って貰った。皆治癒が使えるわけでは無いので、メインとなるのは薬草で作った薬達と先ほど指示した応急措置がメインとなる。それだけでも生存率はあがるのだ。
神殿が怒ってこないかって?
それがこの世界に至っては神職者の腐敗はほとんどない。あるとすれば中間の管理職ぐらいか。何故なら神が守護する世界だけあって、上になればなるほど神聖さが求められる。
何故なら神殿の奥には上位の神官しか入れない神聖な場所があり、不正をしているとその入り口で弾き出される。
弾き出された瞬間から神官はすぐに職を解かれ、神殿騎士に囚われすぐに調べられることになっているのだとか。今は馬だけど…神であるガロがいうのだから、間違いないのだろう。
凄いよね。だから神殿に協力して貰いながら、治癒院をつくることが出来た。
馬車二台とも居なくなったのを確認して、ヘルガは座り込んだ。
「無理をするからだ」
「だって…」
「おまえの領分は武だ。それを智の領分を使うのだ。精神年齢はともかく、10歳の子供の体力が持つわけがない」
ミトが元の姿になりヘルガを抱き上げた。
「格好いいミト」を見た途端に瞼が落ちた。
10歳の体の限界が来たようだ。
ミトが地上で象る姿は、短髪で黒髪190㎝ほどの長身。身体は野性的な武人らしい筋肉に覆われており、誰もが見取れる肉体美が服の上からも見て取れる。顔は精悍な顔立ちで堀が深く、男臭い。だけどどこか気品に溢れており、野蛮な感じはしない。
所謂、マッチョイケメンである。
ミトはヘルガを抱き上げたままガロに乗った。
「ガロ、頼んだ」
「兄者、では行くぞ」
ガロはそのままゆっくりと翼を広げ空へと飛んだ。すぐにでもヘルガを休ませるために、二人は自重などしない。
なので、建前上ガロがペガサスということは領民が知らない振りをしているだけで、殆どが知っている。みんなが知っているということを知らないのは、いつも眠っているヘルガ本人だけである。
舞い降りてきたガロを待っていたのは、侍女長のメイだ。
「ミト様、ガロ様ありがとうございます」
「よい。ヘルガを寝かせたい」
「はい。宜しくお願いします」
メイは初めてこの姿になったミトを見たときは、神気に当てられ倒れそうになっていた。
普段は猫という括りの思い込みと、体の大きさに応じて神気が抑え込まれている為わからないのだそうだ。
だがヘルガの世話をするならば、今後もあり得る。慣れなければと奮闘し二言三言なら言葉を交わせるようになった。
流石は武の辺境伯に勤める侍女長だと、ミトは内心感心している。
ミトはヘルガをベッドに寝かせると、猫の姿に戻りヘルガの左横に寝そべった。ガロもまた馬から猫になり、右横に寝そべる。
こうして寝ているヘルガに魔力を分け与えるのだ。
本当は元の姿の方が魔力回復は早いのでいいのだが、ヘルガの父であるローレンスから命に問題が無いのであれば、猫の姿でと懇願された為にそうしている。
何が問題だというのだろうか。
元の姿で抱きしめた方が間違いなく早くて確実で良いというのに。
ミトはそのことに小さな不満を抱いていた。
ガロはそうだろうな、ローレンスの言葉に頷いた。我らが人の姿では神々しくて困るのだろうと、明後日なことを思っていたが、人の姿では困るという結果には間違いない。
ただ魔力を分けるにはペガサスの姿では難しいので、この時ばかりは猫になることにしている。神は変幻自在なのだ。ミトが猫なのはヘルガを慰めるために現れたからなのと、ガロが馬なのは本人の好みの問題である。
一時間も経った頃だろうか、ヘルガがゆっくりと目を開けた。
「おお、ガロが可愛い」
「なんだ、いつもは可愛くないのか?」
「いつもは、ガロだーって感じ」
「なんだ、それは…」
「おい、我もいる」
「ミトはいつも可愛い」
二匹の猫を抱き寄せて柔らかな毛並みを堪能していると、侍女長のメイが入ってきた。
「ヘルガ様、目が覚められましたか?大丈夫であれば、身なりを整えさせて頂きます」
「うん。大丈夫。お父様に説明したいし、あたしが治癒した人は多分伯爵本人のはずだから、様子も見たい」
「かしこまりました。ではお風呂の準備を致します」
「あ、果実水もお願い」
「かしこまりした」
ガロが猫の姿になることは殆どない。だから今だけだとヘルガは全力で構い倒した。いつもならすました顔のガロだが、猫の習性に引き摺られているのかヘルガの持つ猫じゃらしに挑んでいる。
「ヘルガ様お待たせ…致しました」
開けた途端に、足元に転がってきた白猫にメルは固まった。
ガロ様よね?という驚愕の目にガロはハッと気づいてしまった。どうやらヘルガに乗せられて、猫として遊んでいたことに気づいてしまったようだ。
「我は疲れたから寝る」
ヘルガが寝ていたベッドで丸くなり、ふて寝を始めた。
「残念」
ヘルガは楽しそうな声でガロに言葉を向けたが、ガロは尻尾であっちへ行けと言わんばかりだ。
「メル、お願い」
「あ、はい。では、準備が整いましたのでどうぞ」
動揺していても流石侍女長。すぐに切り替えて動き始めた。
お湯で汗と埃を流し、石鹸で頭と体を洗った後はかなりさっぱりとした。血を浴びていないとはいえ平野を駆け抜けたら、どうしても土ホコリは被る。それに治療院に行くのに、身ぎれいでなければならないと説いたのは自分なので、守らないと。
「治療院に行くからシンプルなワンピースでいいわ」
着替えて応接間に行くと伯爵の子供たちが、身の置き所なさげにソファに沈み込んでいる。そこに夫人の姿はない。きっと伯爵が心配で治療院か神殿に付き添っているのだろう。子供たちの傍には侍女が一人付き添っていた。
ヘルガが来たことに気が付いたローレンスが声を掛けた。
「ヘルガ」
「お父様」
「改めて紹介する。私の娘ヘルガだ」
「ヘルガ・セイデリアです」
軽く礼をするとすぐに立ち上がって名乗ってくれた少年がいた。
「名乗るのが遅くなりましてすみません。リッツォ伯爵家長子ルッツと申します。父を救って頂きありがとうございました」
年のころは12・3歳と言ったところか。後2・3年たてば、界隈の女の子がきっと騒ぐだろうと思われる容姿だ。ブルーの澄んだ目に見つめられると、精神年齢アラサーのあたしでも、ドキッとする。
「いいえ、出来ることをするのは当然です。一命は取り留めましたが、リッツォ伯爵様の健康状態が気になります。出来れば確認しに行きたいのですが」
「それは、どういった意味ですか?」
「ただの怪我をしただけではなく、元々の健康状態に問題があるような、そんな感じを受けました。状況によっては神殿でもっと高いレベルの治癒を施された方がいいかと思います」
「ヘルガ、それ以上のことは夫人がいらっしゃる時にでも」
「はい、お父様」
眠たい目を擦りながら必死に起きている幼子と視線を合わせた。
「アーネみっちゅっ!」
「アーネちゃん、偉いね。私はヘルガ宜しくね」
「あい!」
こんな、こんな可愛い妹が欲しかった!お母様がいらっしゃらないから、物理的に無理だけど養子という手もあるわけだし!お父様にいい人いたら結婚して貰ったらいいし。やっぱりいいよねー。
抱き上げてギュッと抱き込んだら、ギュッと抱き返してくれるアーネちゃんが可愛すぎる!
「あーヘルガ、戻ってきなさい」
ああ、別世界にトリップしていたのがバレてしまった。
もう少し遅かったら、この子下さいとか言いそうだった。
「今から伯爵に会いに行くつもりかね」
「はい。やはり気になります。それに何故このような辺境地に家族で、それも騎士ではなく冒険者を雇っていらしたのも気になりますし」
すぐにルッツから答えが返ってきた。
「それは、アーネの為です」
すぐに回答してくれるのは嬉しかったけれど、残念ながら欲しい回答が半分しかなかった。でも一番気になる答えだったので、すぐにその言葉を聞きアーネの体にサーチを掛ける。
全体的に生命力が弱い。それと喉・気管支に炎症?
これって、喘息かな?だとすれば…。
「もしかして深淵の森に生えていると言われている薬草を取りに?」
「そうです。少し前までは手に入っていたのですが、魔物が増え始めて薬草を取りに行く人が減ったことと、使用する人が増えたせいで王都では足りなくなってきているのです。父は無理をしてお願いをしてきたけれど、どこも断られてしまって。何度か発作を起こすようなら、覚悟をしてくれと言われました」
なるほど。薬草を採ったらすぐに煎じて飲ませたかった訳ね。にしても、馬車で森へ突入はどうかと思うのだけど、自殺行為にしか見えない。
「何故、冒険者だけを森に入れなかったの?」
「ヘルガ、そこまでにしなさい。そして行くなら日が暮れる前に行きなさい」
「そうですね。踏み込んだことを申し上げてすみませんでした。治療院へ急ぎましょう」
「あ、はい。宜しくお願いします」
きっとリッツォ伯爵の体調も、騎士を連れてこないで冒険者を頼ったことも、その当たりに起因しているのかもしれない。
部屋に戻りミトに声を掛け治療院に行くことを伝えると、何故かミトよりも先にガロが興味を示し付いてくると言った。珍しい。
「どういう風の吹き回し?」
「気になることがあるのでな」
「気になること?」
「まあ、会えば分かる。帰ってから教える」
「うん、わかった」
丁度アイザックも戻って来たので、眠たくて目を擦っているアーネはお付きの侍女に任せ、見た目には猫二匹引き連れて治療院に向かった。
いつもなら歩いて行くところだが、今回は伯爵子息のルッツもいるので馬車で行くことにした。
馬車で行けば10分とかからない場所にある治療院に入れば、すぐに看護をしていたものがやって来た。
「ヘルガ様」
「お疲れ様、奥に行くから状態を教えてもらえるかしら?それと後ろにいらっしゃるのが、伯爵子息のルッツ様。リッツォ伯爵夫人の元へご案して」
「かしこまりした。ルッツ様こちらへどうぞ」
ルッツを夫人の元へ届けた院長は、ヘルガを奥の院長室に案内するとやっと強張った顔が元に戻った。
「伯爵様とか見るのは、神官殿にお願いしたいです」
その言葉にヘルガは笑った。一応普通に接してもらっているあたしセイデリア辺境伯の娘なんですけど。
まあ言いたいことは分かる。お父様も辺境伯という地位にはいらっしゃるけれど、それを領民に対して貴族としての発言はしない。あくまで領主として振る舞い、領民は命をかけて戦う同士だという。非常に領民との距離が近い為に、貴族という括りでは認識されていないのだろう。王都から来た伯爵様は怪我でそれどころではないが、夫人の優雅さに戸惑っているのかもしれない。
「何かありましたか?」
「何もないと言えば何もないのですが、その…何故すぐに神殿に行かないのか、ここで何をするのだとか、一々聞かれまして。気持ちは分かるのですが、その度に手を止められて困りました」
「ああ…」
王都から来た貴族なら治療院に馴染みがなく、どれぐらいのレベルの治療が出来るのかわからないだけに、平民がやっている治療院で…と思っても仕方ないのかもしれない。それがたかが平民だと蔑む発言なら、ある程度のお仕置きは必要だけど。
「すぐにアイザック様が神官殿を迎えに行ってくださいまして、説明を受けたら納得して頂けましたが」
「こんなことは早々ないと思うけど、マニュアルを作った方がいいかしら?夫人にはお父様からも話をしてもらっておくわね」
「お願いします。他領の貴族様をみるのは、肩が凝ります」
その答えにヘルガは苦笑いだ。院長の言いたいことは分かる。領主ローレンスからの承認があったとはいえ、
神官以外で手当てが出来る場所を作りたい。そんなあたしの言葉を一喝することなく耳を傾け、情熱を掛けこの国にない制度の治療師と薬剤師を育て、神官と一緒にみんなの認識を変えていったか。
その苦労を治療院で診るというだけで一分一秒無駄にしたくない治療中に、嫌悪感丸出しで口出しされてしまえば、気分はいいわけがない。
だけどそれが難しいところで、国に治療師と薬剤師という職業を作って欲しいという案は国では承認されなかった。利権が絡むのもあるけれど、貴族が治療院にかかり命を落としたときの問題が出てきたとき、誰が責任をとるのだと詰め寄る人たちが必ず出る。そう言われたら、引き下がるしかなかった。アビスフォレ領なら他の貴族からそういった問題は起きないと思うけれど、王都では必ず出てくるだろうと思っている。
だからこその神殿との連携だったのだけど、そこは理解してもらえなかったみたいだ。国というのはそういうものだと知っているから、時間がかかることだけは理解している。その代わり領の条例で適応させることには成功している。本命がこれだったから、第一歩と言えるだろう。
本当は領の条例でさえ承認することに始めは難色を示したが、それで間に合わなくて手遅れになった命を誰が保証するのかと詰め寄った。王都と違ってここは魔物の氾濫によって、命のやり取りが頻繁に起こる。それを無視した結論を出すのなら、アビスフォレ領から王都優先で搬入していた魔物素材を止めることになるかも…と、遠回しに法務大臣を脅したのだ。
贅沢に慣れた貴族が今更手に入らないものがあるなんて、我慢できるわけがない。それだけアビスフォレ領からの素材は魅力的なはずだ。
高ランクの魔物の毛皮や肉、はく製など貴族の虚栄心を擽るものが多い。
命を懸けて戦っているのだ、それなのに怪我をするのはお前が悪いとばかりに放置するなど、絶対におかしい。自分の力を見誤って突進するバカには、お灸が必要だけど。
神殿にいる神官だけで全部の治療が出来るのなら、こんなこと言い出さない。結局内政をする人間が貴族ばかりだから、平民がどんな生活をしているのか理解できていないのだろう。
綺麗ごとだけで救える命を救わないお父様が素敵だ。
話は戻る。院長には先ほどは早々ないと答えたけれど、王都に伯爵家にさえ薬草が廻らなくなっていることを考えると、これからもしかしたら増えるかもしれないと思った。
王都に一体何が起こっているのだろうか。
ガロが反応したのはそれもあるのかもしれない。
「では、この子達と一緒に伯爵を見舞います」
「こちらへどうぞ」
奥から剣呑な声が聞こえてくる。
「だから、夫はもう大丈夫なのでしょ。神殿に運びたいのです」
「ですから、ヘルガお嬢様が来られるまでお待ちください」
「だから何故その子を待たなければならないのです。確かに怪我の手当てをして頂きましたが」
「不敬を承知で言わせて頂きますが、ヘルガ様がその場にいらっしゃらなければ伯爵様は助からなかった、そのことだけは十分にご理解ください。それがご理解頂けないのでしたら、今後この辺境伯領ではどこへ行っても薬草を手に入れることは出来ないと覚悟してください」
「なんですって!」
「この治療院も神殿もセイデリア辺境伯の寄付で賄われているのです。王都のように多数の貴族から集められるところではないことを、夫人はわかっていらっしゃらない。ヘルガ様がこのように治療院を門の近くに作って下さったから助かった命は、領民・冒険者・商人は数知れません。それがどういう意味を持つのか、お考え下さい」
「伯爵家を…」
「母上、いい加減お止めください。感謝をすることはあっても、それをあだで返すような物言いは感心致しません。皆様をご不快にさせたことに謝罪いたします」
へえ…中々出来た子息だ。
「謝罪を受け入れます。ルッツ様が分かっておられるなら、問題ありません。こちらこそ不敬をお許しください。ただこの先くれぐれも辺境伯様を貶めるような発言は絶対にしないでください。正直、なにがあっても不思議ではありません」
「はい。ここで最高の治療を施して下さったことに深く感謝いたします。しかも冒険者の皆にも分け隔てなく治療して頂いたとか」
「ヘルガ様の口癖です。生を受けた限り平民でも貴族であっても訪れる死に違いはない。生きたいと思うのは誰しも願うこと。その願い、誰であっても助けるようにと」
「無料で治しているのですか?!」
「ええ、そうです。ここを訪れたものを追い返すということは絶対にしてはならない。それが治療院の在り方です」
「トム…」
「ヘルガ様、出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません」
治療師が膝を就こうとしているのをヘルガは止めた。
「あなたが言わなければ、もっと収拾がつかなかった。私の代わりに言いにくいことを言ってくれたのです。これ以上の謝罪はいりません。これから先は私が預かります」
「ありがとうございます。これから先も変わることなくセイデリア辺境伯家に忠誠を」
「「忠誠を!」」
「あなた方の忠誠に、これからも応えることを誓うわ」
目でアイザックに合図すれば、薬剤師、治癒師もその場から頭を下げて退室した。
「改めましてセイデリア辺境伯の娘、ヘルガでございます。リッツォ伯爵様のご容態の確認に参りました」
リッツォ伯爵夫人はもの言いたげな表情を浮かべるが、そこは完全に無視をした。何を言っても頭に血が上っている今、聞く耳を持つことはない。周りの見えない子供だと思われても、ここはあたしの流儀でさせて頂く。
『やはりな』
『ガロ?何か気になることでも?』
『呪いの類を受けている』
『呪い?!』
『この男の首の付け根を見てみろ、文様がうっすらと出ているだろう』
ゆっくりと枕もとに行き、脈を診るふりして首を動かした。そこにはガロが言っていた文様のようなものがあった。どこかで見たことがあるような…。
答えをヘルガに出させようとしているのか、ガロは黙ったまま見守っている。
時間にして数分経った時、思い出した。
「これは収奪の魔術!体力を奪うための魔道具がどこかにあるはず。リッツォ伯爵夫人ここ一ヶ月で購入されたもの、頂いたもの含めて常に身に着けているものはありませんか?」
夫人が口を開く前にルッツが答えた。
「あります!脇に刺している小刀がそうです。確か魔除けが施されているものだと言われてました」
「ヘルガ、それに触るでない」
突然猫がしゃべったものだから、皆固まった。
ああ、わかる。びっくりして、これを初めて聞いた時は、悲しみよりも驚きの方が勝って、止まらなかった涙が引っ込んだもの。
「ガロ、みんなが驚いている」
「脅かしてすまぬ。それはかなり危険なものだ。体力の少ない子供が触っていいものではない。アイザックは居るか」
「はい、ここに」
「この者が身に着けている小刀を外して、そこの台におけ」
「かしこまりした。では、皆さま少々お下がりください」
茫然としながらも、みな二歩ほど後ろに下がった。
小刀をとったアイザックは素早く台の上に置いた。
「クリナップ」
浄化をアイザックの手にかけた。大丈夫だと思っても呪いの類と聞いてしまえば、念には念を入れた方がいい。
白い可愛い猫のガロが小刀置かれた台に飛び乗った。
「ウム…これぐらいなら神殿に持ち込まなくても、聖水とヘルガの浄化魔法で問題ない」
「じゃあ、ミトお願い」
ミトから綺麗なクリスタルの小瓶が現れた。
ルッツはミトから小瓶が出てきたことに釘付けだ。
ヘルガは気にしないでクリスタルの瓶を開けると、小刀に満遍なく振りかけ浄化の魔法「クリナップ」を唱えた。
神々しいまでの光で包まれたと思えば、その小刀に施された文様が少しずつ消えていった。残ったのはただの凡庸な小刀だった。
「ガロ、これでいい?」
「ああ、問題ない」
ガロが小刀を確認した後、ミトは夫人の傍に行き威圧した。
“これ以上の無礼は許さぬ”
ああ…ミトを怒らせちゃったか。
まあうん臭そうな顔をずっとされているのは嫌だけど、なにもそこまで怒らなくても。
心ではそう思いながらも、ここであたしが口出ししてはダメだ。あたしを大事に思ってくれている証なので、それを否定してはいけない。今はこんな也だけど、ミトもガロもこの国の正真正銘の神だし。
こういう時少しでも相手を庇うとへそを曲げてしまって、後が大変なのだ。面倒なことにならない為に、夫人…身から出た錆だ、踏ん張ってもらう。ミトとガロに聞こえないように、心の奥底で応援した。
本当に人間臭い神様だ。
「ヘルガ様、今宜しいでしょうか?」
「どうしたの?院長」
「表に神殿騎士様がいらしています。武神ミトテウス様の巫女、ヘルガ様にお会いしたいと」
「はやっ!」
思わぬ知らせに過去の素が出てしまった。
あれ?
今サラッと院長がミトの名と共にあたしが巫女だと言ったけれど、動揺がない。動揺しているのはリッツォ伯爵家の皆様だけだ。
…まさか、知ってた?!
院長に問い正したいのをグッと我慢してここはアイザックに任せ、まだ夫人を睨んでいたミトを抱き上げて神殿騎士の元へ向かった。
優しく撫でながら向かうと少しは気分も上昇したようで、ゴロゴロと喉が鳴る。
「我も行く」
腕の中に飛び込んできたガロに、ミトが邪魔だと軽く前足でジャブを放った。負けずにガロが応戦する。本気でやられたらこの国は吹っ飛んでしまうが、ただの猫のじゃれ合いだと可愛い。だけど、今はちょっとはやめてほしいのだけど。
二匹を左右に分けて肩に乗せ、ヘルガは神殿騎士の前に立った。
「神殿騎士様、わたくしがヘルガ・セイデリアです。お呼びでしょうか?」
「武神ミトテウス様の巫女ヘルガ様、カール・ヴェンベリでございます。この度神殿長より命を受け、あなた様をお迎えに参りました」
「迎え?ミト…あたし王都へ行かないと行かないの?困る…」
「多分、形式は必要だろう。仕方ない、神託をするときだけ王都へ飛ぶとしよう」
「そこの神殿騎士、カールと申したか」
「はッ!その通りでございます。武神ミトテウス様」
「ほお、我が分かるのか」
「はい、今は騎士として準じておりますが、第一級神官の位も持っております」
「そなたが、次期神殿長か」
ミトがボソッと呟いた言葉に、あたしは思わず突っ込んだ。
なんでそんな人物が来ちゃってるのよ!ミトはどんな神託したの。
大きなため息一つ。10歳でこんな年季の入ったため息がつける者はいないと思う。
「では、そなたに託ける」
「なんなりと」
「巫女はここに留まる。神託をするときのみ、我が王都の神殿に連れていくと」
「かしこまりました。その託けを必ずや伝えます。後日この地に私が戻ってくることをお許し願いますか?」
「ウム、…良かろう。そなたも魅せられた者としてヘルガの剣となれ」
「有難き幸せ!」
「では、腰に下げている剣を渡せ」
両膝を土に付け自分の腰に会った剣を恭しくヘルガに掲げた。
え、なに。あたし何するの?
『今から聖水を出す。それを掲げている剣にかけながらまず浄化し、その後祝福をすればいい』
『祝福?』
『剣に口づけをすればよい。その後私の騎士に任命するとでも言っておけばいい』
『ちょっと待ってよ!勝手に騎士に任命してもいいわけ?』
『何が問題なのだ。本人がなりたいと申しておる。それに応えるのが巫女の務めだ。それに神である我がいいというのに、誰が反対するのだ?』
それはそうでしょう。神に逆らう者はいないと思う。認めないバカはいるかもしれないけど。
ただ、そんな仰々しい務めなどいるのだろうか。ミトとガロがいてあたしがどうにかなることなど、万が一もないと思う。
目の前には美丈夫の神殿騎士が子供のようにワクワクとした気配でヘルガの返答を待っている。
これ断れないというか、断らせないつもりだ。
先ほどまで殆どいなかった領民が何事かとこの治療院を窺っている。
――やられた!
大人って穢い。
してやられた自分にもがっくしだ。
しかもドアの向こうで領民の歓喜の声が聞こえる。
「ヘルガ様がやっぱり巫女様!」
「巫女様!」
待って!やっぱりって何?!
思わず舌打ちが出そうだった。
腹を括るしかない。ただのヘルガとして、もう少し時間があると思ったんだけどな。
ミトに言われたとおりに剣に聖水を掛けながらクリナップを唱えると、先ほど見た光よりももっと深い…色、オーロラが放たれた。
それが外に飛び立っていく。慌ててその光を追いかけると空高く舞い上がった。
「綺麗」
誰もがそれに見惚れる。
そこで光が弾けると同時に、あれミト?
武神ミトテウスが現れた。
嫌な予感がする。
「我はミトテウス、この国を守護する武神なり。ヘルガ・セイデリアを我の巫女とし、カール・ヴェンベリを巫女の専属騎士とする。この国はこれから未曾有の災害が起きるが、皆で力を合わせれば乗り越えられることをここに宣言する」
――やっちゃったよ。
ああ、もう!
ミトが演出をしなければならないほど、どこかの地に捻じれが出ているということだ。ただの派手好きではないはずだ、多分。うん…。
その未曾有の災害の影響を一番受けるのは多分この地、アビスフォレ。だからこそ神自ら士気を高めるのだろう。
あたしが思っているイメージでは、剣を肩に置いて宣言みたいなことをしないといけないと思うのだけど、確認も出来ない上に急すぎて何もわからない。
だから祝福した剣をカールに仰々しく渡した後、本人にも祝福をした。
きっとこれなら釣り合いがとれるはずだ。
――だよね?
なんでミトもガロもカールを睨んでるわけ?
ミトだけでなく、そこにガロまで空に現れたものだから、領民はもう平伏して顔を上げることが出来ない。
あなた達、神気押さえて、押さえて。
何故かあたしまで空に連れていかれて、皆の前で二人から祝福を受ける羽目になった。
なんでよ!
何故そこで生ぬるい空気になるのだ。
みんな、見えてないよね?
「ヘルガ、知っているか?神も人間の娘を娶ることが出来ることを」
「へー、凄いね。美人にでも会った?」
「その者は巫女でなければならない」
ん?
「そして女神となり、同じ時を過ごすことになるのだ」
へ、へえ…。
なに、この追い詰められ感。あたし10歳だし、意味わかんなーい。
カールの熱視線も、気づくものか。
神と次期神殿長がロリコンとか、そんな不安材料を振りまかないでよね。
「今日は領民に危険を知らせるという神託の途中だよ。神が仕事放棄しちゃダメでしょ」
「仕方ない。あと5年あるしな」
聞こえなーい。
カールのことを冷やかすために言った、ただの戯れ言。本気にしてたら割に合わない。
そう、思ってたの。
まさかあの時言った一言にそんな思いが込められているなんて、思いもしなかった。
それを知るのは、この災害が終息した後だった。
過去の記憶の中では神は自分の中にある良心みたいなもの。実在するとは思っていなかったから神の精神状態とか想像つかない。
神が守護する意味…、それをもっと深く学ぶべきだったのだ。
しかも兄弟神二人で守護すれば良いのに、交代で守護する意味も。
その意味が分かるのはもっと先に事になるのだが、あの時疑問に思うことを聞いていればと後悔した。
『直接神託が出来るのに、巫女を選ぶの?』
永遠の時を過ごす
それは神であっても、独りでは正常でいられない。
ヘルガの選択は、意外に少ないことが決定づけられた。
過去に乙女ゲームに嵌っていた10代。
逆ハ—っていいな、なんてちょっとでも思ったのが間違いだったと知るのは、5年後。
その時にヘルガはどの人生を選び取るのか。
「我が見つけた巫女ぞ!」
「武の兄者だけに任せていたら、ヘルガが危ない!」
「いえいえ、人間には人間の領分があるのです」
「「「さあ、ヘルガ誰を選ぶ?」」」
4年前に書いて放置していたものを発見。
長編を書く余裕はないので、中途半場だけど短編として投稿。
暇つぶしに読んで頂けたらと思います。