表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名無某の真名探し  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
第一章 瀬戸ケ谷 和也――『欺瞞のピエロ』
8/9

欺瞞のピエロ VIII

好きな作曲家はリムスキー・コルサコフ


かわいがってください。


 犠牲者を出さないためにはまず、己を犠牲にする覚悟が必要である。

 彼女には、そのような立派な覚悟はない。けれどもそれは別段悪いことであるとは思わない。他人を助けることさえできるなら、自分はどうなってもいいという考えを起こす事は、とても正気の沙汰ではないと、僕は思う。自分を殺しても構わない人間が、他人を生かすことなんて到底できやしないのだ。そもそも、犠牲者を出さないと言って人を助けたが、代わりに自分が犠牲者になってしまったとか、結果的に犠牲者が出てしまったではないかと言いたくなる。

 諦めもまた、肝心なのだ。

 どうしても人を助けたいと言うならば、自分を窮地(きゅうち)に立たせてはならない。

 しかるがゆえに、僕は、怯えて人を救おうとしない彼女を責立てる気にはならなかった。むしろ矜恤(きょうじゅつ)してあげたくなる気になった。

 「......ごめん」

 と、僕は彼女に対して詫び言を零した。

 (おもんぱか)らずに、感情的になって彼女を咎めた僕が悪い。

 「謝罪なんて不要だわ。謝罪するくらいなら、そこをどいて。力が暴発する前に瀬戸ケ谷和也を仕留めなければ、あとが面倒になる」

 「ちょっと待って」

 「なによ」

 「僕、君と協力したい」

 「どういう風の吹き回しかしらね。さっきは私を止めていたのに、今度は協調を示してくるだなんて、おかしいわ。なにか企んでいるとしか思えないのだけれど」

 「協力して瀬戸ケ谷くんを殺そうとは一言も言っていない」

 「じゃああんたと私が協力して、一体なにを()そうというの?」

 「瀬戸ケ谷くんを助けることさ」

 「暗愚(あんぐ)ね」

 彼女は、あたかも呆れ返ったかのように首を傾げて、僕を見つめた。

 「それだったら協力せずとも、私一人でもう充分に()せることよ。あんたが協力すると却って足手まといよ。それから、却って悪い結果を招くことになるかもしれないわ」

 「悪い結果?」

 「聞くまでもないでしょう?あんたみたいな平々凡々な人間がなにができるというの?瞬殺されてお(しま)いよ、無駄死によ犬死によ」

 「......」

 そこまで言うか。

 「はよ死ねよ」

 「ねえ、今最後にとんでもなく悪辣な命令形が聞こえたんだけど」

 ひどいを通り越してあくどいぞ。

 君の親は僕にでも殺されたのか

 「そして、瀬戸ケ谷和也の実存している(エグジスタンシャル・)心像(ハルシネーション)の無力化に失敗した私が死んだら、死者が二人になるわ。まあ、もっとも、人間たちは私の死には気づかないでしょうけど」

 「大丈夫、死ぬつもりはない」

 「ノープランなんでしょ、どうせ。そう自信満々に『僕は死にましぇん!!』と言われても、響くものはない」

 「僕は武田鉄矢かよ」

 何回目のプロポーズだ、それは。

 「......僕は、本当に何もできないのか?」

 「......できないことはないわ。実際過去に前例があったらしいし」

 「前例ってなに」

 是非詳しく教えてもらいたいものですな。

 「昔、不運にも誘拐された二人の子供がいてね。そのうち一人の子供が、監禁されていた時、実存している(エグジスタンシャル・)心像(ハルシネーション)の力を発現させたの」

 「......それで、どうなったんだ」

 「誘拐犯はその力に巻き込まれて即死。力を察知して駆けつけたとある人間心理観測者(サイコロジカル・ハッカー)は、もう一人の子供と連携して、暴走している子を止めた。そういう話が本当にあったらしいわ」

 「ふうん。でも連携ってどういう連携なんだ。どうやってその子供を無力化したんだ?」

 メソッドがいまいち掴めないな。

 「その説明はまた今度よ」

 「え?」

 「二人でやるとなると、()()の準備に時間がかかるわ。今説明して、後日忘れられたら()まったものじゃない」

 「そうか......でも、君はなんで急に僕と協力する気になったんだ?」

 結構ダメ元で協力を願い出てみたのだが、まさか斯くも容易に承諾してくれるとは思わなかった。

 「あんたが邪魔してくるからでしょう?本当だったら、邪魔なあんたをぶっ殺したあとに瀬戸ケ谷和也をぶっ殺したいわ。だけれど、いかんせん、抹消対象外の人間は殺しちゃいけないからねー。だから、あんたが邪魔してくる限り、私は迂闊(うかつ)に瀬戸ケ谷和也に手を出せないの。それに......」

 彼女は僕を恨めしい目つきで睨みつけた。

 「私があんたの意見に馬耳東風になり、強引に瀬戸ケ谷和也を斬りに行くわけにもいかなさそうだしね。あんたが瀬戸ケ谷和也を庇って私に殺されるかもしれないから」

 「買いかぶり過ぎだろう。僕はそんな主人公っぽいことはしない」

 護る対象が瀬戸ケ谷和也ならば、なおさらしないだろう。

 「人間心理観測者(サイコロジカル・ハッカー)を舐めないで。人の心を読むことなんて私にとっては造作もないことなのよ。わかるのよ、すけすけなのよ、あんたの心。あんた、絶対にあいつを庇うわよ」

 さすが、人間心理観測者という呼称は伊達ではないということか。

 「......」

 「あんた、ツンデレなのね」

 「なっ」

 虚を衝かれたように、僕の表情は固まった。

 「男のツンデレなんてノーサンキューだわ」

 「なんだと!ていうか僕はツンデレなんかじゃない!」

 「そう言う時は、『ツンデレなんかじゃないんだからね......!』でしょ?」

 「ちょっと待って!僕がツンデレキャラであるという前提で話を進めるな!やたらと僕をツンデレキャラとして定着させようとするな!」

 しかも、『ツンデレなんかじゃないんだからね......!』って。 

 どう見てもツンデレです。本当にありがとうございました。

 「まあ、ともかく」

 彼女はいつの間にか脱線していた話を、元の軌道に修正した。

 いや!まだ修正するには早すぎる!

 その前に僕はまず否定すべきことがある!

 彼女とあれこれ侃侃諤諤(かんかんがくがく)と論争しても時間の無駄だろうから、地の文で言っておくけど、僕は断じてツンデレキャラではない!

 以上である!

 「二日後に瀬戸ケ谷和也の実存している(エグジスタンシャル・)心像(ハルシネーション)無力化の術式を始めるから、今日は解散。じゃあね」

 「あ、ああ......じゃあね......いや、待て!」

 「なによ、きっぱり別れようとせずネチネチくっついてくる男は、これからの恋愛うまくいかないわよ。女に嫌われる暗い一生を送る羽目(はめ)になるわよ」

 「君と恋愛関係になった憶えはない!あと、余計なお世話だ!」

 間違っても恋愛関係にはならない。

 「どこに帰るの?君は」

 「帰る場所なんてないわ。野宿よ」

 「......野宿って。どこで野宿する気なの?」

 「そうね......あそこの豪邸の庭の芝生(しばふ)とか、結構寝心地が良さそうね」

 「それは野宿じゃなくて不法侵入だ!」

 「建物内に入ってないだけいいじゃない!」

 「いいわけないだろう!」

 ていうか寝心地が良さそうって......なんか泣けてくるんだけど。

 「僕の家に泊めてあげるから、来て」

 「未成年者誘拐罪が成立する危険性があるけど、いいの?」

 「人間に通用する法律だ、それは。君は人間じゃないんだろう?」

 「なるほどね」

 「第一、誰も君を視認できないんだ。僕が君を泊めていることが露呈することはない」

 「ふん、思ったよりも頭がいいみたいね」

 「僕はどれだけ頭が悪いと思われてたんだ......?」

 「月極駐車場(つきぎめちゅうしゃじょう)のことを、月極駐車場(げっきょくちゅうしゃじょう)と読んでそう」

 「馬鹿にし過ぎだろう......全く」

 へえ......あれ、月極(げっきょく)じゃなくて月極(つきぎめ)と読むのかあ。

 勉強になるなあ......

 その後、僕は彼女を自宅へと連れて行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ