欺瞞のピエロ VI
好きなLBXはヴァンパイアキャットです。
かわいがってください。
無意識に、僕は目を閉じた。
謎の少女の持つ謎の鎌に斬られて謎の死を遂げることに僕は謎の覚悟をした。
しかし、未練だけはどうしても断つことができなかった。よくわからないまま死ぬのは歯痒い。そして腑に落ちない。もしあの世で閻魔大王を御目文字に出来ようものなら、僕は、今回の僕の理不尽な死を訴え、情状酌量を求め、地獄行きを免れたいものである。それからついでに、僕を殺した小憎たらしい少女を等活地獄に堕とすよう、賄賂まで用意して懇願するであろう。
まあ、賄賂と言っても僕の所有している小遣い全額だけれども(三千八百円)。
......あれ、ちょっと待って。
おかしいな。痛覚がまるでない。
なぜだろうか。痛みを感じる前に、僕は体が玉葱みたく微塵切りにされ、即死に至ってしまったとでも言うのだろうか。
「いつまで目を閉じてるの?寝てるの?」
例の少女の声がする。
「......ん?」
斬られていなかった。
少女は呆れた顔で僕をじっと見つめていた。
「脅かしただけよ、何ビビってんだか」
「......」
「何よその顔。まさか本当に殺されるとでも思ったの?」
蔑むような目線を僕に向ける彼女であった。
「規定範囲外の人間は、殺してはいけないというルールだからね。私があんたを殺すのはルール違反になるのよ」
「......君は一体なんなんだ」
「別にカレーと一緒に食べても私は美味しくないわよ」
「ナンじゃねえよ!!君は何者だって聞いてるんだ!」
「あんたに名乗る義理はないわ」
「......」
「どうしても知りたいなら万札の二、三枚ほど寄越しなさい」
「少女のくせに随分と守銭奴なんだね......」
卑しいなあ。
「手を繋ぐは二万円、デート五万円、キス十万円、それ以上は一千万円よ」
「援助交際か!しかも『それ以上』ってなに!?なんで『それ以上』で急に金額が飛躍したの!?」
「結婚は六那由多円よ」
「それはどんな大富豪でも無理だ!」
那由多って。どれくらい大きな数だと思っているのだろうか。
「私はときメモで言えば、藤崎詩織的ポジションなのだから、この金額はごく当然よ」
「危ないことを言うな!全国の藤崎詩織ファンに謝罪しろ!ていうか、君のどこかが藤崎詩織ポジションなの!?」
どちらかと言うと君は性格で言えば紐緒結奈的ポジションだと思う。藤崎詩織の場合は多分、僕の同級生にして優等生・鳥飼唯奈こそが相応しいだろう。奇しくも、「ゆいな」という名前が鳥飼と紐緒に共通しているけれど、別に何ら関係ない。
「閑話休題」
と、僕は言った。
「今すぐ名乗らないと、僕は、君がここにいることや、君が瀬戸ケ谷くんを殺そうとしたことを誰かにしゃべるかもしれないよ」
「なにそれ」
彼女は冷たく笑った。
「脅しのつもり?」
「そんなにこそこそしているということは、よほど人に知られちゃまずいってことでしょ?」
「ふふ、面白いわ」
「......あ」
やばい。僕は地雷を踏んでしまったのかもしれない。こんなことを言ったら僕は口封じを理由に消されるのではないか?
しくじったか。
「ごめんなさあああああああああい!!!」
瞬く間の出来事であった。
彼女はいきなり驚嘆に値する綺麗な土下座を決めたあと、必死に僕の裾を掴んで、縋りついた。そしてみっともなく、子供っぽく泣き喚きだした。
「このことは何卒誰にも言わないでください!!」
「え、ええ......?」
態度変わり過ぎだろう......
二重人格か、この娘は。
「なにをすれば目を瞑ってもらえるんですか!?」
「えっと......」
「靴を舐めますから許してくださいぃぃぃ!!」
「いやそこまでしなくても」
「ケーキを舐めますから許してくださいぃぃぃ!!」
「君、僕を舐めてるだろ!!」
甘い思いをするな!
「だからまずはケーキを用意してくださいぃぃぃ!!」
「それとなくケーキを奢ってもらおうとするな!!君はどこまで図々しいんだよ!」
もはやその図々しさにはシャッポを脱ぎたい気分である。
「何でも言うことを聞きますからあ!あなたの命令ならたとえ火の中水の中......」
「えらく従順になったね......」
「金の中」
「それは愉しそうだな!」
「あの娘のスカートの中」
「捕まれ!」
ちょっと待って!君今キャラ崩壊凄まじいんだけど!初期はまだキャラが固まっていないからという言い訳も立たないくらいに、崩壊が著しいのだけれど!
さっきまでの偉そうな口調はどうした。
学校のロッカーにでも忘れていったのか。
「と、とにかく!」
ようやく滂沱なる涙を止めて、彼女は言う。
「絶対誰にも言わないで!お願いだから!言われたら、私、消されちゃう」
消される?
「じゃあ、瀬戸ケ谷くんから手を引きなよ。そうすればこのことを黙ってあげないこともない」
「......それも無理」
無理?
「どちらか一つを取れ」
「どっちも取るわ」
「君ねえ......!」
「金の斧も銀の斧も私のものよ」
「自由か!!」
木樵でもそこまで欲の皮が突っ張っていない!
泉に住むヘルメス様もびっくり仰天唖然呆然するような答えを出すな!
「なら、説明しなよ」
「え?」
「なんで瀬戸ケ谷くんを殺す必要があるか、それさえ言ってくれれば、君のすることを見過ごしてあげなくなくない」
「見過ごしてくれてないじゃない!」
「......」
バレたか。
「まあ、言わないかよりは断然マシだよ」
「......わかったわ」
彼女はでかい溜め息をついて、観念した面持ちになった。
話す気になったようだ。