欺瞞のピエロ III
好きなモビルアーマーはラゴゥです。
かわいがってください。
「ていうか、そんなことよりも、君はいつ帰るの?」
帰らない瀬戸ケ谷くんに、僕は業腹だった。
「今帰ってるじゃないか。ボクは君の家の近くに住まいを構えていることを忘れているわけでもあるまい」
「ああ、そうだったね......」
神様。今更だが文句を言ってやる。こいつをご近所さんにするとは、どういう料簡だ。もはや嫌がらせとしか思えない。
「じゃあ、僕は先に帰るよ」
そう言って、僕は急ぎ足になり、瀬戸ケ谷くんとの距離を一気に伸ばした。
「なるほど、これこそ放置プレイだね」
「やっぱり、一緒に帰ろう」
「先に帰ろうとした直後に、今度は突然一緒に帰ろうとするなんて、情緒不安定じゃないかい?不知火くん」
「仮に僕が情緒不安定だとしても、それは全て君の所為だ!」
「まあまあ、そう声を荒げないで、どおどお」
「僕は馬か!」
瀬戸ケ谷くんは小悪魔のような笑みを浮かべたあと、こう言った。
「......今日、ボクは君に用があって学校前で待ち構えていてさ」
「ん?なんだ。僕はてっきり、用件というのは、僕と鳥飼の関係の発展の有無を確かめるだけだと踏んでいたのだけれど」
「うん。それは準備体操みたいなもの、すなわち本筋に入るための軽い前座さ。もとより僕は、君達二人は恋仲になっていないことは、実はなんとなくわかっている。とっくに見切りをつけていたさ。朴念仁な君のことだ。どうせいつもと変わらぬ関係を続けているのだろうと思ってね。でも一応念のため君にカマをかけて、二人の実態はいかなるものかを探ろうと思ったのだけれども、それもナンセンスだった。案の定の結果だったよ。」
「そうなんだ......」
地味にショックな話だ。僕の性格と現状がこいつにいとも容易く把握されていたとは。伊達に”不知火裕太郎の友達”を名乗っているわけではなかったらしい。
「さて、ここからがお待ちかねの本筋だよ」
と、瀬戸ケ谷くんは手を合わせてそう言った。
別に待ちかねていないし、まず待ってすらいなかったが。
「ボクは今、ストーカーに狙われているのかもしれないんだ。そのストーカーはちっちゃい女の子でね......」
「ごめん、瀬戸ケ谷くん。やっぱ僕、先に帰る」
「ええ!?いや、待って、冗談じゃないよこれは!ガチだってば!」
「生憎だけど、幻想噺に付き合ってやる暇を、僕は持っていない」
持っていたとしても、付き合わないが。虚言癖だけでは飽き足らず、妄想癖まで出始めて、あまつさえロリコン趣味だぞ。僕は、そんなやつと付き合えるほど勇気のある人間じゃない。
「君がストーカーに狙われるほどのイケメンだとは、到底思えないけど......そんな物好きな女性が地球上に存在してなるものか」
「失礼千万だね!というか、そもそもイケメンとは、心から溢れ出て、顔に表れるものだよ!ボクのようなジェントリ精神の権現ならば、女性を惹きつけ、ストーカーにさせるほどの魅力があるはずさ!」
「普段意志を尊重せずに僕をからかっておいて、何がジェントリ精神だよ、笑わせないで」
彼の怒涛の熱弁を、僕は冷たく弾き返した。
「とにかくだよ!」
瀬戸ケ谷くんは話を元の軌道に修正した。
「ボクは見たんだよ、あの女の子を......!昨夜、勉強に疲れて、窓の外をふと眺めた時、そう!その時だ。隣の家の屋上に一人の身長が低めの女の子が、棒立ちしていたんだ。やだなー、変だなー、怖いなーって僕は思ってね......するとひゅーひゅーひゅーひゅー風の音がにわかに騒ぎだして......」
「なんでここで唐突に稲川淳二風の口調になるんだよ!」
「『わ!わあ!』と、ボクは恐怖でつい叫び声を上げてしまったが早いか、その女の子はその姿を消したんだ。ボクは確信したね、あの子は多分絶対この世のものではないと」
「はいはい、三文怪談もほどほどにしてね。僕、もう帰るから」
「あー!さては信じてないなあ?不知火くん。まだ話は終わってないよ!君、これだと前座だけ異常に長く、肝心である筈の本筋が異常に短くなるではないか。あっ!だから帰ろうとするな!ボクの話をないがしろにして生きて帰れると思ってるのか!」
「僕殺されるの!?」
「帰っちゃダメだ!帰ったら死ぬぞぉ!」
「雪山か!」
僕のツッコミの声が大きく虚空に響き、嫋嫋たる余韻を残していった。
「じゃあね」
執拗に僕に取り巻く蟒蛇のような彼のことを構わずして、僕はその場から去っていった。
「薄情な!ボクは本気で相談を持ち掛けてきたと言うのに!もう!不知火くんなんか嫌いだあー!!ふんだ!」
「......」
......子供かよ。