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名無某の真名探し  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
第一章 瀬戸ケ谷 和也――『欺瞞のピエロ』
2/9

欺瞞のピエロ II

好きな元素はプロトアクチニウムとレニウムです。


かわいがってください。

 02


 鳥飼(とりかい)が急用で帰らなくてはいけなくなったみたいなので、今日の勉強は早めに終わることになった。僕は塾に通っていないから、自習が確保できる場所は、自宅と学校の教室の二つしかない。鳥飼に勉強を教わる為とはいえ、年頃の女の子を何食わぬ顔で僕の部屋に連れ込むわけにもいかないので、当然教室しか自習スペースが残らなくなるのである。僕一人で勉強につとめても実力を磨けないからって、優等生である彼女の幇助(ほうじょ)を頼りとするのは、大変腑甲斐(たいへんふがい)ないけれど、いかんせん、僕は深刻なまでに数学の成績が酷いので、この際面目だとかプライドだとか言ってられないのだ。格好つけると、(おの)が身を滅ぼすことに繋がるのだから。

 同級生の女子と教室で、二人きりで勉強するというのは、さぞかし萌えるシチュエーションであると思われるだろうけれど、僕は蛇蝎(だかつ)のごとくに嫌っている数学の勉強に取り組んでいる時点で、萌えとかなんとか感じている余裕がなかった。目頭が熱くなるほどの辛さだけ身にひしひしと伝わっていたのである。

 さて、少し早い時間の帰り道。午後二時くらいのことである。四月といってもまだまだ風は寒さを帯びている。太陽があんなにも赫灼(かくしゃく)としているのにも拘らず、暖かさは秋毫(しゅうごう)()すらも感じ取れない。

 そんな見掛け倒しな威厳を放つ太陽が見守る道を歩んでいると、僕は、あまり会いたくないやつと会ってしまった。いや、会ってしまったというより、遭遇してしまったと言った方が妥当であろう。ドラクエで(たと)えるならば、エンカウントバトル開始といった雰囲気である。今日が厄日になることは確定事項であった。

 「やっほい、不知火(しらぬい)くん!ボクだよ、ボク!瀬戸(せと)() 和也(かずや)だよ!」

 快活に僕に声をかけてくる男子中学生が背後にいた。

 僕は知らぬ顔の半兵衛(はんべえ)を決め込んで、変わらずもくねんとして前を見て歩いていた。

 「あれあれ、無視?イグノア?あるいはイグアナ?」

 無視を意味する英単語”ignore(イグノア)"と、爬虫綱(はちゅうこう)有鱗目(ゆうりんもく)トカゲ亜目(あもく)の動物の名前・イグアナをかけ合わせている彼の愚にもつかぬ科白(セリフ)を、それこそ僕は華麗にイグノア、あるいはイグアナして、頑なに後ろを振り向こうともしなかった。

 「残念、不知火くん!厳密に言うと、ボクがかけ合わせているのは無視(むし)、つまり『(むし)』と、イグアナが属する爬虫類(はちゅうるい)の『虫』なんだよ」

 恐ろしくわかりにくい上、やはり愚にもつかない。

 というか、何故僕の心の声が聞こえている。今のは完全に地の文だったろう!地の文に返事をするな!

 そんなエスパー変人を余計相手にしたくなくなった僕は、歩くスピードを一層速めた。

 「まあ、待ちなよ。いつまでボクを放置するんだよ。そのプレイは(いただ)けないなあ」

 「そのプレイとやらにハマっているやつだと勘違いされたくないので、ここで一旦僕は特例で足を止めてやるけれども、その代わり迅速な用件を寄越してくれ!でないと僕は立ちどころに君を殴り飛ばして家に帰る!」

 「嫌われたものだねえ、ボクも。友人に向かって酷いことを言うなあ。悲しいぜ」

 「友人は友人でも悪友の(たぐい)だ!」

 とにかく瀬戸ケ谷くんと関わると、ロクなことがない。隙あらば僕を揶揄(やゆ)し、お笑い草にしたり、自身の引き起こした厄介事の火の粉をこちらに浴びせて来ることは、一度や二度のことではない。指折りでは決して数え切れないほどにあるのである。だから、さすがの僕も学習していて、なるべくして彼の事情に首を突っ込まないようにしている。そもそも好んで彼の顔をうかがいに行くことはないのだけれども。

 「でも、()()()()()ことを認めてくれているんだね。それは光栄の限りだ」

 「......」

 この状況下で、もし僕が焦燥に駆られて彼は僕の友人であることを否定したり、勘違いするなと言ったりすれば、きっと僕は、世間で()う所のツンデレキャラとして定着してしまうだろう。それはあらぬ設定である。しかるがゆえに、僕は彼の言葉に過敏に反応せず、平静を装い、黙ることを選択した。

 瀬戸ケ谷和也。僕と同じく中学三年生だけれど、クラスは別々である。彼と知り合ったのは、桜花爛漫(おうからんまん)の晴れた日......僕達中学に入学しためでたい日である。僕と彼の最初の接触は、入学式で妙に陽気な校長先生が冗長(じょうちょう)に、のべつまくなしに話をしている時であった。隣に座っていた瀬戸ケ谷くんは、忽然(こつぜん)、赤の他人である僕に話しかけてきた。しかも馴れ馴れしい口調でだ。何故これほど無遠慮なのか、単にコミュニケーション能力に長けた御仁であるからか、それとも、校長先生の話を聴いてばかりで不覚にも眠気に襲われ、ちょうど隣にいた僕を退屈凌ぎに使おうという算段だったからなのか。いずれにしても、不明である。

 性格は、朗らかであるが同時に、サディスティックで、剽軽(ひょうきん)。自分が面白ければそれで()しという座右の銘を持つ。思い出すだけでも癪に障るが、彼曰(かれいわ)く、僕のような騙されやすい人は格好の獲物であり、まさしく鷹爪下(おうそうか)雛鳥(ひなどり)であるらしい。出来る事ならば、僕を毎日愉楽のためのおもちゃにしたいという戯言も吐いていた。腹立つ。

 「ところで」

 瀬戸ケ谷くんは言った。

 「鳥飼さんと結構好()い線行ってる感じだねえ」

 瀬戸ケ谷くんは軽佻浮薄(けいちょうふはく)に言った。

 「好い線行ってる?」

 僕は不機嫌な鸚鵡返(おうむがえ)しをした。

 「なんのこと?」

 「またまたあー、とぼけちゃってさあー、()らし上手だなあー、不知火くんはあー」

 「何その喋り方。すごいムカつくんだけど」

 「本当は照れて言えないんだロ?」

 「急に語尾をカタカナに変換するな」

 「可愛くていいじゃないか」

 「可愛さ余って憎さ千倍だよ......で、鳥飼がどうかしたの?」

 「全く、察しが悪いなあ、不知火くんは。近頃君達ラブラブじゃん?もう、さながら楊貴妃(ようきひ)玄宗(げんそう)のごときラブラブっぷりだよ」

 「その比喩だと、僕はいずれ日本を混乱に陥れそうだね......というか、からかって愉しんでいるところ大変申し訳ないのだけれど、僕と彼女は別にそういうアレじゃないよ」

 「じゃあ、どういうアレなのさ?」

 「......どうもこうもない。友達だよ」

 「ふうん。つまんない回答だなあ。君達、もう一緒になってかれこれ二年になるのに、全然進展していないんだねえ。そろそろ友達という関係の境界を乗り越えて、恋仲の領域に辿り着いてしかるべきだと、ボクは思うんだけれど」

 「恋仲て」

 自分は、鳥飼に対して何らの恋慕の情を抱いていない。本来ならば瀬戸ケ谷くんの言う通り、抱いていてもおかしくないのかもしれないのだが、その情が依然として洶湧(きょうゆう)してこなかった。

 おそらく自分は鳥飼を好きになれないのではなく、好きにならないのだ。みずから恋慕の情を()き止めているのである。

 僕みたいな劣等生が、あの品行方正の優等生を好きになる。それは取りも直さず烏滸(おこ)がましいことであり、叶わぬ恋だと言える。叶わぬ恋に盲目になるのは、貴重な時間の浪費に他ならない。

 だから......だから僕は、鳥飼と”友達”というだけの関係を維持しているのだ。

 

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