二度目のタイムスリップは平安時代〜がんばって料理でみんなを幸せにします!〜⑨
前回の続きです。
沢義が夕餉を共に囲むと決まったので、用意していた食材が足りない可能性が出てきてしまった。
それを伝えると、沢義が私に任せてくれと言って、屋敷を出て行ってしまった。
それに対して瑞貴がもう戻ってくるなと言っていたのは、聞かなかったことにしようと思う。
数十分後、勢いよく玄関の戸が開けられた音が響いたので、凛桜と瑞貴は驚いてそこに足を向ける。
玄関には誇らしげに山鳥を二羽持った沢義が立っていた。
「え、それ、獲ってきたんですか?今?」
目を丸くする凛桜に、彼は大きくうなずいた。
「もちろんだ。さぁ、凛桜殿。これを存分に使った料理を作ってくれ!」
突き出されたそれを、凛桜は受け取り大きくうなずいた。ここまでされて、下手なものは作れない。
「承りました。しばらくお待ちください」
言い残し、彼女は厨へと身を隠した。
厨にて、凛桜は早速山鳥を捌きにかかった。まず、腹に包丁を入れ腸を引き摺り出す。次に鍋の代わりになる陶器に水を張り、火にかける。血抜きをして、用意しておいた熱湯の中に山鳥を入れた。
すこししてから山鳥を引き上げ、羽を毟っていく。
ある程度羽が取れたら、まな板に置き尾羽と羽を落とす。
軽く水で洗ってから、次に首から上を切断し、足も落とす。これで胴体の下処理は終わりだ。
次に頭。羽のついた皮膚と肉の間に刃を入れ、切れ込みを入れてから外す。すると綺麗な肌色が出てくる。嘴などの硬い部分は捨てて、せせりに当たる部分をとっておく。
「よし。じゃあ、まずは前菜」
着物をたすき掛けし、髪をさらにしっかりと締める。さぁ、腕の見せ所だ。
居間にて。
瑞貴は、沢義を自分の対面に正座させ睨み付けていた。
「…本当に、お前は。二度はないからな」
「わかっている。今回ばかりは自分でもどうかしていると思っているから、次からはちゃんと先にお前に了解をとってから凛桜殿に許可を求めることにする」
したり顔でうなずく友人に、彼は文字通り頭を抱える。
そういう問題ではないのだが。
そんな瑞貴の態度など構いもせずに勝手に正座を解いて胡座をかいた沢義に、彼は深いため息をつく。
(今更だが、なぜ俺はこいつと友人になったんだろう)
心の底からとても失礼な疑問を浮かべていると、沢義がそれにしても、と口を開く。
「可愛らしい娘じゃないか、凛桜殿は」
それに、彼は無言で目をすがめる。
「あの容姿で年頃、その上料理もできるというのは、通常なら様々な公達から引く手数多だろう。なぜわざわざ職人になったのか」
うんうんとうなずく沢義には答えず、彼は白湯をすする。
「聞いてるのか、瑞貴」
それに対しても、彼は黙秘を貫くので、沢義はつまらなそうに頬杖をつく。
「まぁ、別にお前がどう思おうが構わないが。もしも凛桜殿にいい人がいたら、ちゃんと手放してやれよ」
その言葉に、むっと顔をしかめて湯呑みを音を立てて机に置く。
「言われなくともわかっている!」
「あ、ああ」
目を丸くする沢義に、瑞貴ははっと息を呑む。
「すまない」
「いや、平気だ」
彼が今のように感情を荒げる様を初めて見たので、すこし、いやかなり驚いた。
(うーん、こいつ、凛桜殿に気があるのか?)
その考えに思い至って、彼はにんまりと口元に弧を描く。
そんな沢義の反応に、彼はまるでこの世のものではないものを見たかのような顔をした。
「なんだ、その顔は。気色悪い」
「ひどいな」
流石に友人に気色悪いと言われれば、それなりに気を落とす沢義だ。
と、その時、廊下からとても芳しい香りが漂ってきた。
「…なんだ、この匂い」
目を丸くする沢義に、瑞貴は表情を和らげる。
「あぁ、食欲が刺激されるな」
その数分後に、凛桜が御膳をもって居間に入ってきた。
「お待たせしました」
言いながら、彼女は一客ずつ彼らの前にそれをおいていく。
その品数の多さに、二人は目を丸くした。御膳の上には十一品の料理が乗っている。
「これをこの短時間で作ったのか。すごいな」
目を瞬かせる瑞貴に、凛桜は自慢げに微笑んだ。
「食べ方があるんです。この右端のお料理から、食べてみてください」
言われたように、彼らは右端から端をつける。口に運んで、一瞬動きが止まる。が、本当に一瞬だ。すぐに箸を持つ手は動き、それは徐々に速まっていく。
その様を見届けて、彼女は美月用に用意したものを届けるために、厨に戻っていった。
「美月さん、入りますよ」
襖の外から声をかけると、中から布の擦りあった音が聞こえてきた。
「どうぞ」
返事が聞こえてから、そっと襖を開ける。茵に横になっていたようで、美月は落ちかけた打ち掛けを肩にかけ直していた。
「あ、起こしちゃいましたか?」
申し訳なく思って眉根を下げた凛桜に、彼女は緩く首を振る。
「いいえ、ただ何もすることがないので、横になっていただけなので」
「ならよかった。では、こちらが今晩の夕餉になります」
差し出されたお椀を受け取り、その中を覗き込む。中には青ネギが散りばめられた茶色く色づいたお粥だった。
「まぁ、とてもいい香りですね。なんのお粥ですか?」
「山鳥の出汁と醤で味をつけているんです。どうぞ」
促されて、彼女は木製の匙を使って一口食べる。
「美味しいです、とっても体が温まりますね」
「はい。この山鳥は明野さんが獲ってきたものなんですよ」
「そうなのですか。では、明野様にもお礼の文を後ほど認めましょう」
それに、彼女はうなずく。それは妙案だ。美月のような美少女に手紙でも送られれば、彼もさぞ喜ぶだろう。
そこまで考えて、ふと凛桜は目を瞬かせる。
「そういえば、どうして先ほど美月さんは玄関までいらっしゃったのですか?」
首をかしげる相手に、彼女は小さくうなずく。
「そうですね、なんとなくなのですが兄様が怒っていらっしゃる気配がして…心配になって見に行ってみたのです。たまには体を動かしたいと思っていたので、丁度いいとも思いまして」
それに、凛桜はうなずく。
「妹の勘ってやつですね。すごい」
彼女の言葉に、美月はおかしそうに笑った。
「ふふっ、凛桜さんはたまに面白いことをおっしゃいますね」
「そうですか?」
首をかしげる凛桜に、彼女は笑いながらうなずく。
すこし疑問は残るものの、凛桜は美月が楽しそうだからまぁいいか、などと呑気に考え、同じようにして笑った。