二度目のタイムスリップは平安時代〜がんばって料理でみんなを幸せにします!〜⑧
前の続きです。
第三品 山鳥のフルコース
午正刻を告げる時報である太鼓が、内裏に鳴り響いた。
机に向かって仕事をしていた瑞貴が、ニヤリと口角を上げる。
「…ようやく良い時刻になったか。よし、凛桜が持たせてくれたものをいただこう」
筆を置き、すぐ横に置いておいた風呂敷を持って日当たりの良い場所へと移動する。
竹の葉に包まれたちまきを取り出し、そっと留めていた紐を外し、現れた三角形の食べ物に瞳を輝かせる。
「ふむ、うまそうな匂いだ。柚子の香りが強いな…。いただこう」
朝餉を食べていない分空いている腹が、音を立てる。
大きな口を開けて、彼はそれを口に入れた。
爽やかな柚子の香りが鼻腔をくすぐり、ピリリとした辛味が舌を刺激する。程よい塩気の効いた熊肉がしっかりとした食感を残し、白米はそれとは裏腹にふっくらと柔らかい。
「…うまい…」
ふぅとため息まじりに呟いて、瑞貴は改めて凛桜の料理の腕前に感服した。
(それにしても、あいつは何者なんだろうな…)
彼女と初めて出会った山でのことを思い出す。思えば、仮にも武器を持った男に対して、彼女は強気だった気がする。ただ単に危機感があまりないのか、はたまた戦闘になった場合自分が勝てる自信があったのか。
それは定かでないにしろ、あの時彼女の挑発に乗っていなかったらこの料理は味わえなかっただろうと考えると、何かの縁だったと思える。
考えながらも食べるのは止めていなかったので、あっという間に一つ目を平らげてしまった。もう一つに手を伸ばしたところで、後ろから肩に手を置かれる。
振り向くと、友人である沢義が怪訝そうな顔をして立っていたので、自分の隣を手で叩く。
隣に座れとの合図だと気付いた沢義は、大人しく座り彼の手の収まるちまきを不思議そうに見つめた。
「おい瑞貴、なんだそれは?」
「これはうちの最近雇った料理人が作ったものだ。なかなか腕のいい料理人でな。これもうまいぞ」
「ほぉ…すこし分けてくれないか?興味がある」
その言葉に、彼は一瞬顔をしかめ、ちらりと残りのちまきたちを見る。あと三つは残っていたので、一つくらいならあげてもいいだろう。
そう考えて、渋々といった風情で一つそれを手渡した。
そんな友人の様子に、沢義は苦笑する。そんなにこれを譲るのが嫌なのか。
「いただこう」
紐をほどき、中から現れた三角形のものをそっと口に入れる。
それから数秒、彼は硬直した。その反応に瑞貴は満足げに笑い、二個目のちまきに口をつける。
「なんだこれは…今まで食べたことのないほどの美味だ」
「そうだろう。私もその料理人の作ったものを初めて食べた時、衝撃を受けた」
「すごい料理人もいたものだな。うちの料理人たちにも見習わせたい」
感心したように何度もうなずく沢義に、瑞貴も大きくうなずく。
自分の家の者が褒められるのは悪い気はしない。
「妹の体もその料理人が作ったものを食べることにより良くなってきている。それに妹の友人にもなってくれたそうだ。身元はわからないが、いい娘だと思う」
「娘…?その料理人は娘なのか?」
「ああ」
友人の反応に、瑞貴はすこし焦った。
(不味かっただろうか。沢義ならばあまり細かい性格をしていないので平気かと思って言ったのだが…)
何か弁解しようと口を開きかけたところで、沢義が顔の前に両手を合わせた。
「頼む、私をその娘に合わせてくれ!」
「は…」
予想だにしていなかったその言葉に、彼は虚を突かれたような顔をする。次に、胡乱げに目をすがめる。
「目的による。おかしな色目を使うために会いたいというのなら、会わせんぞ」
「断じてそんなんじゃないぞ。私はこの料理を作ったその娘に感服した。是非一眼お会いしたいだけだ。頼む、この通り!」
数少ない友人の頼みだ。下心がないのなら、会わせてやってもいいかもしれない。
すこし迷ったが、瑞貴は一つうなずいた。それに、沢義は嬉しそうに笑う。
「ありがとう、友よ」
「調子のいい奴め。おかしなことはするなよ」
念のため釘をさして、彼は肩を竦めた。
特にすることがなかったので、凛桜は美月の部屋に遊びにきていた。
「凛桜さん、貝合わせをいたしましょう」
「貝合わせ…」
(確か、平安時代のお姫様たちがやる遊びのことだよね。どういうものなのかは知らないけど…)
凛桜の反応から、美月はどういうものなのかがわからないことを察したのか、引き出しからいくつかの貝殻を取り出しそれを広げた。
「貝合わせというのは、簡単に言うと並べたいくつかの貝殻の中から、一対の貝を発見するという遊びなんです」
(なるほど。トランプの神経衰弱のようなものか)
「わかりました。面白そう、やりましょう!」
意気込んでそう言う凛桜に、美月は嬉しそうに笑った。
貝合わせの後は歌を詠み、組紐であやとりをしたりなどをして遊んでいたら、いつのまにか日が暮れてしまった。
それに、そろそろ夕餉の支度をするからと言って美月の部屋を後にした凛桜は、玄関の戸が開く音が聞こえてきたので、そちらに足を向けた。
「瑞貴さん、おかえりなさ…い」
入ってきたのは瑞貴ともう一人、見知らぬ男性もいたので、彼女は目を瞬かせる。
「…こ、こんにちは」
流石に挨拶をしないわけにはいかないので、軽く会釈をする。と、男性もまた会釈を返してくれた。
「こんにちは」
「ただいま。悪い、こいつがどうしてもお前に会いたいと言っていてな。友人の沢義だ」
(私に会いたい…?)
戸惑いながらも、彼女はうなずく。
「はじめまして、明野沢義といいます。貴女の料理には感激した。ぜひひと目お会いしたく、こうして馳せ参じた次第です」
「はじめまして…花田凛桜と申します。それは、ありがとうございます」
沢義の隣で、瑞貴が申し訳なさそうに眉を寄せた。
「すまない、本当ならあれは私が一人で食べ切ろうとしていたのだが、こいつがどうしても食べたいと言うので一つやったんだ」
なるほど、と彼女はうなずく。別にそこはあまり気にしていないのだが。それよりも。
「私…」
(一人称、違うんだ)
何だかそれがおかしくて、彼女はくすくすと笑った。それに、二人は顔を見合わせて首をかしげる。
「私は何かおかしなことを言っただろうか?」
沢義が瑞貴に聞くと、彼は肩を竦めて見せる。
「さぁな。気にするな、この娘はすこし変わっているのだ」
聞き捨てならない言い様に、凛桜はむっと顔をしかめる。
「ちょっと、失礼ですね。瑞貴さんも十分変わってます」
「なに…?」
二人の間に火花が散る。挟まれた状態の沢義はどうすれば良いのか困惑した。
「兄様、おかえりなさい。明野様も本日はお日柄もよく」
ゆったりとした動作で、扇子で顔を隠した美月が姿を現した。
「ああ、ただいま。今日も顔色がいいな。ここまで出てきて大丈夫なのか?」
案じた様子の兄に、彼女はうなずく。
「はい。もうすっかりようございます。凛桜さんのおかげですわ」
「そうか…ならいい」
そんな二人の会話を聴きながら、なぜ顔を隠して出てきたのか一瞬わからなかった凛桜だが、そういえばと思い出す。
(平安時代のお姫様って、家族以外の異性には顔を晒しちゃダメなんだっけ)
大変だな、などと考えていると、沢義がすこし緊張した面持ちで凛桜を見つめてきた。それに、彼女は首をかしげる。
「なにか?」
「…その、貴女に折り入って頼みがあるのだが」
あまりにもじっと見つめてくるので、そらすのも悪い気がして見つめ返す。
「私も今晩の夕餉、馳走になってもよろしいだろうか」
「え?」
「は?」
凛桜ともう一つ、低い声が隣から上がった。
「おい、どういうことだ。聞いてないぞ」
「あ、言ってなかったか」
眉間にシワを寄せ不服そうに言う瑞貴に、彼はあっけらかんと言い放つ。それに、凛桜は苦笑する。
(面白い人だな…)
「私は別に構いませんよ。瑞貴さんがいいと言うなら」
それに、沢義はじっと隣の友人を見つめる。瑞貴は、痺れを切らしたように大きなため息をついた。
「…食ったらすぐに帰れよ」
「さすが、懐が深い!」
嬉しそうに笑って言う友人に、彼は再び大きなため息をついた。