二度目のタイムスリップは平安時代〜がんばって料理でみんなを幸せにします!〜⑥
前回の続きです。
特にすることもないので、凛桜は夕餉の支度の時間まで美月とともにお喋りをすることにした。
「凛桜さんは、おいくつからお料理を始めたんですか?」
「私は5歳の時からです。ちょっと暗い話になるんですけど、母が3歳の時に病気で亡くなって。父と私で暮らしてたんですけど、父が他の家事はできても料理だけはどうしても下手で。私が必死になって覚えたんです。そしたら、父が母さんの味だって、泣きながらいうんですよ。それが嬉しくて…料理が好きになったんです」
懐かしい思い出に、彼女は目を細める。母の葬式でも泣かなかった父が、自分の料理を食べた瞬間泣き始めたのだから、とても驚いたのをよく覚えている。
「まぁ、そうなんですか。お母様が…寂しくはなかったのですか?」
「そうですねぇ…寂しさはあまり感じませんでした。父が、とても騒がしい人だったので。寂しがっている余裕なんてありませんでしたよ」
いろんな意味でね、と内心で付け足して、彼女は苦笑する。だが、父があんな性格だからこそ、きっと母がいないことに対する寂しさを感じなかったのだろうから、そこは感謝している。
「楽しそうなお父様のようですね。私もいつか、お会いしたいです」
「ふふ、私もいつ会えるかわからないので、もし会えたら紹介しますね」
本当に、次いつ会えるのかは定かではないけど。もしも次会うとしたら、きっと現代に戻る時か、はたまたまた別の時代に飛ばされる時だろうなと思った。
「そういえば、凛桜さんのお召し物は昨日と変わっていらっしゃらないようですが、新しいものは買わなかったのですか?」
それに、彼女ははたと動きを止める。そういえば、今朝買ってもらった着物はまだ風呂敷から開けてすらもいないまま、部屋に置きっ放しにしたままだ。
「忘れてました。食材たちに気を取られて…」
苦笑する凛桜に、美月はおかしそうに笑った。
「でしたら、夕餉の支度の前に着替えてきたらいかがでしょう」
「そうですね、では、ちょっと行ってきますね」
「はい」
美月がうなずいたのを認めてから、彼女は自分の部屋への道を歩いていった。
自室に戻って、隅においておいた風呂敷をそっと開く。
中には、下地が白と黒の色違いの白い桜の花弁が舞い散る柄の着物が一枚ずつと、鶯色の下地の裾に梅の花と枝が刺繍された着物、浅黄色の下地に卯の花が咲き誇る着物の、四着が入っていた。
「えぇ…四着も買ったの?しかもすごい高そう…綺麗だし」
予想以上に上質そうで、その上四着も用意されたそれを見て、凛桜は若干引いてしまった。
「こんな綺麗なの、似合うわけないのに…えー、買い戻しとかできたないのかな」
しばらくの間悶々と考え込んでいたのだが、そうこうしている間に日が暮れてしまいそうだったので、仕方なく黒地に桜が舞い散る柄の着物を着てみることにした。
ちゃっかり風呂敷の中に四枚分の帯と襦袢が入っていたので、ありがたくそれを使わせてもらう。
ちなみに、凛桜は江戸時代にきてから散々着物の着付けをやってきたので、着付けにおいては問題ない。
帯をきちんと閉めて、着崩れることはないかを確認する。ついでにおまけなのか、一緒に入っていた赤い組紐で髪を耳よりも高い位置で一つにまとめてしまう。
「おぉ、すっきりした。髪留めちょうど欲しかったんだよね、さっき失くしちゃったから」
今朝市に行った時、髪を下ろしたのだが、その時どこかに落としてしまったようで、屋敷に帰ってきて髪を括ろうとしたらそれがなく、結構邪魔に感じていたのだ。
「鏡、はないかな」
おかしなところはないか確認したかったのだが、仕方ない。
「あ、そうだ。美月さんに見てもらって、変じゃないか聞こう」
妙案だとぽんと手のひらを打って、彼女は自室を後にした。
「美月さん、着替えてきました」
言いながら、そっと襖を開けると、何か書き物をしていた様子の美月が瞳を輝かせた。
「まぁ、とても綺麗だわ」
おそらく着物が、という意味なのだろうが、こうも直球に褒められては少し照れる。
「あ、ありがとうございます。瑞貴さんがこれを選んでくれたんですよ。私はあまり、こういうことに疎いので」
「そうでしたの。お兄様にお着物を選ぶ才能があったとは驚きです。そのお着物、とてもよく凛桜さんにお似合いですもの」
にこにこと嬉しそうに笑う美月に、凛桜もはにかむ。
(そう言ってもらえるとお世辞でも嬉しいな。あとで瑞貴さんにお礼言っておこう)
おそらく、買い戻したいなどといえば逆に失礼になるだろう。せっかく選んでくれたのだ。大切に使おう。
一つうなずいて、凛桜はごそごそと引き出しを漁っている美月に気づき、首をかしげた。
「どうかしたんですか?」
それには答えずに、黙って美月は引き出しを漁り続ける。
少しして、少し大きめの貝殻を取り出した。
「あったわ。凛桜さん、すこしこちらに」
白い手で手招きされ、彼女は不思議そうに首を傾げながらも美月に近づいていく。
目の前までやってきた凛桜に、美月は貝殻を開けてその中身を人差し指につける。
そのままその指を、凛桜の唇へと持って行きそれを端から端まで滑らせた。
「ん?」
唇に違和感を感じて、手で触ろうとすると慌てて美月がその手を掴んだ。
「触ってはいけません、紅が剥がれてしまいます」
「紅…?」
首を傾げていると、美月が手鏡を渡してくれた。それを覗き込んでみると、唇に鮮やかな紅が引かれている。
「え、いいんですか?そんないかにも貴重そうなものを」
「いいんです。私はあまりお化粧をしないので、もったいても仕方ありませんから」
「すみません。ありがとう、ございます」
申し訳なさはあるが、せっかくつけてくれたのだ。お礼は言わなければならない。
「いいえ、凛桜さんには美味しいものを作ってもらっているので、せめてものお礼なので。お気になさらないでください」
「では、お言葉に甘えます。そうだ、美月さんの好きな食べ物はなんですか?材料があれば、今日の夕餉にお出しします」
その言葉に、彼女はパッと顔を輝かせる。
「私、椿餅が大好きなんです」
「椿餅…?」
聞き慣れない食べ物の名前に、凛桜は首をかしげる。
「あら、ご存知ありません?」
「はい、すみません」
申し訳なさそうに言う凛桜に、彼女は緩く首を振る。
「では、僭越ながら私が説明しましょう。椿餅というのは、簡単に言うと甘葛煎で甘みを付けたお餅を椿の葉に包んで供したものです。もちもちとしているのにあっさりとしていて、美味しいですよ」
その説明を聞いて、またしても分からない単語が出てきて首を捻る。甘葛煎とはなんだろう。
「すみません、甘葛煎って…?」
「それは蔦の抽出液を水飴状に煮詰めた、甘味料のことです。それを混ぜることによって、甘みが出るんです」
それに、彼女はなるほどとうなずく。
(そっか、この時代には砂糖がないからそれで代用するのか…難しいな。どういうものなのか、一度使ってみなきゃわかんないし)
顎に手を添えて考えこむ凛桜に、今度は美月が申し訳なさそうに眉を寄せる。
「それで、凛桜さんにお願いがあるのですが…」
「はい、なんでしょう」
首を傾げられ、すこし逡巡してから、美月は意を決したように凛桜を見つめる。
「私、もう少し刺激のある椿餅を食べてみたいのです。普通の椿餅は、味が素朴すぎていくら好きでも飽きてしまって…凛桜さんなら、何か面白いことを思いつくかと思われますので、どうかすこし変わった椿餅を作ってくださいませ」
そのようなお願いをされてしまえば、料理人である凛桜としては作る以外の選択肢はない。
彼女は大きくうなずいた。
「承りました」
「ありがとうございます」
花が咲くように笑った美月に、凛桜は笑い返した。