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二度目のタイムスリップは平安時代〜頑張って料理でみんなを幸せにします!〜③

前回の続きです。

 屋敷の奥に美月がいるとのことで、ユッケを持って瑞貴に案内してもらう。

 廊下を歩いていて、どこからか桜の花びらが舞い込んできた。

(わぁ、アニメみたい)

 呑気に考えて、ふと思う。今頃父や江戸時代の仕事仲間たちはどうしているのだろう。父はともかく、仕事仲間たちは自分が突然消えたことにより困惑しているだろう。申し訳ないことをした。

「ま、私のせいじゃないけど」

 ぼそっと呟いて、綺麗な三日月を見上げる。

「どうにか、するしかないよね」

 少し前を歩く瑞貴には聞かれない程度の声量で、彼女は瞳を輝かせる。覚悟を決めなければ。

 気を引き締めたところで、瑞貴が立ち止まり、振り向く。

「ここが美月の部屋だ。美月、入るぞ」

 一拍置いて、中からか細い声が聞こえてきた。

「どうぞ」

 なるほど、声だけでも病弱だとわかる。

 スッと開けられた襖から、凛桜は静かに足を下ろし、正座をし頭を下げた。

「失礼します。はじめまして、美月…様に合うお料理をお作りしました、凛桜といいます」

 身分などはどう言えばいいかわからないので、とりあえず目的と名前を言っておく。

 布が擦れる音がした。

「はじめまして。母と兄から話は聞いております。この家の長女、美月と申します。本日はわざわざありがとうございます。どうかお顔をあげてください」

 その言葉に、彼女はそっと顔をあげる。まず思ったのが、美人だな、だ。

 瑞貴が美丈夫なのだから、その妹である美月も美人であってもなんらおかしくはないのだが、まさに『深窓の令嬢』という感じがしてならない。

 黙っていても仕方ないので、早速彼女はお盆に乗せたユッケを差し出す。

「こちら、私の故郷の食べ物、ユッケというものです。熊肉を使用していますが、柑橘類などを駆使して臭みはほとんどありません。口溶けも良くなっておりますので、食べやすいはずです。どうぞ」

 差し出されたそれをそっと持ち上げ、まじまじと不思議そうに見つめる。

「これは…失礼ながら本当に食べ物ですか?」

「はい、食べ物ですよ。信用ならないのなら、そこにいるお兄様に確認してもらえたらよろしいかと」

 にっこりと笑う凛桜に、美月はそっと兄を見る。瑞貴は、若干気まずそうにうなずいた。

「味は俺が保証しよう」

「…では」

 添えられた箸を掴み、彼女はユッケを口に運んだ。

「まぁ…とても美味ですわ」

 花が綻んだように微笑む美月に、瑞貴はほっと胸を撫で下ろしたようだった。

「わぁい美人の微笑サイコーに萌える」

 空気を読まず真顔でそう言った凛桜に、美月は虚をつかれたように目を瞬かせ、瑞貴は何か汚いものを見るかのような視線を向ける。

「何を訳のわからんことを言うんだ、お前は」

「すごい言い様ですね。いいですけど」

 はは、と渇いた笑い声をあげてから、彼女はすぐ横に用意していたもう一つの料理を差し出す。

 もう一つの料理は、熊の骨と頬肉のあつものだ。もちろん、きちんと瑞貴の味見は済んでいる。

 お椀の蓋をとり、美月はその羹の香りを嗅ぐ。

「とてもいい香り。私、普段はあまり何かを食べたいと思わないのですが、この香りを嗅ぐと不思議とたくさん食べれる気がしてきます」

 ふふ、と柔らかに笑う美月に、凛桜は嬉しそうに笑う。

「そう言ってもらえると料理人冥利につきます」

 なんだかこの時代に来てようやく気が抜けたような気がして、彼女はそっと息をつく。二度目のタイムスリップで、そこそこ慣れているとはいえ、来て数時間で見知らぬ場所、相手に料理を振る舞うのはやはり少し緊張するようだ。

 目の前で嬉しそうに微笑みながら料理を口に運んでいく美月の姿を見つめて、凛桜は柔らかく笑った。


 綺麗になった食器を下げ、少し休むという美月の部屋を瑞貴と共に後にする。

(…それにしても、今日はとりあえずこのお屋敷に泊まらせてもらうとして、今後はどうしようかなぁ。江戸時代ほど女の料理人なんているように思えない、ていうか、この時代の私くらいの女の子なんてみんな屋敷で和歌詠んだるイメージしかないわ。大丈夫かな)

 悶々と廊下を歩いていると、いきなり後ろから手を引かれた。

「おい!聞いているのか!?」

 罵声にも似た瑞貴の声に、凛桜はびくっと肩を震わせた。

「へっ!?」

 聞いていなかった。というか、話しかけられていたことすら気づかなかった。

「なんでしょうか?」

 首をかしげる凛桜に、彼はため息混じりに口を開いた。

「お前、これから行く宛はあるのか?」

「…ない、です」

「そうかそうか。それは気の毒だ」

 人を馬鹿にしたような笑みを浮かべてそういうので、凛桜は顔をしかめる。

(人が困っているというのにひどい人だ。こいつ、絶対モテないな)

 内心で毒づいて、何か言い返そうと口を開きかけたところで、瑞貴がわざとらしく咳払いをした。

「それで、だ。お前が良ければ、我が屋敷の専属料理人になってみないか?」

「え」

 思ってもみなかった言葉に、彼女は硬直した。もしもこれが何かの冗談などではなければ、とてもありがたい申し出だ。

「よ、よろしくお願いします!!」

 勢いよく腰を折った凛桜に、瑞貴は満足そうに笑う。

「ふっ、こき使っていくから覚悟しておけ」

「はい!」

 月夜に照らされて、二人は不思議な縁を結んだのだった。


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