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二度目のタイムスリップは平安時代〜頑張って料理でみんなを幸せにします!〜②

前回の続きです。

 山を降り、青年ーー瑞貴みずきの屋敷へとやってきた凛桜は、改めて自分が平安時代に来たことを実感した。

 ここに来るまでの道のり、現代で学んだ古典の授業で出てきた牛車や、清涼殿などを通りかかって、認めざるを得なかったのだ。

「はぁ…お父さん、天才なのはいいんだけど、こうポンポンタイムスリップさせられちゃうと困るんだけどなぁ」

 ボソリと呟くと、瑞貴が怪訝そうに眉を寄せる。

「なにをもごもごと言っている。話すならはっきり話せ」

「いえいえなんでもありませんよ。どうかお気になさらずにー」

 ため息混じりに言われ、彼は不満そうに顔をしかめる。

 ふむ、彼にもなかなか可愛いところがあるのかもしれない。まだ出会って数分しか経っていないが、瑞貴は凛桜にとって好まれる性格をしている。

 と、目の前にそびえ立つ立派な屋敷を前にして思う。

 どうやら、瑞貴はなかなか高い身分にあるようだ。イケメンで金持ちとはハイスペックな。

 羨望の眼差しをこっそりと向けていると、バチッと目が合う。曖昧に笑うと、彼はよくわからない微妙な顔をした。

 そして、門を通って行き玄関を開けて家へ上がる。

「おかえりなさい、瑞貴」

「ただいま戻りました、母上」

 迎え入れてくれたのは瑞貴の母らしい。たしかに目元が彼とよく似ている。

「こいつは料理人だそうだ。名を凛桜という。美月に滋養の良いものを作れるというので、連れてきた」

 若菜が不思議そうに凛桜を見つめているのを見て、彼は少し面倒そうにそう説明する。美月というのは例の妹のことだろう。

 それに、彼女は目を丸くした。

「そうですか。お若い上に女性なのに料理人…それに、少し珍しいお召し物を着ていますね」

「あー…まぁあまりお気になさらず。腕は自信があるので心配はありませんよ」

 苦笑して、凛桜は瑞貴が腕に抱えている包まれた熊肉を指差す。

「とりあえず、調理してもいいですか?新鮮なまま使いたいので」

 じっと見上げてくる凛桜に、彼は戸惑い気味にうなずいた。

「あ、ああ…母上、こいつにしばらくの間厨を使わせてやっても構わないか?」

「大丈夫ですよ。何かわからないことがあれば、遠慮なく聞いて下さないな」

「ありがとうございます」

「こっちだ」

 丁寧に腰を折ってから履いていた下駄を脱ぎ、先に上がっていた瑞貴の後を追う。

 二人の後ろ姿を、若菜は不思議そうに眺めていた。


 どさどさとと音を立てて、瑞貴が解体済みの熊肉をかまどの手前に置く。

「それで、お前はどんな料理を作るつもりなんだ?」

「ユッケっていう、生肉を粗微塵にして味をつけるものを作ろうかと」

 彼女の返答に、瑞貴は目を丸くした。

「肉を生で…?腹を下すに決まってからだろう。お前は馬鹿か?」

 至って真面目な顔をして本気で心配されているので、凛桜は普通に腹が立った。

「失礼な。私の…住んでいた場所ではそういう食べ物があったんですよ。この熊肉はさっきさばいたばかりで新鮮なので、生でも充分いけます」

 口を尖らせて言うので、瑞貴が疑わしげに目を細める。

「信用できないな。大体、お前はどこからきたんだ?身なりといい立ち振る舞いといい、普通のところが一切ない。お前は本当に、妹を助けようとしているのか?」

「それ今更聞きます!?」

 思わず突っ込んでしまったが、彼の言ってること自体は正しいことなのだ。疑われても無理はない。

「うーん…あ、じゃあ最初にあなたが食べてみてくださいよ。それなら文句も言えないでしょ?」

 名案だとでも言うように手のひらをぽんと合わせる凛桜に、瑞貴は眉を寄せた。

「は?なんで俺がそんなことを…」

「あれぇ?怖いんですか?」

 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、口元を手で隠す。すると、彼はむっと不服そうに顔をしかめた。

「そんなわけあるか。いいだろう、本当に妹が食べても問題はないか、俺が判断してやる」

(ちょろいなぁ…)

 内心でその単細胞加減に呆れながら、凛桜は早速包丁を用意し、小分けにした熊肉をまな板に広げていく。

 使うのはもも肉だ。本来ならば牛肉を使うのだが、時代が時代な上、今この場には新鮮な熊肉がある。それならば、これを使わない手はないだろう。

 もも肉は柔らかく、旨味が深いことが特徴で、ユッケにするのに最も適している。

 まずはもも肉を細かく刻んでいく。通常なら、細切りや粗微塵にして調理するところだが、今回食べる相手は体があまり良くない。食べやすさ重視にしなければならないのだ。

 手元をじっと監視するように見つめてくる瑞貴に、凛桜は鬱陶しそうに眉根を寄せる。

「あの、やりづらいんですけど。せめてもう少し離れてもらえません?」

「…わかった」

 本気で嫌そうな顔をしていたので、彼は少し申し訳なさそうに肩を落としてその場を離れる。もしかしたらあれは監視などではなく、ただ単純に自分の調理を見ていただけなのかもしれない。

(…だったら悪いことしたかなぁ。でもあんな至近距離で見られても)

 少しの罪悪感を感じながらも彼女は手を動かしていく。

 肉を切り終え、それをもともと包んでいた竹草の上に置いておく。次に、凛桜は何かを探すように周囲を見渡した。

「…あの、お酒とお塩となにか柑橘類はありますか?」

「酒と塩はそこの棚にあるはずだが…柑橘類はあるかわからんな。母上に聞いてみよう、少し待て」

 そう言い残し、彼は台所を出ていく。その間に凛桜は言われた棚から酒と塩を取り出し、かまどに火を焚べて鍋に水、塩、酒を同じ量ずつ入れていく。

 少しして沸騰してきたら、刻んだもも肉をさっとほんの数秒だけ湯通しした。

 それまで濁った赤色をしていた肉がほんのりと桃色になったのを確認して、彼女はひとつうなずく。

「よし、これで口溶けもさらに良くなるはず。あとは柑橘類が揃えば、それで…」 

 ちょうど呟いたところで、瑞貴が何かを手に持って厨に戻ってきた。

「我が家にはなかったので、周辺の屋敷から少し分けてもらってきた。これでいいか?」

 手に持っている数個の柑橘類に、彼女は目を瞬かせる。

「わざわざもらいに行ってくれたんですか?」

「悪いか?必要だったんだろう」

 怪訝そうに首をかしげられ、彼女は緩く首を振ってからうなずいた。

「ありがとうございます。これは花橘子ですね」

(初めて見た)

 内心で新たな果物に興奮しながら、凛桜はそれを丁重に受け取った。

「重ね重ね申し訳ないんですけど、卵とかあったりします?」

 江戸時代ではギリギリ卵が食用として認知され始めていた頃だったので、平安時代ではアウトだろうなとは思いつつも、少しの期待を込めて聞いてみる。瑞貴は、まるで見てはいけないものを見たかのよう顔をした。

「なに…?」

(わぁ、やっぱだめか。よし、どうにかしよう)

 ユッケに卵黄がないのは少し悲しいが、仕方ない。郷に入っては郷に従えというものだ。

 平安時代には平安時代の文化がある。

「やっぱりなんでもないです、気にしないでください」

「…そうか」

 胡散臭そうに見つめられ、若干の居心地の悪さを感じながらも作業を再開する。

 卵がないため、ユッケ特有の濃厚さやコクは諦めるほかないが、その分さっぱりした味わいを強くすることはできる。

 先ほど確認させてもらったが、すぐそこに和紙にくるまったネギがあったのを頭の中で整理しておく。

「あれを白髪ネギにして…あ」

 呟いて、やはりまだ後ろにいる瑞貴を振り返る。

「胡麻、ありますか?」

「胡麻…はあるが、そこの小瓶のなかに」

「使いますね」

 がしりと効果音がつきそうな勢いでその小瓶を掴み、すぐに使えるようにそばに置いた凛桜に、こいつ変なやつだな、と瑞貴は思った。

 それから数分後、皿に向かって腰を折っていた凛桜が背筋を伸ばした。

 くるりと瑞貴を振り返る彼女の手には、薄桃色の小さな球体がのった小皿が。

「なんだそれ。本当に食えるのか?」

 初めてみるであろうその食べ物に、彼は眉間にシワを寄せる。

「食べれますよ。心配なら、先に私が食べてあげましょうか?」

 ふふふ、と不遜に笑う凛桜に、瑞貴はなんだか悔しくなって添えられた箸を取る。

「別にいい。いただきます」

 そっと一口分、持ち上げる。ゆっくりと口の中へ運んで行き、含んだ。

 瑞貴の瞳が徐々に見開かれていく。自然な動きでもう一口、また一口と、彼自身の手でそれは口に運ばれていく。

 あっという間になくなったユッケに、凛桜は満足げに笑った。

「気に入ってもらえたようで何より。お粗末様でした」

「……馳走になった」

 大変不服そうに、瑞貴はそれだけ言う。そして、苦々しい面持ちで重々しく口を開いた。

「美月に…妹に、どうかこれを食べさせてやってくれ」

 その言葉に、彼女はにっこりと微笑んだ。

「喜んで、承ります」

 こうして、凛桜は新たに一人、料理の腕で認めさせたのである。



 



 

 

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