二度目のタイムスリップは平安時代〜がんばって料理でみんなを幸せにします!〜⑬
前回の続きです。
夕方。出仕から帰宅した瑞貴は、珍しく出迎えがないことに首をかしげた。
(まさか…やはり気まずくて俺の顔を見たくないのか)
そう考えて気分を落としていると、とたとたと足音が聞こえてくる。顔を上げると、凛桜がいた。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
ほっと肩を撫で下ろして、なんだか騒がしい奥へと目をやる。
「何かあったのか?」
「実は…」
首をかしげる瑞貴に、凛桜は困ったように笑って事情を説明しようと口を開きかける。と、いつのまにか後ろにいた理仁が彼女の肩に手を置いた。
「はじめまして、君がこの屋敷の家長、瑞貴くん?」
「…はぁ」
にこにこと朗らかに笑う理仁に、彼は胡乱げな声音をあげたのだった。
奥の間に移動した理仁、瑞貴の二人はお互いに向き合う形で、正座している。
「凛桜殿のお父上とは思わなく、先程は失礼を仕った」
布のこすれる音共に、瑞貴は深く腰を折る。
「大丈夫ですよ、気にしてないので」
にこにこと笑う理仁に、彼は困惑気味にうなずく。
(…不思議な御仁だ。なにを考えているのか掴みづらい)
彼はは瑞貴がそんなことを考えているとは思わずに、口元に笑みを保ったままじっと見つめる。
「…何か?」
流石に居心地が悪くなって、瑞貴が気まずそうな顔をして問うた。
すると、理仁はおかしそうに笑う。
「ふふっ…いや。ごめんね、不躾に。ずいぶんと顔立ちが整ってるなぁ、って思って」
朗らかに言う相手に、彼は面食らいつつもうなずく。
「はぁ…ありがとうございます」
「うん。ねぇ、君、凛桜のことが好き?」
すぅと細められた瞳に、瑞貴は反射的に背筋を伸ばす。急に雰囲気が変わった。
「…それはもちろん、彼女はとてもいい娘だと思っています。彼女のおかげで、妹もずいぶん元気になりました」
「うん、そうじゃなくてね」
それはわかってるんだよ、と、彼はにっこりと微笑んだ。
「凛桜のことを女性として、君は意識しているよね?」
流石にここまで言われてその意味がわからないほど、瑞貴は鈍くはない。
一瞬息を呑んでから、彼はさらに背筋を伸ばし理仁を見据える。
「おっしゃる通りだと、思います。ですが、正直私もはじめてのことなので、この気持ちが恋なのかは、わかりません」
ぎゅっと、拳を握りしめる。果たして、なにを言われるか。
「だよねぇ。大丈夫、俺も恋愛ってよくわかんないから〜」
あははと先ほどまでの雰囲気を一気に打ち消して、理仁は笑った。
「…は」
流石に困惑して、彼は固まる。どうかえせばいいのか。
「あぁでも、妻のことは愛していたよ。だから凛桜が生まれたんだしね」
「はぁ」
曖昧にうなずく瑞貴に、理仁はくすくすとおかしそうに笑う。
「だからね、ちゃんと自分で凛桜を意識していることを認められていれば、今はまだいいと思うんだ」
「…そう、ですね」
と、ちらりと理仁を見つめる。彼は、柔らかく笑った。
「なにも言わないのかって?」
「はい。父親ならば、きっと複雑な心境になるかと」
それに、理仁はそうだねぇと呟いて、目を伏せる。すこしして、再び目を開いた。
「俺は、凛桜が選んだ人ならいいと思うんだ。あの子が幸せなら、それで。まぁ、ろくでもない男だったらすこし止めたりはするだろうけど、基本的には凛桜の好きなようにさせたいと思ってる」
一度言葉を切って、彼はにっこり笑って首をかしげる。
「ひどい父親だと思う?」
「…いいえ、凛桜殿があの性格になった理由が、よく分かりました」
苦笑して、彼はうなずく。
「では、気長に自分の気持ちに整理をつけさせてもらいます」
「うん。それがいいよ。あ、そうだ」
思い出したように手をポンと打つ理仁に、彼は首をかしげる。
「美月さん、とてもいい子だね。凛桜のはじめての友達だ。安心したよ」
「ありがとうございます。妹は生まれつき体が弱く、同年代の友人がいなかったので心配していたのですが…凛桜殿のおかげで以前よりも明るくなりました」
「凛桜も友達ができたって、俺に嬉しそうに報告してきたんだ。よかったよねぇ」
うんうんと何度もうなずく理仁に、はっとする。
「よろしければ、もうすこしお話ししませんか。いい酒をもらったので、それを飲みながら」
そういえば客人だと言うのになにも用意していなかった。流石に失礼だろう。それに、純粋にこの人ともっと話をしたい。
瑞貴は、幼い頃に父親を亡くしているので父親というものをよく知らない。理仁はすこし変わっているのかもしれないが、父親であることは変わらない。話を、したいのだ。
そんな彼の思いを知ってか知らずか、理仁は嬉しそうに笑ってうなずいた。
「喜んで。俺、結構お酒好きなんだ。俺も君ともっと話したいしね」
「では、持ってきます」
そう言って立ち上がり、その場を後にした瑞貴の背中を、理仁はひらひらと手を振って見送った。
酒を取るために厨に向かうと、凛桜が夕餉の支度をしていた。先ほどの理仁との会話もあり、すこし気まずく思いながらもそろりと酒のある棚へと近づく。
「すみません、瑞貴さん。父は変わっているから、相手をするのが大変でしょう」
きっと彼の挙動不審な行動からそう考えたのだろうが、すこしずれたことを言う凛桜に瑞貴は苦笑した。
「まぁ確かに、変わった御仁だとは思うがいい父親だと思う。久々に会えたんだろう。今夜はゆっくりと親子水入らずで過ごすといい」
酒を棚から取り出して、抱えながら言う瑞貴に、彼女は目を瞬かせる。
「あ、もしかして今からお酒飲みますか?」
その言葉に、彼はうなずく。と、凛桜はぱっと表情を明るくさせた。
「じゃあ、とっておきのおつまみを用意しますね!楽しみにしててください」
にっこりと笑う凛桜に、瑞貴はすこし困惑したような顔をして、うなずいた。




