二度めのタイムスリップは平安時代〜がんばって料理でみんなを幸せにします!〜⑩
前回の続きです。
美月の部屋を後にして、居間に戻ってみると、そこにはすべての皿を完食し終え、満足そうな顔をしている瑞貴と沢義がいた。
そんな二人に、彼女は嬉しそうに笑う。
(気に入ってもらえたようでよかったな。がんばった甲斐があった)
凛桜は、瑞貴に恥をかかせるわけにはいかないと、まだ使い勝手のわからないありとあらゆるこの時代の調理器具、調味料を駆使して、あのフルコースを作ったのだ。正直挑戦してみた料理がほとんどだったのだが、うまくいってよかった。
気づかれないようにほっと胸を撫で下ろしていると、沢義が申し訳なさそうに眉を寄せた。
「改めて、今回は急な申し出を引き受けてくださり感謝する」
「え、ああ、いえ。気にしてませんよ。むしろ明野様の獲ってきてくださった山鳥のお陰で、いろんな料理を作れて楽しかったです」
これは本心だ。急な来客という出来事があったお陰で、冒険することができた。
笑顔で言う凛桜に、沢義はそっとその手を握る。
「凛桜殿、重ね重ね申し訳ないが折入ってあなたに頼みがある」
急に手を握られたので、凛桜はどうしたら良いか困惑気味にうなずく。流石に振り払うわけにはいかない。
「なんでしょう」
「私にも、瑞貴にしているように出仕の際、何か食べ物を持たせてはくれないか。もちろん、材料費などは払おう」
「…えー、私はいいんですけど、瑞貴さんが…」
ちらりと、隣で氷点下の如く冷たい空気を醸し出す瑞貴を盗み見る。何故こんなに不機嫌になっているのだろう。
「瑞貴、頼む!」
「………」
仮にも友人が必死な形相で頼んでいるというのに、彼は無言で睨み付けている。それこそ人を殺しそうな程に鋭い眼光で。
「お前とは絶交だ」
「えぇ…」
結構子供じみた単語が瑞貴の口から出てきたので、思わず声をあげてしまった凛桜である。
一方で、絶交宣言をされてしまった張本人、沢義は愕然と口を開けていた。完全なる放心状態だ。
「えっと…大丈夫ですか?」
流石に心配になってひらひらと彼の顔の前で手を振ってみても、なんの反応も返ってこない。
(えぇ、これ本当に大丈夫かな?)
本気で心配になってきて、彼女は沢義の肩に手をかけようとしたところで、その手を後ろに強い力で引かれる。
「わっと」
いきなりのことで声を上げて振り向くと、完全に不貞腐れた様子の瑞貴が手を掴んでいた。
「ど、どうしたんですか、瑞貴さん。すごい顔してますよ」
「うるさい。そいつに構うな。放っておけ」
憤然と言い切り、彼は凛桜の手を離した代わりに沢義の両肩を掴み、そのまま押して玄関まで向かわせる。
はっと我に帰った沢義が、足に力を込めてそれに抵抗する。
「おい!今のはどういうことだ、私は絶好などしないからな!!」
「知るか、そんなもの。お前が悪い!」
いいながら、さらに瑞貴は沢義を押す力を強める。
「さっさと帰れ!!」
「瑞貴…!」
力技で玄関の外に追い出した瑞貴に、凛桜は苦笑する。
「はは…瑞貴さん、結構子供っぽいところありますね」
「なに…?」
じろりと睨まれて、彼女はしまったと口を押さえる。
今、彼の機嫌はいつになく悪い。最悪と言ってもいいだろう。原因はいまいちよくわからないが、下手なことは言わない方がいいだろう。
「なんでもありません!」
「…許さないからな、あんなやつにお前の料理をこれ以上食わしてなるものか」
(すごい言いようだな。友達じゃなかったのかな。明野様かわいそう)
内心で沢義に同情して、合掌しておく。
「凛桜」
初めて瑞貴にまともに名前を呼ばれた。なぜか少し緊張して、背筋を伸ばす。
「はい」
「悪かった。急な来客でお前の負担を増やしたな」
何か叱られると思っていたので、凛桜は目を瞬かせる。次に、なんだかおかしくて笑ってしまった。
「大丈夫ですよ。さっきも明野様に言ったように、いい経験にもなりました。むしろ感謝したいくらいです」
「そうか…ならいいが。あいつはすこし、いやかなり自分勝手なところがあるからな。迷惑だったらはっきり言わなければわからないのだ。一度制裁を加えなくては」
目を据わらせて言う瑞貴に、彼女は苦笑する。
「まぁ、結構絶交、って言われたことに衝撃を受けていたので、十分だと思いますけど…あんまり虐めちゃダメですよ?」
「さぁな」
肩を竦めて、彼は不遜に笑う。凛桜は、もう一度沢義に合掌した。
帰宅した若菜と共に夕餉を摂っていると、そこに瑞貴がやってきた。
「いい忘れていたのだが、今日持たせてくれた料理、とてもうまかった。明日も頼む」
「あ、はい。それは良かったです。あの…」
少し言いづらそうに、凛桜が瑞貴を見上げる。彼は、不思議そうに首をかしげた。
「やっぱり、明野様の分も用意してはいけませんか?わがままだとはわかっているのですが、少し気の毒で」
さっきはうやむやになってしまったが、沢義もまた瑞貴と同様に出仕し、朝から夕方まで働いているのだ。腹が空くのも無理はない。そう考えると、あの頼みも納得できる。まぁ、それをする前に雇用主である瑞貴の許可を得なかったのは彼が悪いが。
彼女の提案に、彼は不満そうに眉を寄せる。
「…お前の料理の腕を一番最初に認めたのは、俺だ」
(なんの話だろう…)
間違ってはいないのだろうが、唐突に始まった瑞貴の話に、彼女は目を瞬かせる。
「お前の料理の腕が他の者に認められるのは、素直に嬉しいと思う。だが…その…」
心なしか、彼の頬がほんのりと赤く色づいているような気がして、凛桜は妙な緊張感に襲われた。
「恥ずかしいことに、お前が他の者の元へ行ってしまわないか不安になったのだ。というか、俺以外の輩に何かを作ってやるというのが気に食わない。無性に腹が立つんだ」
それを言ったら美月や若菜はどうなるのだろうか。彼女らも凛桜の料理を食べている。
「先に言っておくが、美月や母上は別だ。そこまで独占欲が強いわけじゃあるまいし」
先手を打たれてしまい、彼女はどうすればいいのか困惑した。つまり、どういうことだろう。
「要するに、瑞貴は凛桜さんに他の殿方と仲睦まじくなって欲しくはないということでしょう。単なる嫉妬心ですわ」
さらりととんでもないことを言ってのけた母親に、瑞貴はぴしりと音を立てて固まる。凛桜はさらにどうするべきか困惑した。
それから数泊おいて、瑞貴は無言でその場を出ていく。
しんと静まり返った部屋で、爆弾発言をした若菜に凛桜は目を向ける。
「…若菜さん…私はどうすれば…というか、今の私の前で言うことですか…?」
緑茶を一口すすって、彼女は穏やかな笑みで口を開く。
「良いのですよ。あなたは普段通りに料理をしていてください。あとはあの子が自分でどうにかするでしょう」
「そ、そうですか…?」
困惑気味に聞く凛桜に、若菜は大きくうなずいた。




