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二度目のタイムスリップは平安時代〜頑張って料理でみんなを幸せにします!〜

タイムスリップものです。普通の女子高校生が父親の所業のせいで二度もタイムスリップさせられますが、現地でたくましく生きていくという成長物語です。

 第一品 熊の爽やか塩ユッケ

 ここは平安時代中期。ちょうど季節は春真っ盛りのようで、連なる山々には桃色の山桜が咲いている。華やかでおしとやかなイメージ満載の時代だ。凛桜りおがもともといた現代のように、ごちゃごちゃしていない。

 時は、数分前に遡る。

 数ヶ月前、高校一年生になったばかりの凛桜は早くに母を亡くし、多忙を極めなかなか家に帰ってこない父との二人暮らしをしていた。父である理仁りひとが結構稼いでいたので、生活に不便を感じたことは一切なかった。特段寂しさなども感じないまま、悠々と生活を送っていたのも束の間、数週間ぶりに帰ってきた理仁に、実験体になってくれと言われ、あれよあれよと謎の機械に放り込まれ、江戸時代にタイムスリップしてしまった。

 幸い、特におかしな事件にも巻き込まれることはなく、周りの環境にも恵まれて、なかなか楽しい日々を送っていた。また、彼女は料理やお菓子作りを大の得意としていたので、居候先の居酒屋ではよくその腕を褒められていた。

 その生活にも慣れてきて、もう現代に戻らなくてもいいかも。どうせ友達なんていなかったんだし、などと考え始めるようになった頃に、再び理仁が凛桜の前に現れ、デジャブを感じさせる展開になって、現在に至る。

 剥き出しになった山崖から、下を見下ろすと連なる家々が見える。

「…平安時代。私、古典は結構得意だけど、ちゃんと言葉遣いできるかなぁ」

 急にタイムスリップさせられた父への怒りではなく、少しずれたことに不安を抱く凛桜である。

 そして、自分の格好を見下ろしてみる。江戸時代働いている途中からそのままきたので、薄紅色の着物に深緑の前掛けをしている状態だ。これは偏見だが、平安時代と言ったら、十二単や狩衣、直衣を身に纏うイメージがある。流石にこのまま下へ降りたら、曲者扱いされてしまうかもしれない。この時代にも警察のようなものはあるはずだ。捕まったら誰にも助けてもらえない。

「うーん…どうしようかな。お父さん、せめて服装くらい用意してくれてたらよかったのに」

 ここで初めて父に対する不満を漏らして、ため息をつく。と、すぐ後ろの茂みから獣の威嚇するような声が聞こえてきた。

 そっと後ろを振り向くと、大柄な熊が一匹、よだれを垂らしてこちらを見ている。

「わー…私もしかしてやばい?」

 流石に額に冷や汗を流して、彼女はゆっくりと足を後ろに引いていく。タイムスリップした数分後に死ぬなど、嫌に決まっている。

 と、なんともありきたりなことにこの緊張感満載の時に小枝を踏んでしまった。ポキリと軽い音を立てて折れる。

(詰んだわ…)

 死を覚悟して目をぎゅっと瞑り、衝撃を待つ。いくら待ってもなにも起きない。それどころか、何か鋭いものが空を切る音がしたと思ったら、次にどさりと重いものが倒れる音がした。

 そっと目を開けてみる。

 目の前には、先ほどまで自分を襲おうとしていた熊が口を開けて死んでいた。腹から出た血で、血溜まりができている。

「えぇ…なんで?」

 本当なら今頃自分は喰われて死んでいるはずだ。

 頭の上に疑問符を浮かべていると、サクサクと草を踏みつける音が聞こえてきた。

(誰か来る…)

 一難去ってまた一難とはまさにこのことだ。

 ゴクリと生唾を呑んで、凛桜はその辺に転がっていた木の棒を掴む。なにもないよりはマシだろう。

 姿を現したのは、狩衣を着た歳若い青年だった。

 日本人らしい艶やかな黒髪に、力強い髪色と同色の瞳。深い赤の狩衣が彼によく似合っている。

「うっひゃー、イケメン」

 思わず呟くと、青年は怪訝そうに眉を寄せた。

「お前、何者だ。その格好、都のものではないな」

「ですよねー」

 あはは、と軽く笑って、警戒はされていても一応殺意がないのは分かったので、凛桜は木の棒をそこら辺に放り投げる。

 その行動に、彼はさらに眉間にシワを寄せた。

「先程の棒切れは己が身を守るために持ったものではなかったのか。なぜ捨てる」

「貴方が悪い人じゃなさそうだから」

「…人を見かけで判断しないほうがいい」

「その言葉、そのままお返しします」

 不服そうに目をすがめる青年に、彼女はにっこり笑って返す。

「…なるほど。なかなか口の達者な女だな」

 ふんと鼻を鳴らして、青年は倒れている熊に近づく。

「それ、どうするんですか?」

「食う。獣の肉は滋養に良いからな。妹に食わせてやるんだ」

 手際良く熊の四肢を縄でまとめ、血がつくのを気に留めずに肩に担ぐ。

 青年の言葉に、彼女はにやりと少し人の悪い笑みを浮かべた。

「まさか、その熊、さばいたら焼くか鍋にするかの二択で料理しようなんて思ってませんよね?」

「はぁ?なにを言っている。獣の肉など、その二つの調理法しかないではないか。お前は格好だけでなく、頭もおかしいのだな」

「随分ないいようですね。先程の口ぶりからして、妹さんはなにかの病気なのでしょう。もう少し食べやすいものが良いのでは?」

 その言葉に、彼はピクリと柳眉を動かす。

「ほぅ、お前にはより食べやすいものを作れると申すのか?」

「ええ、もちろん。私、料理人なので」

 胸に手を当て、自信たっぷりに言う凛桜に、青年は顔をしかめる。

「はっ、胡散臭いな。見たところ宮遣いでもなさそうなお前が、まともな飯を作れるのか?」

(よし、乗ってきた)

 心の中でガッツポーズをしながら、彼女は自信たっぷりの笑みを崩さずに言う。

「もちろん。疑うのなら、その熊、試しに私に料理させてもらえません?証明して見せましょう」

 それに少し悩んでから、彼は渋々といったようにうなずいた。

「では、お前の腕お手並み拝見といこうか」

「ふふ、よろしくお願いします」

 挑発的な視線に、凛桜は楽しそうに笑った。

「では、まずはその熊、すぐに捌いて行きましょうか」

「なに?この場でか」

 目を丸める青年に、彼女は満面の笑みでうなずく。

「もちろん。狩った熊はその場で血抜きすれば、臭みがあまりなく美味しく食べれるんです。何か刃物はお持ちですか?」

「刃物…」

 呟くと、彼は斜めにかけていた風呂敷の中から小刀を取り出した。

「これでいいか?」

「ありがとうございます」

 よくもまぁ得体の知れない人間に鋭利な刃物を簡単に手渡せるものだ。きっと穏やかな人生を送ってきたんだろうな、と考えて、凛桜は倒れている熊に近づき、仰向けにする。

 

 少しして、すべての解体が終わった。その素早く鮮やかな手際に、青年は感心したように腕を組む。

「なるほど。料理人というのは本当のようだな。素人の手際ではない」

「でしょ?証明できたなら何より。それで、さすがにこの場で調理するわけにはいかないので、あなたの家にお伺いしてもよろしいですか?」

 小刀を軽く持っていた手拭いで拭き、鞘に納めながら聞く凛桜に、青年は少し考えた末うなずいた。

「いいだろう。もしかしたらお前なら、妹の滋養に良いものを作れるかもしれない」

「じゃあ、決まりですね」

 この勝負、勝った。

 と、凛桜は心の中でこっそりガッツポーズをとった。




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