置き手紙
大陸の中で存在感を示す一族のひとつ、鬼。
平均寿命200年という魅力的な種族だ。
生きる年数は私たちの二倍だが、その力も二倍だと言うのだから恐ろしい。
数は多くないが実力者揃いで少数精鋭のエリート集団。
彼らの領土は大陸の中でも小規模で、土地は荒れ地ばかりの不作の地と聞く。
そのうえ周りを大国に囲まれているというのだから笑ってしまうくらいの不運の重なりようだ。
私はこの鬼という種族に俄然、興味がわいてきた。
もう文献を漁るだけではこの好奇心を止められそうもない。この目で見てみたい。
かくして私は、取材の為に鬼の領土にある山、恐山の頂上へと出立することにした。
頂上付近にある羅生門というところをくぐれば、鬼のドンである大黒という者に会えるらしい。
そういうことだから連絡は不要。おそらく手紙を出しても届くことはないだろうし、そもそも送り先が恐山なんて言われようものなら手紙屋は「バカにしてるのか」とまともに請け負ってはくれないだろうからね。
もし親切にも送ってくれるなんて手紙屋がいても、その親切な彼の心と命は郵便料がいくらあっても割に合わないだろう。
あ、かといって自らを強いと名乗る輩がいても決して任せてはいけないよ。郵便料を騙し取られるだけだろうからね。
まあ、連絡は不要ということだ。
大丈夫。予定通りなら10年後くらいには帰ってこれるさ。
~ 嫁さんへ ~
お前には本当に迷惑をかけてばかりだ・・・
まあでもこうでもしないと旅には行けないだろうから・・・すまないがこれが俺の性分だ。
許してくれ・・・。
愛している。必ず帰ってくる。
~ 愛する我が息子へ ~
お前は俺に似て母さんの言うことを全く聞かないが、ちゃんと母さんの言うことを聞いて、ご飯をしっかり食べて、母さんを助けてやるんだぞ。
お土産を買って帰ってくるから、それまで母さんと二人でしっかりな。
~ 研究仲間のみんな ~
最後まで俺の研究についてきてくれてありがとう。10年後にまた朝まで飲み明かそう笑
良いメンバーだった。
本当は一人一人に言葉を残しておきたいところだったけど、天候的にも今日、すぐに準備して出発したい。
本当に皆には感謝しているし、この機会にそれを文字にして伝えようと思ったが、まあ遺書を書くわけでもない。また戻ってくるから。
説教なら帰ってからゆっくり聞くよ笑
「・・・」
若い男は頬杖をつきながらこの手紙を読んでいた。
走り書きされたこの文字列を一体何度読み返しただろう。変わることのない文面にどこか変化したところはないかと視線を這わせていたガキの頃が懐かしい。
遠い昔の、あるいは前世の出来事だったかのように思える。
青年はそっとシワを伸ばすように手紙を置いた。
くしゃくしゃになった手紙に書かれた日付は、今から丁度20年前のものだった。