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素浪人道中記  作者: ふくろう亭
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4 本街道

 若者は男が息をしなくなったことを確認したところで、漸く意識が平常に戻った。

 娘がどうしているかなど、あたりを見回すことができたのである。

 敵対する動きに対しては過敏なまでに反応出来ていたのだが、娘に対しては意識の外になっていた。気がつけばあろうことか娘は背後の道端で短い刀を抜いてしゃがみこんでいた。その切っ先は自らの喉に向かっている。

 大きく深呼吸を行った上で、声を掛けた。娘はおそらく緊張のあまり我を失っている。先程までの自分と同じだ。我を顧みればまだ抜き身を握りしめたままだった。人のことは言えない。

 血糊を拭き取り鞘に納める。よくわからないがおそらく顔にも血しぶきが着いていることだろう。背負ったままだった荷物から水筒を出し布に水を染まして顔を拭った。

 若者の様子ををじっと見つめていた娘も手の力が緩まり、刀をおろした。そして大きく口を開けて言葉にならない声を出して泣き出した。

 娘の手から刀を引き剥がすように取り上げ、両手で抱えるようにして背中を何度も優しくたたいた。若者がまだ幼かったころ、誰かにこのようにしてもらったのを思い出した。あのときは自分も泣いていたのだろうか。自分をこのようにあやしてくれたのは誰だったのだろうか。少なくとも今の自分はあのときの誰かのように良い香りはしていないだろう。そう思うと少し可笑しくなってつい声を漏らした。

 娘は耳聡かった。

 顔を赤らめて若者の手を振りほどき、口を尖らせて抗議の声をあげる。もちろん言葉にはならないのだが意味は十分に若者に伝わった。

 「すまぬ、お前を笑ったのではない」と自らの心境を告げると娘は地面に字を描いた。あいにくと山道は文字を書くには適していなかった。それでも母という文字ははっきりと読むことが出来た。

 「それはお母様だったのでしょうか」娘はそう推測したのだ。

 「わからない」今となってはわからない。ただそうでは無いような気がする。

 落ち着きを見せた二人は改めてあたりの惨状を見渡した。

 娘は意を決したように立ち上がり、最初に倒した男に近づいた。そして男の両の足を掴み、道の端に引きずり始めた。

 曲がりくねった山道は片側が登りの、もう片側が下りの崖のような斜面である。その崖側に男を運び、ついに下に向かって蹴り出した。男は斜面をズルズルと滑り落ち、やがて木に引っかかって止まった。

 大きく肩で息をしながらも娘は休もうともせず、次の男に近づいた。

 なにか弔いをせねばと漠然と思っていた若者は、あっけにとられて娘の行為をみていたのだが、二人目からは自分が運ぶことにした。この場合はこうせざるを得ないようだと思ったことと、そもそも娘にさせることではないからである。

 若者が男たちを崖下に落としているうちに、娘は血溜まりに土をかけて回っていた。

 男たちに襲われてからどれくらいの時が経ったのだろう。出来事を頭の中で再現して見るにそれほどは経っていない。人通りの少ない山道であり、それ故の事態であったのだが、賊が旅人を物色する程度には交通があるのだろう。ならば惨状を隠すのなら早いほうが良いだろう。

 崖に落とした男たちには動物たちがたかり、おお騒ぎになるのは明らかだ。それが人目につけば何があったかは知れてしまう。巻き込まれないためにはすぐにでも立ち去りたいところだ。

 土や草を撒き散らしたあとは不自然さを隠せない。しかし木立の中の山道は薄暗く先を急ぐ旅人たちの目をごまかせる程度にはなったと思えた。

 乱れた衣服を整え二人は歩き出した。しばらくすると行商人らしき二人連れとすれ違った。互いに声を掛け合い離れていく。若者の耳は遠ざかる行商人の会話を聞き取った。

 「今日は大丈夫そうだな」「女子どもが無事通れるならな」

 おそらく襲ってきた男たちのことなのだろう。旅人たちの話題になるほど目立っていた賊だったというこだ。それを何とかする役人もこのあたりにはいないということなのか。


 やがてついに本街道に行き当たった。


 道幅は広く平坦で、行き交う人々も格段に多くなった。日が傾く前に家の立ち並ぶ集落が現れた。宿場町に着いたのである。

 

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