3 襲撃
娘との筆談などのやり取りで分かったのは、この娘の持つ聡明さであった。
亡くなった父親からの教えなのか、美しい字を書いた。若者も整った字を書いたが、紙に書き比べると明らかに娘の書く文字は美しかった。その書を見るだけで筆談の値打ちがあった。
だがそのやり取りは中断されることになる。
「貴方様は書く必要はございません」
確かにかなり難しい単語であっても字面を見なくても娘は聞き分けた。
「これで紙と墨の節約になります」
娘は嬉しそうに書いた。
小屋にあったものは近くの村で処分した。食料がほとんどであり農村にとっては貴重なものではなかったが、事情を聞き処分を請け負った村長は現金を娘に渡した。
「いつでも帰って来なさい」と言って小屋の管理も勝手に引き受けていた。村の外れに暮らしていたのは親子の方の都合であったらしい。おそらくは山に住む若者と師匠のためであったのだろう。
そして二人は街道に向かった。都を目指すためである。
しばらくは野宿が続いた。
このあたりは農村ばかりで宿のあるようなところではなかったのである。冬場などであれば農家に乞うところであるが今は季節も良く農繁期でもある。旅人が使えるような屋根だけの小屋もところどころにあり無理なく夜露を凌ぐことが出来た。
「大きな街道に出れば宿もあります」
そう娘は書いた。若者自身はこのような野宿に不便はなかったのだが娘の笑顔を見ると宿が楽しみになった。そもそも宿というものを使ったことがないのだ。
娘は宿の説明をした。地面に宿の絵を描きどのようなところなのかを書いて行く。たちまち二人の周りの地面は絵と文字で埋まった。
翌日は曇り空であった。
道は山と山の間を抜ける坂道となった。道は細くなりあたりは森となった。すこし薄暗くなった見通しの悪い曲道に出ると三人の男がいた。
そのうちの一人が声をかけてきた。
「悪いがここからは通れないぞ、荷物と女を置いて引き返せ、そうすれば命だけは助けてやる」
残りの二人は前後に分かれて道を塞いだ。
若者は三人を観察した。手荷物らしきものもあたりにない。それぞれ武器として木の棒を持っている。使い込まれた棒に見えたのでただの木ではないと思われた。おそらく芯に鉄でも仕込んでいるのだろう、うかつに刀を当てると弾かれるかもしれない。
男たちは若者が腰に細身の刀を差していることに気づいていた。旅人の持つ護身刀、下手に使うと折れ曲がるようなものだろう。三人がかりで棒で殴りかかればどうということもない。あまり血を出さずにおいて身ぐるみ剥いでおこう、女は上物だから高く売れるだろう、久しぶりにひと稼ぎできる。
若者の注意を前の二人が惹きつけたところで後ろから男が棒を振るった。力任せだが大上段からの一撃である。若者は気配で後ろからの動きを見切っていた。このまま刀で受けては刃を傷めるかもしれない、体を交わして避けたのでは前からの二人に隙きを見せることになる。三人がかりをさばく型はいくつかあるがこの場合は。
少し腰を落とし振り向きざまに棒を下からすりあげる。それで棒の軌道はずれ、相手の体に隙きが出来るだろう、すりあげた刀を振り下ろし小手を狙えば棒は落とせる。前の二人がかかってくるだろうから早い方から同じようにして、と判断して腰の刀を抜いた。だが初手から若者の思うような展開にはならなかった。
まずすりあげたところで相手の棒が切断されてしまった。鉄芯などの仕込みのないただの木の棒だったのである。若者の踏み込みは相手の力がないために深くなり振り下ろした刃筋は袈裟懸けになった。男は肩から胸、そして腹までを一筋に割られることになった。若者は動きが外れたことに内心動揺したがとりあえずは型どおりに振り向いた。予想と違ってこちらも斬撃を受けることはなかった。男二人は血を吹いて倒れた仲間の姿に驚いて動けなかったのである。
しかし若者の動きは止まらない、空いたままだった間を一気に詰め、突きを放った。どちらに避けられても外されることのない神速の突きであったが男には避ける様子もなかった。したがって刀は男の喉を貫くことになった。この場合残心をしていては刀身が肉に食い込んだまま抜けない事がある。一度山中で猪を相手にした時にそれで刀を取られた事があった。
若者は男の腹を蹴って突いた刀を抜き取った。
倒れた男を見て最後の男は動きを取り戻した。手に持った棒を若者に向かって投げつけると身を翻し逃げ出した。だが若者の足は遥かに早かった。今度は後ろから腹を狙って突きを放った。骨や筋肉が薄いから刃を傷める心配もない。ただし急所ではないから即死はしなかった。
若者は力が抜け倒れ伏した男の身体を起こし事情を尋ねる事にした。
なぜ私達を狙ったのか。いつもこのようなことをしているのか。なにか言い残すことはないかを順に語らせた。
道を外れた崖の上から旅人を物色していたこと。仲間三人が揃えば追い剥ぎを行っていたこと。非道をしていればいつかはこのようなことになると覚悟していたことを語り男は絶命した。