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素浪人道中記  作者: ふくろう亭
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2 対話

 夜になり、そして朝になったが娘は目覚めなかった。父親を亡くしてからまともに睡眠を取ることがなかったのかもしれない。呼気や脈に乱れはなかったのでそのままにして竈の火をおこし汁と飯を作ることにした。

 山の暮らしではこれに狩猟した肉や魚を調理したものをつけたが、この小屋には食材としての蓄えがなかった。あるのかもしれないが保管場所の見当がつかない。そのために娘を起こす気にもならないので壺に入っていた辛味噌と小屋の側に生えていた菜で汁とし、精米した米は使わず玄米のままで炊き上げることにした。

 飯の炊きあがる間に外に出て朝の鍛錬を行った。時を計るために型稽古を数種選んで済ませ小屋内に戻るとちょうど炊きあがっている。

 昨日使った椀を用意していると気配に気づいた。見れば娘が目覚め身体を起こしている。

 相変わらず声がでない様子で、どうしたら良いのか戸惑っているようだ。

 娘のために汁と飯を椀に入れ、盆があったので載せて床に運んだ。

 「食べなさい」そう言っても娘は口につけない。玄米ではなく精米を使えば良かったのか。黒飯は娘には食べづらいのか。

 「……」声にはならないが、身振り手振りで何か言おうとしている。なんとなく意味がわかったので若者は笑顔を見せて自分の物も用意して汁に口をつけた。慣れた味だった。

 娘もそれを見てようやく食べ始めた。

 玄米飯を気にする風もなく咀嚼していたが汁椀の中身が気になるようで、箸で菜をつまみ上げ首を傾げて若者を見た。

 「外に生えていたので使ったのだ」

 娘は目を丸くして菜を口に入れた。そして汁と共に飲み込んだあと肩を揺すって笑いだした。声はでないままだったが確かに笑っていた。昨日出会ってから初めて見せる笑顔である。長い一日であったが娘は一度も笑顔を見せていなかった。それどころか命を断とうとまで思いつめていたのだ。睡眠と栄養は人の気を陽にする。えらいものだなあと若者は素直に感心した。これなら昨日のように自ら命を絶とうとはしないだろうか。

 娘にはそのまま休んでいるように言って、若者は川で水を汲み食事の後を始末してから身を清めた。そして娘を小屋に残し、外に出て草むらに座り五書の暗唱をを行った。つい数日前までは師の読解と伴に行っていたことだが今は書もなくただ覚えている字の連なりを繰り返すのみである。百辺繰り返せば意味は解ってくると師は言っていた。だがそれでも解らないことは多い、師の読解がなければ意の通じぬところは次々と出てくるのだ。

 気がつくと娘が小屋から出てこちらを伺っていた。一体何をしているのか、という素振りである。表情が読める程度には明るくなったのだ。

 書があれば説明してやれるのだが手元にはなにもない。落ちていた小枝を拾い地面に字を書いた。書を読んでいるのだと。

 娘はそばに来て地面に書かれた文字を見た。すぐに若者の手から小枝を取り同じように地面に書いた。

 書はどこにあるのですか、と。

 若者は自らの頭を指さした。

 娘の目は地面と若者の顔とを往復した。

 今度は口も丸くして驚いたような表情を見せ、そして笑った。

 筆談が成立することが分かったので二人は話し合うことが出来た。日が天頂近くに達する頃には次にやることが出来ていた。

 共に都を目指すことである。

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