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平面交差


  いつまでも居なくなった奴にしがみついていないで、周りに目を向けるべきだ。

和彦は口癖になるほど何度も言ってきた言葉を飲み込んだ。

言えばいうほど相手がムキになっているのではないかと思ったからだ。


「いつもの言わないの?」

「言ったってきかないくせに」


そっかー、と呟きながら手元のグラスをそっと両手で包み込む彼女。

和彦の複雑な感情を理解してるのか、その横顔からは分からない。

彼女の恋い焦がれた相手は、手の届かない所に行ってしまった、もう二度と会うことは出来ない。

彼女の恋しい相手を接点に二人は出会った。当初はお互い顔を知っている程度でそれほど親しくもなかったのだが、共通の友人主催の飲み会で話すようになった。

話すたび、顔を会わす度、和彦は彼女の気持ちのかわらなさに何故か心が乱された。

今までそういう気持ちを体験したことがなかったからだ。

もう会えない相手を想っても仕方がない、すぐに気持ちを切り替えられる和彦には

全く理解できない心情だった。


寂しそうな彼女が気になって、共通の友人のSNSを辿り連絡をとるようになった。

メッセージを送れば必ず返してくれるし、遅い時間でも根気よく付き合ってくれるが、

二人で出掛けるようになっても彼女からメッセージを送ってくることはない。

いつも話しかけるのも、誘うのも和彦からだ。それが心にずっと引っ掛かってる。


「今日は楽しかった、誘ってくれてありがとうね」

「また似たようなイベントあれば誘う」

「うん、楽しみ」


店を出て、二人ならんで駅まで歩く。

和彦は歩きながら彼女の右手にそっと触れ、拒否される感じがなかったので軽く握ってみた。

アルコールのせいか握った彼女の手はとても熱く感じた。


「楽しいことはもっとたくさんあるし、他に目を向けなよ」

「そうですねー」

「もっと色々誘うし、楽しいことはたくさんある」

「お互いニッチな趣味だから、一緒に参加できるのはありがたいです」


それでも彼女に会えるのは三、四ヶ月に一度あればいい方だ。

自分の恋人との時間を割くわけにもいかない。


少し前、彼女に好かれたらもしこの世からいなくなっても、あんなに大事にしてもらえるのか。

何となくぼんやりと彼女のことを考えてたら、突然そう思った。

会えなくなった今でも恋しい相手の記念日には必ず、それをひっそりと偲ぶ彼女をSNS上で確認することができる。

ついつい、一日に何度も彼女のタイムラインを確認する。

自分の恋人のSNSにいいねをつけ忘れることもあるのに。

彼女のタイムラインに動きのない日は、どうしたのかと気を揉むし、

自分がストーカーみたいだと自制しようとするが続かない。


どうしてこんなに気になるのか、別に恋や愛ではないと和彦は認識している。

恋人の事はとても大事だし、別れるつもりもない。

ただ、彼女が生きているのに死んだように日々、いもしない相手を偲んで生きているというのが

どうしても許せないのだ。


「アンタに憑いてる下らない憑き物を落としてやるよ」

「またそんな事言ってるんですか?」


彼女がやや呆れたように返す、何度も繰り返される会話。


「私は変わりませんよ?この思いを抱いて溺死するんですから」


決まって彼女はこう言い、そして和彦は顔をしかめる。


「そんなの俺が変えてやる」

「私は変わりませんって」


 平行線で交わらない、多分自分達はこのまま良く分からない関係のまま続いていくんだろう。

そしていつしか離れていく。

交差した線路が二つに分かれて離れていくみたいに。


「人の人生って大和西大寺駅の線路みたいですよね」

「突然…、ああ、確かにあれは凄いよな、一見してもどこにどう繋がってるのかわからないし」

「だから何がどう変わるか解らないですけど、無理に分岐する必要ないとおもうんですよ」


 彼女が言いたいことは何となく分かる。


「じゃあ、また。今日はありがとうございました」


 そういってあっさりと彼女は反対のホームへ向かう階段に吸い込まれた。

名残惜し気なしぐさも見せない彼女は、俺の事をどう思っているんだろう。

そこまで考えて付き合っている恋人と分かれる気もない俺が、彼女の事をこんな風に思うことがおかしいと気づき愕然とした。何を考えたんだろう、俺は。


 自分もホームに上がると、反対のホームで並んで待っている彼女に気づく。

彼女も気づいた様で小さく手を振っていた。まもなくして彼女の待つホームに電車が入線してきて、

電車に乗り込んだ彼女は座らず、和彦がいるホーム側の扉の前に立ちまた小さく手を振る。

滑るように発車する電車、遠ざかっていく彼女を見ながら和彦も軽く手を振る。


 なんともいえない気持ちを抱えたまま、和彦は入線してきた普通列車に乗り込む。

本来なら特急に乗るほうが早く最寄駅には着くが、少し電車に揺られたくなった。

 もし次にチャンスがあれば、彼女を観光列車の日帰り旅行に誘ってみようと、

がらがらの車内でそんな事を思った。





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